14.ヒナの傷跡
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今から12年程前、ヒナは親の仕事の都合でアメリカで暮らしていた。
引っ越してから全くアメリカになじめなかったヒナは、16歳の当時はほとんど学校にも行かず立派な引きこもりと化していた。
ー…バタン!!
「了!!学校行かないのはもう何も言わないからご飯くらいさっさと食べて!!!」
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「…。」
「返~事~は!?」
「…はい。」
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ヒナの両親は幼い頃に離婚し、ヒナと姉は父親に引き取られていた。
だがこの父親は家庭を全く顧みない人で、姉が成人すると家に戻らなくなり、全ての家事はもちろん生活費の工面まで当時20歳の姉がしてくれていた。
サバサバして面倒見の良いこの姉が、ヒナにとっては育ての親だった。
「お姉ちゃん今日バイト遅くなるから、夜の分冷蔵庫にあるから食べてね?」
「…。」
「了っ!!」
「はい…。」
渋々部屋から顔を出し返事をするヒナに姉はニッと笑うと、元気よく家を飛び出した。
毎日朝から晩までアルバイトに駆け回る姉は、進学を諦め、家事をしては仕事に向かう、そんなめまぐるしい毎日だった。
ー…バタン
「…ハンバーグ…?」
冷蔵庫を開けるとそこにはやや不格好なハンバーグがラップの中に納まっていた。
ヒナはそれを見て少し笑うと、一人部屋のパソコンに向かい、慣れた手つきでタイピングを始めた。
ー…カタカタカタ…
「…………。」
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ー…カタカタカタ…
ー…カタカタカタ…
薄緑の画面に英数字の羅列が気の遠くなるほど列をなす。
長年引き籠っていたヒナの唯一の、そして最大の才能が、他人のコンピュータに侵入するクラッキングだった。
ヒナはこの頃その経験と技術を生かし、企業のセキュリティプログラムを破りセキュリティの穴を見つけるというアルバイトをしていた。
一件に付き数万円、姉の助けになるようにと引き籠りのヒナなりに考えた事だった。
だがそれからヒナの名前は瞬く間にその方面で知られるようになっていき、
そして全ての元凶となる"ある軍事施設"に目をつけられたのだった。
..............................................
ー…ガチャ
「驚いた…君が…ryo.asahinaかい?まだ子供じゃないか。」
「…はい。」
厳重な警備を通り抜けた先でヒナは、優男風のアジア系欧米人の男性とあいまみえた。
男性はクラッキングをしていたのが目の前の少年だとにわかに信じられないようで、まじまじとヒナを見た。
「私はここの研究員のノア・ミラー、ぜひとも君の力を貸して欲しい。手を貸してくれるならば君の言う給与は必ず保障するよ、どうかな?」
「宜しく…お願いします。」
差し出した手をヒナが握ると、ノアは嬉しそうにヒナの肩を叩き契約書にサインをさせた。
ヒナがここに来た理由は一人で生活できるようにという思いもあったが、今まで迷惑ばかりかけてきた姉に恩返ししたいというその一心だった。
だがこの組織がヒナに期待したものはそんな生易しいものではなかった。
「やって欲しい事はただ一つ、ただひたすら我々の用意した試験用プログラムに侵入しクラッシュさせて欲しい。我々はその作業データが欲しいんだ。」
「データ…?」
思わぬ仕事の内容に、ヒナは眉をひそめた。
ノアはそのヒナの様子を見ると、さっきまでとは打って変わって真面目な顔で言葉を続けた。
「…第三次世界大戦が起こるとしたら、何を制したものが勝つと思う?武器の開発?同盟?」
「……コンピュータ…ですか…?」
「ああ…ビンゴだ、敵国の主要機関…交通、流通を麻痺させ、軍事データを盗むことが出来れば戦争は遥かに有利に進められる。
後は無人探査機と無人戦闘機をコンピュータで制御して総攻撃。コンピュータのクラッキングの技術が緻密に扱える頭脳があれば、自国の兵に命を削らせることなんてないんだよ。」
「…。」
「だがそういった事が出来る人間はほんのごくわずかだ、だからこそ君の力を借りたい。」
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そう言って笑うノアを見て、ヒナは一瞬でここに来た事を後悔した。
戦争、殺戮、テロ、そういうものをコンピューターを介して行い、たった一つのクリックで大勢の命を奪おうとしているのだ。
目の前で助けを乞うものの顔も、苦しみあえぐ者の顔も見ずに、酒でも酌み交わしながらモニターの前で。
「ここまで聞いておいて無しだなんて言うなよ?何も君に戦争しろと言ってるわけじゃない、君の技術を借りたいだけだ。」
「はい…。」
当時17になったばかりの少年に、その言葉を跳ね返すほどの力も度胸も無かった。
事実、ヒナが提供したデータが何に使われたのかはヒナに知らされることは無かった。
だがこの組織に協力するたびに、自分がキーを押すたびに人が死んでいるのではないかと思わされて、ヒナはより一層自分の殻に閉じこもっていった。
...............................................
ー…ガチャ…
「了おかえり…!!ご…ご飯は?」
「いや…いい、今日はもう寝に帰っただけだから…。」
「そう…。」
ヒナが仕事に行くようになってから家計は潤い始めていたが、それと反比例して表情の無くなっていく弟を、姉は心から心配していた。
「仕事…ここの所毎日じゃない…?それに顔色だって悪いし…大丈夫なの?」
「大学…。」
「へ…?」
「姉ちゃん行きたかったけど諦めてたんでしょ?学費なら出せるから行きなよ。じゃあ…おやすみ。」
ー…バタン…
「了…そんな事考えて…。」
ずっと守ってきた弟がいつの間にか大人になって、気付いたら自分よりも大きくなっていた。
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それが嬉しいようで寂しくて、部屋に戻るヒナの姿を見送った姉はその場に泣き崩れた。