ムナカタ海姫
ー…ザザザ…
「タギリ!!タギリどこにいる!?」
「サヌイ!!」
「タギリ…!!」
テトのお陰でヤソ達よりも先に島に着くことが出来たサヌイは、無事を確認できたタギリをぎゅっと抱き締めた。
「タギリ良かった無事で…!!」
「サヌイ私ごめんなさい…!!私達の力が及ばずあなたの一族に死者を出してしまった…!!本当に…本当にごめんなさい…!!!!」
「あれは俺の力が及ばなかっただけのことでタギリのせいじゃないんだよ…?」
腕の中で泣きじゃくるタギリにサヌイがそう優しく言いながら頭を撫でると、タギリは目にいっぱい涙をためてサヌイを見上げた。
「それに海がおかしいの…!!潮の流れもおかしいし今までにない高波があちこちで起こってる…だから早く海から離れるように言って!!
何とかしようとしていたんだけれど私の力じゃ出来なくて…だから早く…皆さんに…!!」
「…え…!?」
思いもよらなかったタギリの言葉にサヌイの脳裏にはヤソのことがよぎった。
そんな波に飲まれたら船でこちらに向かっているヤソも仲間達もひとたまりもない。サヌイがその事をヤソに伝えようと沖に出ようとした…その時だった。
ー…ドサッ
「え………タ…タギリ!?」
突如サヌイの腕からふらりと倒れこんだタギリは、青白い顔で震える手を握り締めた。
「サヌイ…お社に…何かあったのかもしれない…」
「社……!?まさか……!!!!」
.................................................................
ー…ドドドドドド
「いいか、次は全部を当ててまずは社を壊すんだ………撃て!!」
ー…ドオオオオオン!!!!!!!!
「ヤソ…!!!!」
「サヌイ!!急げタギリの社がヤバイぞ!」
タギリを連れて社のある沖合に出たサヌイは、変わり果てた社の姿に言葉を失った。
社は形こそ留めているもののヤソ達が打った矢で無残にも貫かれ、それに呼応するようにタギリは苦しそうにうずくまっていた。
サヌイは倒れこむタギリをタギツとイチキシマに頼むと、一人社の前に立ちヤソに向かって声をかけた。
「止めろヤソ!!こんなところで戦っている場合じゃないんだ、巨大波が来てる!!早く船から降りて逃げるんだ!!!!」
「はあ?今度はそんな見え透いた嘘ついて俺達を騙そうってか…?相変わらずやり方が汚えぞサヌイ!!!!撃て!!!!」
「……!!!!」
サヌイの必死の警告を信じようとしないヤソは、その言葉を気にも留めずにサヌイと社を目掛けて矢を放った。
だが次の瞬間、無数に降り注いだ矢は、全てがサヌイの刀によって地面に叩き落とされていた。
「な……!!?」
ー…ザアアアア…
「う…嘘だろ……?」
「おい誰だよ…サヌイ族長が弱いだなんて言った奴……。」
「ここはやらせない……早く村に戻れ…!!!!」
「サヌイ…。」
「サ……ヌイ…!!!!」
刀を片手に社を守るサヌイの姿に、かつて歴代最弱の族長と言われたサヌイの面影は見て取れなかった。
それからサヌイは幾度となく降り注ぐ矢からテトとともに社とタギリを守り続けた。
落としきれなかった矢が腕の肉を斬り裂き体の自由を奪ってもなおサヌイは社を守り、
その刃でただの一度もヤソや仲間に攻撃することはなかった。
ー…カラン…
「ハアッ…ハッ…」
「………サヌイ…これじゃ防戦一方だぞ…どうするつもりだ…。」
ボロボロになっていく友の様子を心配したテトだったが、テトも体が大きい分標的になり体には幾つもの矢が刺さっていた。
サヌイはそれに気付いたようでテトの体を優しく撫でると、テトに向かって言った。
「テト…海に潜っていてくれ。」
「は…?何言ってんだ…?」
「これから巨大波が来る…俺も船を引かせるように努力するけど、みんなが海に落ちたら岸まで連れて行ってあげて欲しいんだ。」
「この期に及んであいつらの心配かよ…!?そんなことしたらお前が射殺されるのが先だ、俺はここでお前を守る!!俺にはあいつらを助ける義理はねえ!!」
「これはムナカタ一族族長としての命令だ、早く行け!!!!!!!!!!」
それはサヌイが初めて放った族長としての"命令"。
テトは自分を真っ直ぐ見つめるサヌイの気持ちを汲むと、黙って海の中に身を戻していった。
「…ふん、ついに龍にまで見限られたようだな。いいざまだなあサヌイ!!」
「ヤソ、みんな今すぐここから逃げろ!!頼む………!!!!」
「……はっ……まだ言うかこの野郎!!俺達の事を思うふりしてお前が本当に守りたいのはタギリ様だけなんだろう!!!!!!」
「…ヤソ……!!」
ヤソはそう言うと社を守るサヌイではなく、その隣にあるものに標的を定めた。
それはあの日、サヌイが持ち出してお社の隣にタギリの為に植えた桜の木。
その事を知っていたヤソは、複数の矢を一気に桜に向かって解き放った。
「やっ……やめてええええええっ!!!!!!!!」
「タギリ!?タギリ!!!!!!!!」
ー…ドスドスドスッッツ……
「あ…あ………」
ー…ポタ…ポタ…
「………っ…タギリ…」
「サヌイ!!!!!!!!!!!!!!」
あたりに響き渡った嫌な鈍い音。
巻き上がった砂埃が晴れるとそこには、桜を守ろうと飛び出したタギリを守り倒れたサヌイの姿があった。
「怪我はない…ですか…?よか……っ………」
「サヌイ!!サヌイ!?…いやあああああああああ!!!!!!!!」
何本もの矢は無残にもサヌイの体を貫いてはいたが、奇跡的にその一本もタギリにも桜にも届いてはいなかった。
そしてサヌイは残り9回の桜を見ること無く、
その 短い人生の幕を 閉じたのだった…。