ムナカタ海姫
「あれが…タギリヒメ…。」
サヌイに矢を射たヤソはサヌイを抱きしめ泣き崩れるタギリの姿を見つけると、鬼の形相でそれを睨み付けた。
「射撃準備だ、狙え。」
「え……ヤソさんもうそこまでしなくても…。」
「俺の命令が聞けねえのか、嫌ならお前から先に射殺すぞ。」
「……!!」
怒りに我を忘れたヤソに対抗できる者などこの船には一人もいない、皆はヤソの言葉に躊躇いながらも矢をタギリに向けた。
そのことにいち早く気付いた妹のタギツは、サヌイのそばを離れようとしないタギリに懸命に声をかけた。
「お姉様!!早くそこから離れて下さい!!早く!!」
「…。」
「……撃て!!!!!!!!!!!!!!!!」
「お姉様!!!!!!!!!!」
ー…ドドドドドドドドドドンッ!!!
「な…何だ!?」
タギリに向け一斉に矢が放たれたその瞬間、突如巨大な水柱が上がり矢は勿論、そこら一帯の木々も水柱に飲み込まれてしまった。
何が起こったのか誰もが理解できない中、必死に揺れる船に捕まっていたヤソ達は上がる水しぶきの向こう側に現れた存在に言葉を失った。
「危ないじゃねーか…なあ…。」
「ひっ……!!あ…あれ…は…!!」
「俺の可愛いタギリちゃんに何してくれてんだ、人間どもめ。」
「スサノオ……!!!!!!!!!!!」
「お…お父…様…?」
突如目の前に現れた父であるスサノオに三女神達が驚いていると、スサノオは娘たちに向かってニッと爽やかな笑顔を見せた。
「俺が来たからにはもう心配いらないからなお前ら!!タギリを泣かせた奴らもろともこの辺り一帯、更地に変えてやるからよ。」
「!!!!」
スサノオがそう言って持っていた鉾を天高く振り上げると、突如あたりの気流は乱れ、一つの巨大な竜巻が空中に現れた。
あまりの圧倒的な力を前にヤソを含む人間達にはどうすることも出来ず、自分達に向けられた竜巻をただただ震えて見ている事しか出来なかった。
だがそんな彼らを救うためにスサノオの前に飛び出したのは、他でもない タギリであった。
「お父様…!!お止め下さいませ!!!!」
「あ?タギリちゃんいーからどいてなさい、すぐ終わるから。」
「ダメです!!この方々には30回の桜を見る程の限られた時間しか与えられていないのです!!
それにこの方々を含めこの地に住まう人間達は私の大切な方が命をかけても守ろうとした家族です、それは私にとっても同じ事…ですから今度は私が…彼らを守るのです!!!!!!」
「大切な人…?こいつらが?」
「タギリ様…。」
タギリの必死な言葉に、スサノオはタギツとイチキシマが抱えていた傷だらけで息絶えた人間に目を向けた。
目の前の必死なタギリの様子にスサノオがチッと舌打ちをした直後、地響きのような音が海底から響き始めた。
ー…ゴゴゴゴゴ…
「今度は何だ…?」
「ヤ…ヤソさん…あ…あれ…あんなでけえ波見たことねえ…!!!!!!」
「高波………!!!!」
ヤソの仲間が恐る恐る海上を指さすと、そこには数十メートルはあろうかという超大型の巨大波がヤソ達の船に襲いかかろうとしていた。
迫り来る巨大な波の壁に助からないことを察知したヤソは、この時初めてサヌイの言った言葉が真実だったと知った。
「ああ…嘘つきなんて言って悪かったなぁ…サヌイ…。」
「皆様!!早くお逃げ下さい!!早く!!!!!!」
ヤソ達を助ける為必死に波を止めようとするタギリだったが、社が壊されかけている今のタギリの力は弱くほとんど為す術はなかった。
高波が押し寄せタギリ達ごと飲み込もうとした、その時だった。
ー…ドドドドドド…ドオオオオオオン!!!!!!!!!!!!
「…!?」
「…海神(ワタツミ)、これは俺がスサノオと知っての狼藉か。埋めるぞ。」
スサノオは迫り来る波にそう一声かけ睨みつけると、鉾を振り下ろし巨大な竜巻で波を相殺させた。
その強大なあおりで船は壊れヤソ達は海に投げ出されたものの、あたりはいつもの静かな水面に戻っており、細かな水滴が雨のように降り注いでいた。
「お父様…ありがとうございます…!!!!!!」
「お父様!!」
「とうさま!!かっこいいです!!」
「え?そうかあ~?照れるな~!!あははは!!」
三人の美しい娘達に抱き着かれ、まんざらでもない様子でスサノオは笑った。
その様子を海上から見ていたヤソと仲間達だったが、急に体が水上に持ち上がり、気が付くと皆テトの背中に乗せられていた。
ー…ザパアアア
「…お前はサヌイの…何で…。」
「村までは運んでやる。それがサヌイの最後の頼みだからな。」
「サヌイ…が…?」
そうたった一言だけテトはヤソと言葉を交わすと、皆を乗せて村へと運んだ。
村に戻る道中、ヤソはテトの背中で何度も何度もサヌイに謝りながら涙を流していた。
それからテトは全員を無事に村に送り届け、一度だけサヌイの方を振り向くと、そのまま海中深くに姿を消していった。
それから龍が人前に姿を現すことは二度となく、
ムナカタ族で龍を従えた族長は サヌイで最後となったのであった…。