Re:4 二人の距離
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ー…ボーン…ボーン…
「このたびは、ご愁傷様でございました。」
ある日の夕暮れ時、しめやかな空気の流れるその場に琴子は喪服に身を包み佇んでいた。
長く続く人の列を避けながら進むと、背後から聞き覚えのある声が聞こえ琴子は足を止めた。
「琴子ちゃん?」
「所長さん…!!」
声の主は同じく喪服姿の孝之助だった。
琴子は孝之助にペコリと頭を下げると、小さな声で孝之助に尋ねた。
「和泉ちゃんは…まだ…?」
「…ああ、だから俺が代わりにな。」
「そっか、和泉ちゃんのお父さんだもんね…。」
「…そだな。それに俺自身も一敬さんにはお世話になったからな。琴子ちゃんは…高虎くんかな?」
「あ…まあ………」
「?」
孝之助の口から出た高虎の言葉に、琴子はしどろもどろに歯切れの悪い返事を返す事しか出来なかった。
あれから数週間、高虎と連絡はおろか姿を見てすらいない。
助けて貰っておきながら啖呵を切り、高虎が一番つらいであろう時期に何の支えにもなってやれなかった事を琴子は酷く後悔していた。
「高虎くんとなんかあったの?」
「はは‥ちょっと喧嘩しちゃってて…今日も別に来て欲しいだなんて言われてないの。」
「あの人当たりのいい高虎くんが喧嘩ねえ…琴子ちゃんのこと、よっぽど気にかけてるんだね。」
「…へ?何でそうなるのよ。」
孝之助の言葉に琴子がキョトンとしていると、孝之助は穏やかな笑顔を見せながら言った。
「そりゃまあ大事だと思ってないと喧嘩なんかしないでしょ、年取ってくるとどうでもいい奴と喧嘩なんて心底面倒だしねぇ。」
「………。」
「も一回話してみたらどうだい?今はきっと一敬さんが亡くなったばかりで気を張ってるだろうけど、辛いのはきっとこれからだ。支えてあげなくちゃな。」
そう言って穏やかに笑う孝之助に、琴子は驚くと同時に目から鱗が落ちるようだった。
向かう所敵なしのナンバーワンホステスも自分の恋となるとこの有り様で、そんな事にすら気付きもしなかった。
「ありがとう所長さん…てか所長さんはなんでそんな悟ってるくせに独身なの?」
「長いこと一人でいると見えてくる悟りというものがあるのだよ…というか放っといてくれるかな。」
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ー…ザク…ザク…
(っと…いるかな…。)
告別式も終え一段落し人もまばらになってきた頃、
忙しく動きまわっていた高虎がようやく一人になったと組員から教えてもらった琴子は、襖の向こうにいると思われる高虎の様子を庭先から伺っていた。
(…今私が行っても変に気を使わせるだけかもしれない…でも…)
ー…ガラッ…
(ー…!!)
琴子が高虎のいる部屋に入ろうとしていると、突然ふすまが開き、中から高虎と孝之助が現れた。
突然現れた二人に琴子は慌てて庭先に身を隠すと、何か話し込んでいるような二人のそばで必死に息を潜めていた。
「ホントは和泉も来れたら良かったんだけどね…。」
「若が元気だったとしても来なかったんじゃないでしょうか…、あの二人は…いつもそうでしたから。」
「それもそうかもしれんなぁ…あ、そういえばさっき琴子ちゃんと会ったけど、会ったかい?」
「琴子さんが…?」
(………。)
琴子がこの場に来ていたことを初めて知らされたようで高虎は少し驚いた顔を浮かべたが、すぐに顔を俯け寂しそうに首を横に振った。
「そうかい。ま、何があったか知らんが一回話してみたらいいんじゃない?」
「……いえ、私はもう…琴子さんと話すことは無いと思っています。」
(…………え?)
突然高虎の口から出た自分への言葉に、琴子の胸はドクンと激しく脈を打った。
緊張で冷たくなり震え始めた手を握り締めると、琴子はただただ息を殺して高虎の言葉に耳を傾けた。
「組長が亡くなって私は名実共に冴嶋組組長です、きっともうカタギの世界に身を置くことは死ぬまで無いでしょう…。柵や因縁も多いこの世界に……大切な方を引きずり込みたくはありませんので…。」
「好きだから遠ざけるってことかい?」
「はは…情けないですけれど、黙って着いて来いと…大手を振って言える世界ではありませんから……。」
(…………!!)
初めて聞いた高虎の気持ち。
高虎がなぜ自分との距離を取ろうとするのか、その理由を知った琴子は思わずへなへなと崩れ落ちた。
ー…パキッ…
(わっ…や…やばい音が…!!)
「…!」
「どうかしましたか…南在さん?」
「ああ…いや。」
小さな音に敏感に反応した孝之助は、その先にあった影に気が付いた。
その影の主の存在に全てを理解した孝之助は、颯爽と立ち上がるとそそくさと帰る準備を始めた。
「じゃ、今日はそろそろお暇するよ。あんまり根詰めすぎるんじゃないよ?」
「…はい!!今日は本当にありがとうございました!!」
「あと最後に高虎くん。」
「はい?」
「この組織を大手を振って言えるようにするかは君次第だ。でもこの世界に入ることを良か悪しか決めるのは君じゃない、琴子ちゃん自身だ。それは忘れないようにね。」
「……。」
孝之助はそう言い残すと、高虎にひらひらと手を振り去って行った。
残された高虎は深々と頭を下げると、何かを思い巡らせながらその背中をぼんやりと眺めていたのだった…。