ムナカタ海姫
ー…ザザーン……
「サヌイー!!!!今から海に出るのー?」
「うん、今から行くよ!!」
今からずっとずっと昔の日本、
九州の北端の地に、海を生活の拠点とし生活する海人と呼ばれる人間達が住んでいた。
大きな魚に襲われないよう胸や顔、全身に刺青を施したムナカタ族と呼ばれた彼らは、
スサノオの娘である宗像三女神を代々その地に祀り守ってきた。
「今日はどのあたりまでお魚を獲りに行くの?サヌイ。」
「今日はね、神様のお社を直しに行かなくちゃいけないんだ。漁に行くんじゃなくてごめんよ。」
「そっか、でも龍神様は一緒に行くんでしょ?僕見たい見たい!!」
「うん、じゃあ危ないから少し下がっててね。」
サヌイと呼ばれるその男はそう言って笑顔を見せると、岸壁から勢い良く海に飛び込んだ。
すると海から大きな渦を巻きながら真っ青な鱗の龍が現れ、サヌイを見つけると自分に乗れるよう頭を下げた。
「じゃあ行ってくるね、カイもみんなのお手伝いちゃんとするんだよ!!」
「はーいっ!!はあぁ~…やっぱりサヌイは凄いやぁ…!!僕もサヌイみたいな族長になりたいなぁ…。」
宗像三女神を守るムナカタ族、その族長は代々その地に住まう龍を従えていた。
一族の族長になるものは龍と戦い武力によって龍を支配していたのだが、新しく族長となったこのサヌイだけは違っていた。
昔から龍と心を通わせることが出来たサヌイは、武力という縛りなく龍を従え、龍にも人にも優しい今までに例を見ない族長となっていたのであった。
ー…ザザザザ…
「えっと…カナヅチと釘と…これで三女神様のお社直せるかな?テト。」
「さあ…大丈夫なんじゃないの?てか俺のこと本名で呼ぶな。」
自分の頭の上でいそいそとお社修理の準備をするサヌイに、テトと呼ばれた龍は呆れたように言った。
「え、何で?テトなんでしょ、名前。」
「そうだけど…"龍神様"の本名にしてはあまりにも可愛らしいから恥ずかしいんだよ!!」
「え~そんなこと気にしなくていいのに~可愛いよテトちゃん♪」
「サヌイ…お前振り落とすぞ…。」
そう言ってジトッとサヌイを見上げるテトに、サヌイは陽気に笑いながらテトの頭をなでた。
「あはは、冗談だってば!…あ、木とか持ってきたほうが良かったかな~…でもお社だし島の木のほうがいいかな。」
「やっぱお前は変わってるよなあ…今までの族長でお社修理してる奴なんて見たことねえよ。今までのやつは怖え顔して俺らを使うようなのばっかりだったからな。」
「その節は…先代達がごめんね…。」
「ま、俺はお前が族長になった代でラッキーだったよ。」
「テト……うん、俺もテトみたいな優しい龍でラッキーだったよ…。」
そうして話をしながら一刻ほど海を進むと、目の前には神が住むとされている孤島が見えてきた。
この孤島は女人禁制で人は住んでおらず、生い茂った森と海辺の間に三人の姫神を祀るお社がたっている厳かな島だった。
「あったあった…ほら、お社壊れそうでしょ?前に挨拶来たときから気になってたんだよね。」
「あっそ、じゃあ俺は終わるまで海に戻ってるぞ。」
「…ねえこれって接ぎ木とかしていいのかな?どう思う?」
「知らん、俺に聞くな!何っっで村のやつらに確認してから来なかったんだよお前は!!帰る時また呼べ!!」
「ええー…。」
ザブンと海に戻るテトを不満げに見送ると、サヌイは仕方なく一人でお社修理の作業に取り掛かった。
汐風に長年さらされてきたそのお社は、所々にガタが来ておりこうやって立派に立っていることの方が不思議なようだった。
「…よし、すぐに直しますからね。」
ー…トントントン…
ー…トントントン…
「……。」
ー…トントントン…
「…あなたは何をやっていらっしゃるのですか?」
「……え?」
トントンと釘を打つ音に紛れて聞こえたか細い声に、サヌイはキョロキョロとあたりを見回した。
だが周りには誰も見当たらず、サヌイは不思議そうに首を傾げるとまた作業に戻った。
ー…トントントン…
ー…トントントン…
「あとちょっと…あれ…?はまらないな…」
「そこの部分は…右に倒すとぴったりはまるかと。」
「ああ、なるほど確かに!!……って、え?」
最後のお社の戸がはまりサヌイが顔を上げると、そこには嬉しそうに頭を下げる一人の女性が立っていた。
薄紅色の長い髪に桜色の艶やかな着物と髪飾り、桜のような儚さのある女は、ひと目でこの世のものではないと分かりサヌイは思わず息を飲んだ。
「お社…直して下さり本当に有難うございます。」
「え……まさか……三女神…様…?」
「はい、三女神が長女、タギリと申します。」
そう言って優しく微笑んだ目の前の女神のあまりの美しさに、サヌイはひと目で心を奪われた。
だが神様の目の前で呆然と立ちすくむ自分の無礼さにハッと我に返ると、
サヌイはその場でタギリにひざまずき頭を下げたのだった。