06.南在ゴーストバスターズ
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時は遡ること87年前、大正15年。
18才の神谷八十郎は、有名な豪商の西園寺家に書生として抱えてもらっていた。
八十郎は貧しい家の出だったが、その優秀さと朗らかな人柄で、主人やその家族からも可愛がられていた。
「八十郎さーんっ!!」
「…紀美ちゃん!!」
西園寺家の一人娘である紀美子は、中でも特に八十郎と一緒にいることが多かった。
そして容姿端麗で性格もいい紀美子と八十郎が恋に落ちるのに、そう時間はかからなかった。
「私、お父様に八十郎さんとの事、話してみる…!!」
突然の紀美子の宣言に、八十郎は読んでいた本を滑り落として驚いた。
「でも…僕みたいな貧乏書生との仲なんて認めてくれるはずないよ…そうなったらもう…一緒には…。」
「でもこのままじゃ私はきっと顔も知らない人の所に嫁がされる…私は…八十郎さんのお嫁さんになりたい…!!!!」
「紀美ちゃん…。」
顔を赤らめて俯く八十郎をいとおしそうに見ると、紀美子は八十郎の背中に抱き着いた。
「八十郎さんの事、お父様も気に入ってるもの…きっと認めて下さるわ…。」
「…うん。」
「あ…結婚祝いの時は牛鍋出してもらお!!」
「紀美ちゃん牛鍋好きだね~…。」
「うん!!みんなで牛鍋囲むの、いいでしょ?」
「ふふ…そうだね、そうしよう…。」
明るい未来を信じて疑わなかった二人。
だが次の日、事態は最も恐れていた方向へと流れて行ってしまった。
ー…バンッツ!!!!!!!
「ならん…!!!!」
「どうして!?お父様だって八十郎さんの事優秀で素敵な青年だって言ってたじゃない…!!」
「それとこれとは話が別だ…紀美子、お前はもう三井家のご子息と婚姻するよう話が進んでいる。」
「…!?な…そんな話初耳です…私は…!!!」
突然聞かされた事実に動揺する紀美子に、父は容赦ない言葉を突きつけた。
「口答えは許さぬ。お前は西園寺家の一人娘だ、婚姻は早めて八十郎は別の篤志家の家に移ってもらうようにする。」
「そん…な…。」
この時代、結婚は個人の問題ではなく家と家の問題。
それも西園寺家の一人娘ともあれば、こうなることは誰もが容易に想像できた。
だがどうしてもお互いを諦めきれなかった二人は八十郎が家を追い出されるその日、
殺されても構わない覚悟で、駆け落ちを決めたのだった。
「…僕の友人が住んでいるアパートの一室の鍵が壊れてて空いてるんだ、外じゃ見つかりやすい…そこで落ち合おう。」
「分かったわ、今夜隙を見て抜け出すから…すぐに行くから…そしたらずっと…ずっと一緒よ…?」
「うん、待ってる…ずっと…ずっと一緒だ‥!!!」
二人は息を潜めるように唇を重ねると、
離しがたいその手を離し、八十郎は西園寺家を後にした。
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「…それで?」
「その日からずっと、このアパートで紀美ちゃんを待ってた。」
((来なかったんじゃねえかーーーーー!!!!))
笑顔の八十郎に全員がガクッと肩を落とすと、九条が申し訳なさそうに言った。
「でももうあれから87年が経ってます…八十郎さんも亡くなってるわけですし…相手の方はもう…いらっしゃらないかと…。」
九条の言葉に八十郎は一瞬顔を曇らせたが、またすぐに笑顔を作り、答えた。
「来ないかもしれない、でも、来るかもしれない…それならここで待ってるしかないでしょう…?」
「…。」
八十郎の言葉に、その場にいた全員が言葉を失った。
携帯電話が当たり前にある時代、純粋な待ち合わせというものは事実上消えたと言っても過言ではない。
来るのか来ないのか、遅れるのかもう着くのか、一人で待っていてもその情報はすぐに伝わってくる。
だから、待っていられる。
だが八十郎はその一つも分からないまま、
逃げられなかったのか?
それとも来る途中で事故にでもあったのか?
それとも自分は本当は嫌われていたのか?
それとも
それとも
それとも
どんな想いで…この…87年間…
たった一人で…。
『…八十郎さん…』
「…どうしたの?大丈夫だよ紀美ちゃん、僕は…。」
「八十郎さん。」
涙をこぼす佐奈を心配そうに見つめる八十郎に、九条は真剣な表情で言った。
「その人は紀美子さんではありません…他人のそら似です。八十郎さんも本当は分かっているでしょう…?」
「…。」
「でも…本当の紀美子さんの事…知りたいとおっしゃるなら南在探偵事務所の私が必ず…必ず調べてさしあげます…!!!!」
『九条さん…。』
「…ったく87年も待つって忠犬ハチ公も真っ青だよ。しょうがねえな~まあ俺達に任せとけよ…ハチ!!」
「…すぐに見つけてきますから。」
『そうです!!私達がついてますよっ!!ハチさん!!!』
「君たち…。」
八十郎は、自分の目の前で頼もしく笑う4人に驚きを隠せなかった。
だってこんな日が来るなんて、考えたことがなかったから。
毎日毎日、君があのドアから「遅れてごめんね」と言いながら現れるのを信じて待っていた。
君の本当の事を知るのが怖くて87年間、探すことすらしなかった。
でも…もう…現実から逃げるのは止めるよ。
たとえそれが…どんな形だったとしても…
「…紀美ちゃんの事………どうか僕に教えて下さい…!!!!!」
「「…任せてください…!!!!」」
うららかな陽気の午後。
かくして築87年のオンボロ幽霊アパートは、
南在探偵事務所の依頼人宅、へと呼び名を変えたのだった…。