ムナカタ海姫
ー…ザザザザザ…
「これは…!!」
タギリはタギツから巨大波が最近日本海で頻発しているということを知らされ、タギツとイチキシマにサヌイ達の安全を守るよう託し島の遥か北の海上に様子を見に行っていた。
地震を由来とする津波とは違い、突如発生し沖合の船を真っ二つにするというその巨大波が島の近くで頻発していたのだ。
(私の力じゃこれ全ては止めきれない…早くサヌイ達に陸に上がるよう伝えなくちゃ…!!)
サヌイ達海人族は基本的に海上か海中で漁をしていることがほとんどで、あの巨大波に遭遇すれば子供たちは勿論いくら潜水術に長けたサヌイ達でもただでは済まない。
タギリは急いで島の方へと戻ったが、彼女を待っていたのは信じられない光景だった。
ー…ザザザザザザザ!!!!!!!!!
「…ゴホッ…ゴホッ…!!」
「大丈夫!?しっかりして!!!!」
「ダメだ…溺れた者が多すぎる…!!これでは全員は…!!」
「諦めちゃダメだ!!テト!!手伝って!!」
「お…おう…でもなんかサヌイ…海がおかしいぞ…?」
「え……?」
島の沖合では巨大波とは別に南東へ荷物を運ぶための船が転覆し多数の被害が出ていた。
サヌイ達の必死の救出は続いていたが、巨大波の予兆か不思議な波の流れに完全に翻弄されてしまっていた。
「タギツ!!イチキシマ!!これは…どういうこと!?」
「波の流れを元に戻すのに一度この場を離れたらこんな事に…!!申し訳ありませんお姉様…私一人では及びませんでした……!!」
いつもは冷静なタギツが必死に状況を取り繕おうとしている中、幼い三女のイチキシマは島の片隅でブルブル震えながら泣きじゃくっていた。
「イチキシマ…泣いている場合じゃないでしょう!?あれほど人間達を助けてあげてと言っておいたのに…!!」
「姉様イチキシマも彼女なりに頑張ったんです…!!それより姉様…早くしないと…!!」
「…!!」
そうタギリが気付いて力を使った時には時はすでに遅く、サヌイ達の尽力虚しく村には甚大な被害が出ていた。
沢山の高価な荷が沈み、数名の死者が出た。
その中にはサヌイの幼馴染ヤソの妹と弟が含まれており、サヌイが族長となってから初めての大きな海難事故となってしまった。
ー…ドサッ……
「うっ…ううっ…!!…何で…お前らが死ななきゃならねえんだよおお…!!」
「ヤソ…ごめん俺がもっと早く助けに向かえていれば…。」
可愛がっていた弟達の亡骸を前に泣き崩れるヤソにサヌイが声をかけると、ヤソは堰を切ったようにサヌイに食って掛かった。
「本当だよ…本当にお前のせいなんじゃねえのかよ…?」
「…!!」
「お前が三女神様を自分のものにしちまったから俺たちを助けてくれなくなったんじゃねえのか…!?
今までならきっとみんな助かってたような事故だったじゃねえか!!何で突然こんな被害が出るんだよ!!全部お前のせいだろうが!!!!ああ!?」
「ヤソさん…一体何言ってるんっすか…?」
「いい機会だみんなの前で言ってやれよ…お前三女神様の島でタギリ様と逢い引きしてただろう?三女神様を信仰する一族の族長が笑っちまうぜ!!そうまでして力を独り占めしたかったのか!!
タギリ様もタギリ様だ!!目の前でこれまで信じて付いて来た俺達が苦しんでるのを黙って見てたっていうのか!!!!!!」
突然ヤソの告げた事実に一族皆が信じられない様子で戸惑っていると、サヌイは怒り狂うヤソの前で黙って頭を下げた。
「確かに俺はムナカタ一族の族長のくせにタギリ様と恋仲になった。」
ー…ザワ…
「サ…サヌイ…!?なんてことだ…!!」
「サヌイ族長…。」
「…でも俺もタギリも自分達の為だけに力を使ったりしてはいない、それにタギリはいつもいつも俺達を陰で助けてくれていた…!!今回の被害はただ単に俺の力不足だ、タギリは何も悪くない!!!!!!」
「"タギリ"ねえ…俺達皆の神様を…まるで自分の女のように言うんじゃねえよこの裏切り者が…神様は皆のものでなくちゃならねえんだ…!!!!!!」
「……!!」
ヤソはそう言ってサヌイを押しのけると、弓などの武器を手に取り立ち上がった。
「ヤソ…!?何をするつもりだ…!!」
「クソみたいな族長はもちろん人間の手に落ちるような神様はいらねえんだよ、それを思い知らせてやる。いくぞお前ら!!!」
「待て!!!!!!俺もタギリ様もお前達と戦うつもりはない!!許せないなら俺を殺せば済む話だろう、なぜタギリ様を狙うんだ!!」
ー…ガッ…!!!!
「俺はなあ…お前がずっと憎かったんだよ、族長の座もシオネの気持ちも、そして妹や弟達も…俺の欲しいものは全部お前が持って行っちまった。」
「ヤソ……」
「だからお前の一番大切なものを…今度は俺が奪ってやる…!!」
「…ヤソ!!待て…待ってくれ…!!!!!!」
一族で一番腕が立つと言われていたヤソにはその強さに憧れた沢山の子分たちがいた。
ヤソはそんな子分たちを怒りのままに引き連れ、タギリのいる島に攻撃を仕掛けようと船に乗り込んでいった。
「ヤソ……!!何で…!!」
初めて知ったずっと兄弟のように育った幼馴染の気持ち。
その苦しみにこれまで一つも気付いてやれなかった、そしてあっさりと一族を分裂に追い込んでしまった自分がサヌイは心底情けなくてたまらなかった。
だがそんなサヌイに温かい笑顔で駆け寄ったのは、サヌイも予想だにしなかったこれまでサヌイが懸命に守ってきた一族の皆だった。
「サヌイ!!」
「……。」
「あのさ…難しいことはよく分からないけど、僕は三女神様にも好かれるなんてサヌイはやっぱり僕達の自慢の族長だって思うんだ!!今度僕にもタギリ様に会わせておくれよ、僕の宝物あげたいんだ!!」
「……カイ…。」
「サヌイ、ヤソだってああ言ってたけどずっとお前のことは兄弟だって言ってたんだよ。今は弟達のことで我を忘れてるだけさ、止めておあげよ。」
「まさかライバルがタギリ様だなんて思わなかったけど私は二人を応援するよ…?私も幸せになるからサヌイも幸せになってよ…!!」
「…みん…な………。」
「だからサヌイ…三女神様を…助けてあげて…!!」
何度殺されたら許して貰えるかと、どんな裏切り者として扱われるかとずっと思っていた。
タギリ様を自分のものにしようとした俺を…皆は決して許してはくれないだろうと思っていた。
でも俺の家族たちはちっぽけな器の俺とは違って、こんな俺でさえも大きな大きな愛情で受け入れてくれた。
俺は自分の罪悪感のあまり、この温かい瞳をどんな化け物にすり替えてしまっていたんだろう。
「テト!!!!!!」
ー…ザアアアア…
「はいよ、準備出来てるぜ。」
「行こう…!!」
サヌイはそう言って今まで身につけたことも殆ど無い刀を手に取りテトに飛び乗ると、全速力でタギリの島に向かうヤソ達の後を追った。
大切な人と一族の仲間を守りたい、その一心で。