Re:6 掌の雪
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一方、警視庁を訪れたヒナは、警視庁のある一室に通されていた。
そしてそこにいた一人の見覚えのある男性に、ヒナは少し身を固くしながら頭を下げた。
ー…バタン…
「朝比奈くん、久し振りだね。」
「……はい、雨宮さん。」
雨宮と呼ばれたその物腰の柔らかい男性は、昔ヒナがここで働いている当時を知り、かつその素性を知っている数少ない人間でもあった。
雨宮は微笑んで会釈を返すと、ヒナを中へと誘導した。
「居心地は良くはないとは思うが、まあラクにしてくれ。」
「……いえ、私はこれで。」
「…君は相変わらずだねえ…でも少し、表情が柔らかくなったかな。」
ヒナの変化に雨宮は少し頬をゆるめながら、目の前にあった湯のみに手を添えた。
そして少しためらいがちに、言葉を続けた。
「今回どうしても君にサイバー犯罪課の指導をお願いしたいと南在前警視総監にパイプ役をお願いしたのは私なんだ。
正直君に頼むのに気が引けなかったといえば嘘になる、当時の君の事件の真相を知っているのは本当にごく少数の上官だけだし、君がどんな目で見られるのか我々も心苦しくもあった。だが日本のサイバー犯罪に我々が対処できなくなっているのも事実、事は明らかに急を要している…。」
「……。」
「本当は君にはもう一度ここに戻って来て欲しいと進言したが、南在前警視総監に"それだけは駄目だ"と釘を刺されたよ、彼には今の彼の居場所があると。」
「……南在さんが…?」
「だから今だけでもどうか…うちの人材育成の為力を貸して欲しい……!!」
「雨宮さん……。」
深々と頭を下げる雨宮にヒナも頭を下げると、小さく言葉を返した。
「俺が当時してしまったことは何と聞いているかは知りませんが俺の失態です、もう一度こういう償いが出来る機会を貰えたことだけは有難いと思っていますし、技術提供はします。」
「朝比奈くん…ありがとう…!!」
「……その代わり、姉のような被害者を、もう出さないで下さい。」
「………!!」
「では失礼します。」
ヒナはそれだけ言い残すと、ペコリと頭を下げて部屋を後にした。
今までの言葉とは明らかに違って熱を持たないその言葉に、残された雨宮は一人ギュッと拳を握りしめたのだった…。
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ー…ザワザワザワ…
「今日からサイバー対策の指導をすることになった朝比奈了です。」
そう言って壇上に立ったヒナに、警察職員らの反応は戸惑いとも軽蔑ともとれる冷ややかな反応だった。
その特徴的な身なりとサイバー関連の事件ということもあり、ヒナを覚えている者も数多く見受けられた。
「あいつだよな、警視庁のデータベースを攻撃したのって…どうなってんだ…?」
「なんだって俺らが犯罪者から学ばなくちゃいけないんだ。」
「でもあの"バベルプログラム"を壊したのはあいつなんだろう…?」
ヒソヒソと聞こえる心無い言葉も、ヒナにとっては想定の範囲内で、反応も当然だろうと思っていた。
敵から教えを請うなど皆嫌に決まっていること、だがヒナは初めからその事を逆手に取ろうと決めていたのだった。
「では…人前で喋るのは苦手なので、このへんにしたいと思います。」
「………?」
「私に学びたくないと思うならどうぞご自由に、その器量が…あればですが。」
ー……ピーッピーッ…!!
「なっ……なんだ…!!?」
「パソコンから急に音が……なんだ、画面がおかしいぞ!?」
「これは……!?」
ヒナがその言葉を告げた瞬間、職員らのパソコンがそれぞれ慌ただしく異様な音を発し始めた。
全員のパソコンからその音の発生があったことを確認すると、ヒナは椅子に腰掛け淡々と続けた。
「あなた方のパソコンに今朝ウイルスを送付しておきました、まさか全員が引っかかっているとはいくらなんでも引きました。」
「「なっ……!?」」
「そんなもの…入れるはずがない…!!今朝から数時間…変わった行動はしていない…なぜ…強固なセキュリティがあるというのにどこから…!?」
「…俺の作ったウイルスはどのアンチウイルスソフトにも検知されない。手口は自分で解析して調べて下さい、曲がりなりにも"サイバー犯罪対策課"の皆さんなのですから。」
「っ……!!」
「因みに偽物のウイルスなのでデータを壊したり抜き取ったりはしないですが、あなた方はもっと自覚したほうがいい、これが本物だったら今頃データは犯罪者の手に落ちてる。
"犯罪者"以下になりたくないようでしたらさっさとそのウイルスを駆逐してください、以上です。」
ヒナはそれだけ言うと、さっさと講義室から姿を消してしまった。
突然の出来事に職員達は皆呆気にとられていたが、皆顔を見合わせると、一様に悔しそうに唇を噛み締めた。
「な…なんだあいつ…ふざけやがって…!!」
「いいか皆、サイバー犯罪課の威信にかけてあいつに目にもの見せてやろう!!!!!」
「「おうっ…!!」」
かくして残された職員達はヒナという打ち砕くべく共通の強敵が出来たことで、
はからずも、今までになく没頭して自分のパソコンと睨み合うこととなったのであった…。
ー…カタカタカタ……
「くそ…何て難解でやっかいなんだ…。」
「そっちはどうだ…?俺はもう少し…もう少しな気がするんだ…!!」
「いよーし!!やるぞおおお!!」
「……。」
ヒナが皆のパソコンにウイルスを送ってから数日、あの日から毎日講義室からタイピングの音が止むことはなかった。
ある者は悔しさ故に徹夜し、参考になりそうな書物を読み漁った。
ある者は思わず目を背けたくなるような膨大なデータを前に、疲れで目が開かなくなるまで向き合い続けた。
そんな皆の様子をヒナはたまに覗きに来ながらも、決して慣れ合うことはなくすぐに自分の部屋に戻って行った。
だがそんな日々が続き、パソコン越しに職員たちはあることを感じていた。
このウイルスは解析すればするほどハッとさせられるように手順を丁寧に指し示してくれる時がある。
そうしてこのウイルスの解析をするとともに上がっていく自分の腕と、
言葉無くとも伝わる、ヒナの真意に…誰もが気づき始めていたのだった…。