07.碧眼のサムライ
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それはまだ和泉が6歳になったばかりの春。
家族は都内の小さなアパートで、裕福ではないにせよ普通の幸せな毎日を送っていた。
穏やかで優しいフランス人の母親に、口は悪いがまっすぐな日本人の父親。
そんな二人の元ですくすくと育った和泉が小学校に通うことになった、
そんな、ある朝の事だった。
ー…ドンドンドン…
「はい、どちら様ですか?」
「…和幸様はいらっしゃいますか?」
突如ドアの前に現れたのは、何年も前に関係を絶っていた冴嶋組の幹部達だった。
その威圧感に圧倒された母はまだ幼い和泉を抱きかかえ、父の後ろに隠れた。
「何の用ですか…?」
「組長が、次期組長をあなたに…とのことで、連れてくるよう仰せつかっています。ご動向を。」
突然の幹部の男の言葉に、父は驚きを通り越し静かに怒りをあらわにした。
「…あの男が何を言ったか知らんが俺は組長なんぞする気はない…そう伝えろ…。」
父がそう言ってドアを閉じようとすると、男は懐から取り出した物騒な黒い塊を、幼い和泉に向けた。
「俺達だってあんたみたいな素人が組長だなんて嫌に決まってんだろう…?だが組長は"血筋"を何よりも重要視していらっしゃる…こっちもイライラしてんだ、あんまウダウダ言ってるとこのガキから片づけるぞ。」
「…!!」
向けられた銃口に、母親はランドセルをからってはしゃいでいた和泉を抱きしめた。
「…わ…分かった…とりあえず同行する…。」
「和幸さん…!?」
「…親父と話をつけてくる。大丈夫、こんな素人を本気で組長になんてするはずない。すぐに帰るから…。」
「…助かりますよ、"若"。」
男がそう言って銃を懐にしまうと、父は冴嶋組の男達と共に、黒塗りの車に乗り込んで行った。
「お母さん…お父さんお仕事?」
「そうよ、すぐに帰ってくるから…大丈夫だからね…。」
母はまるで自分に言い聞かせるように何度もそう呟くと、震える手で和泉を抱きしめた。
だがそれから父の帰宅はおろか、連絡の一つすら入らぬ日々が続き、
そんな日々が続いて半年、悪夢のような知らせだけが届けられた。
ー…ガシャーン……
「今…何と…?」
「和幸様がお亡くなりになられました。」
淡々と事実を告げる男を前に、母は状況が呑み込めないまま立ちつくした。
「どうして…?あ…あなたたちが彼を組長にする為に嘘をついてるんでしょう…?だってこんな半年で…何で…?」
「和幸様は出先で事故を起こし残念ながら…葬儀は我々組内で済ませておりますのでご心配なく。」
「…!!!!」
次から次へと伝えられる理不尽な事実。
何をどこから考えて、何と言ったらいいのかも分からないまま、母は一言も発せずにその場に崩れ落ちた。
「お母さん…どうしたの?痛いの?大丈夫?」
ただならぬ雰囲気を察した和泉は、泣き崩れる母の腕にしがみついた。
そんな和泉に視線を落とした男は、更に母を貶める一言を言い放った。
「つきましては、次期組長に和幸様のご子息を連れてくるようにとのご用命で本日は参りました。」
「何を…言ってるの…?」
「連れていけ。」
「うわっ!!何だ離せ!!離せ!!!!!」
「和泉!!和泉!!止めて!!和泉を離して!!それなら私も…私も行きます!!!!」
和泉を担ぎ上げた男たちに母は必死に縋り付くと、男は母をバカにしたように笑った。
「極道に異人の母親が同伴って…?あんま笑わせるなよ。あんまり騒ぐと息子さんの命にもかかわるよ、お母さん。」
「…お願い…和泉を返して…!!」
「お母さん!!お母さん!!!!!」
「行くぞ。」
「和泉!!!!!!!!!!!」
母の悲痛な叫び声は届くことはなく、またも母は黒塗りの車を見送る事となった。
母はフランス人であったが、父に教わって日本の文化についてもよく理解していた。
ヤクザという組織の事も、
警察に相談しても無駄であろうことも、全て。
半年間という短い期間に夫と息子を引きちぎられるように奪われた母は、それでも何度も冴嶋組を訪れた。
訪れても訪れても和泉に会う事さえ叶わず精神的に病んでいった母が、
自分の故郷であるフランスへと戻って行ったと和泉が知ったのは、それから10年以上も経ってからの事だった…。