Re:6 掌の雪
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ー…プルルルル…ブツッ…
『出ない…………。』
「出ないって…そんな一回かけたくらいでしょう。」
仕事を終え事務所で携帯とにらめっこして佐奈は、応答のない携帯を諦めたように放り出してうなだれた。
『もしかしたらまだ仕事中かもしれないので…あまりかけたくないんです…。』
「それはいい心がけですね。同じ人からの着信履歴は三度目くらいから鬱陶しくなりますものね。」
『う…鬱陶……!?』
「あはは。」
そう言ってニコニコと楽しそうに笑う九条に、佐奈はハアと溜め息をついた。
「そんなに心配しなくともただ仕事してるだけですよ、浮気の線を疑うのは時間の無駄でしょう。」
『ううう……はい。』
「孝之助さんの話だとノアさんも手伝ってるようで、だいぶ当初の予定より早く終わりそうとの事ですよ?期待して待っていましょう。」
「そーだぞあんな奴いない方が清々するわ…」
ー…バターン!!!!!!!
「いってっ!!!!!!!」
「『!!』」
和泉の言葉を遮るように勢いよく開けられた扉に佐奈が振り返ると、
そこに立っていたのは、慌てて息を切らしている、佐奈の大好きな人だった。
『ヒ…ヒナさん!?』
「……佐奈。」
「てめえヒナ帰ってくるなり人の頭にドアぶつけてくるとはどういう神経で…」
ー…バタバタバタ…
「…もう行っちゃいましたけど、和泉。」
「かああああああ!!何なんだあいつはムカつく!!!!」
ー…バタバタバタ…
『ヒ…ヒナさんっ!?一体どうしたんですか!?し…仕事は…?』
「………。」
突如事務所に現れたと思ったらそのままヒナは佐奈の手を引き何も言わずに走り出していた。
佐奈は突然のヒナの行動に戸惑いながらも、ヒナに手を引かれるままその後ろを走り続けていた。
そうして走り始めて数分、
ヒナはこの辺りで一番背の高いビルの屋上に着くと、息を切らしながら佐奈の手を離した。
『ヒ…ヒナさん…ここは一体……?』
「………。」
『ヒナさん…?』
佐奈の問いかけにもヒナは答えること無く、ただただキョロキョロと空の様子を伺うばかりだった。
そんなヒナの様子に佐奈も空を見上げると、冷たい夕暮れの空の隙間から小さな雪の花が舞い散り始めた。
『わ……雪ですね…』
ー…ガシッ!!!!!!!!!
『へ………?ヒナさん…何やってるんですか…?』
「………取った。」
『……雪ですか?』
ヒナは舞い始めた雪をひとつ手のひらに捕まえると、その手を佐奈に見せた。
掌にあった雪は佐奈とヒナが目を向けるやいなやすぐに溶け、それと同時にヒナは堰を切ったように喋り始めた。
「…今日東京ではこの雪が初観測となる…東京都市部周辺で外に出れて尚且つ一番高い建物はこのビル、そして一般的に高い190cmある俺が手を伸ばして取れば実質一番高いということになる。だとしたらこれが一番に捕まえられた初雪、ということになると思う。」
『ヒ…ヒナさん…どうしました…?』
「初雪を一番に捕まえられたら……願いが叶うって聞いた。」
『え……?』
突然の意味不明な行動と意味不明な言葉の後
開口一番に飛び出したヒナの子供のような言葉とその真剣そうな表情に、佐奈は思わず肩の力が抜け、頬をゆるめた。
『ふふっ…そうですね…きっとそれが今年最初の雪だと思いますよ!で、何の願い事だったんですか?』
「……。」
佐奈がそう言って不思議そうに尋ねると、ヒナは捕まえた雪を握りしめながら佐奈を抱き寄せた。
『ヒナさん…?』
「警察署での仕事が終わって…アメリカに…もう一度行くことになった…。」
『へ……?アメ…リカ…?』
ヒナの口から出た突然の予想外の言葉に、佐奈は驚きヒナの方を見た。
だがヒナは佐奈を抱き締めその肩に顔を埋めたまま、震える声で言葉を続けた。
「さっきノアに言われた。昔いた施設のリーダーが変わったって…それで方針が変わって…ノアが話をつけてくれたんだって…。」
『……?』
「…………機械外して…普通の人間に…戻してくれるって…。」
『え…?』
佐奈の耳に届いたその言葉は、今にも消え入りそうな、本当に小さな声だった。
恐らくまだ自分でもこの事実を受け入れきれてないのであろう、
喜びと不安が入り混じって震えたその声の主を、佐奈は安心させるようにギュッと力いっぱい抱きしめた。
『ヒナさん……良かったですね…良かったです……!!!!』
「………うん…。」
『はは…私まで涙が…グスッ……』
「佐奈…。」
『は…はいっ…?』
「俺がアメリカから無事に帰って来たら…その時はずっと…ずっと死ぬまで佐奈に一緒にいて欲しい…。」
『…ヒナ…さん…?』
「さっき…そう、願い事した。」
『……!!』
あんなに頭が良くて冷静で、いつも誰よりも落ち着いているヒナが、
自分のこととなると途端に自信を無くし、不安げな子供のような顔で俯いてしまう。
この大きな子供のような人が、佐奈は愛おしくてたまらなかった。
『…じゃあやっぱり一番に初雪をつかまえたのは、ヒナさんだったんですね。』
「…?」
『だってその願い事は……絶対に叶いますから…。』
白い粉雪が舞う中、佐奈はそう言って頬を赤くしながら微笑んだ。
そうしてヒナが初めにつかんだ初雪達は二人を見守るようにしんしんと降り続け、
夜にはあたり一面を、真っ白に染め上げたのだった…。