Re:2 和泉、フランスへ行く。
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ー…ザク…ザクザク…
「この辺りは…前来た時から変わってねえなぁ…。」
日本を出てからはや半日が過ぎた頃、和泉はようやく母の住む街へと足を踏み入れていた。
右往左往しながらも数年前見た見覚えのある景色を辿り、6年前に見たのよりだいぶ古ぼけた一軒家の前で和泉は足を止めた。
(……何か無駄に緊張してきた。)
(…第一声、何言えばいいんだっけなこういう時…母上様…お変りなく…いや、違うな。)
(よう母さん、久しぶり!!…いや、これも何か違うな、これじゃ妙に軽いし馴れ馴れしいような…。)
和泉が一人ブツブツと足りない頭で試行錯誤していると、背後でバサリと何かが落ちる音が耳に入った。
その音にハッと和泉が振り返ると、そこには買い物袋を落とし目いっぱいに涙を溜めた和泉の母親の姿があった。
突然の出来事に思わず動揺しその場から離れようとした和泉だったが、母はそんな和泉の手を掴み抱き締めた。
「会いたかった…和泉…和泉…!!ごめんね…本当にごめんね…!!」
「…か…母…さん……?」
突然和泉を抱き締めるやいなや泣き崩れた母を前に、和泉の頭からは考えていた第一声のセリフなど既に消し飛んでしまっていた。
だが自分に回されたどこか懐かしいその腕の感触と香りに、和泉はただただ戸惑いながらその場に立ちつくしていた。
「あ…ごめんね、こんなところで…和泉が来てくれるって聞いてご馳走作ろうと思って買い出しに行ってたの!!さあ、中に入って。」
「ああ……うん…。」
「…和泉?」
母に手を引かれるままに家の門の前まで足を進めた和泉だったが、門を潜ろうとしたところで足を止め、ためらいがちに口を開いた。
「……やっぱ俺はここでいいよ、母さんには今の家族がいるんだし、俺が来た所でみんな困るだけだろ。」
「何言ってるの、私達は離れたくて離れた訳じゃない、冴嶋組のあの男に無理矢理バラバラにされただけの家族なの。だから夫にも子供達にも、もう一人本当は兄が、子供がいるんだって私はずっと話をしてきたわ。」
「……。」
「本当ならあの時命がけでもあなたを奪い返すべきだった…辛い人生を送らせてしまって…本当にごめんなさい……!!」
「母さん……。」
先程涙を拭ったばかり母の瞳からまた涙があふれだすと、和泉はオロオロと心配そうに母を見た。
男世帯で母というものをほとんど知らずに育った和泉には、こういう時母にかければ良い気の利いた言葉など思いつくはずもなかった。
「ごめんなさいね、償いが出来るなんて思っちゃいないわ…でも、できる事は全部してあげたいの、だから入って…?」
「わ…分かった!!入る!!」
「ふふ…おかえりなさい…和泉…。」
「………!!」
その"おかえりなさい"という言葉に、和泉の胸は優しい温もりでカッと熱くなった。
それは6年前のあの日、ここで言って欲しかった言葉、ずっとずっと、和泉が聞きたかった言葉だった。
そうして和泉は母に連れられ家の中に足を踏み入れた。
だがそこで和泉が目にしたのは、予想していた温かい家族団らんの光景とは少し違った景色だった…。
.............................................................
ー…ガチャ…
「…お邪魔します。」
「お帰り。和泉くんだね…初めまして、私はジャン、遠い所疲れただろう‥ここを自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ。」
「どうも…。」
母の現在の夫と思われる優しげな男性の言葉に和泉はペコリと頭を下げると、少し様子を伺いながら腰を下ろした。
リビングの壁には幸せそうな家族の写真が飾られており、その絵に描いたような幸せな一家の笑顔に和泉の胸はチクリと痛んだ。
「エマとナタンも呼んだらどうだ?」
「……。」
「エマはまた出掛けてるわ、ナタンには声をかけてるけど…どうかしらね。」
「……そうか。」
エマとナタン、恐らく母の子供たちの名前であろう、
だがその名前を口にした母とジャンの表情と雰囲気はどこかどんよりと曇っていて、その空気に耐えかねた和泉はジャンに子供達について尋ねた。
「あ…息子さん達は…今何歳なんですか?」
「エマとナタンかい?エマは12歳でナタンは11歳だよ、自由奔放な娘と少し内気な息子でね、ナタンは…下りてこないかな?」
「返事がないから分からないけど…せっかく和泉が来てくれたんだもの、今日こそは出てくるように言ってみるわ。」
母はそうポツリと言い返すと、トレーに一人前の食事を乗せて二階へ続く階段を上っていった。
部屋に引きこもっており食事も家族とともにしない息子に、外出して戻ってこない娘。
自由奔放に内気と言えばまだ聞こえはいいが、勘のいい和泉はこの家族が抱えている問題をなんとなく感じ取っていた。
ー…バタバタバタンッ!!
「ただいまー。」
「!!」
母が階段に足をかけたその瞬間、玄関から騒々しい足音とドアの閉まる音が響いた。
バタバタとうるさい足音の主はリビングで和泉の姿を見つけ足を止めると、怪訝そうな目で眉をひそめた。
「…誰?」
「おおエマちょうど良かった、ほら、お前のお兄さんの和泉くんが日本から来てくれたんだよ、挨拶しなさ…」
「イズミ…」
「…?」
エマは和泉の名前にピクリと眉を動かすと、和泉を一瞥したように見ながら声を荒らげた。
「いや、私お兄ちゃんとかいないから、うざい!!」
「!!」
「こらエマ、何てこと言うんだ!!謝りなさい!!」
「そうよエマ!!あなたどうしてそんな酷いことが言えるの!?いつも言ってたはずよ…!!」
「……。」
エマは両親に怒られながらも反抗的な態度で悪態をつくと、和泉をキッと睨みつけ部屋から飛び出して行ってしまった。
嵐が去ったようなリビングで母とジャンがハアと頭を抱えていると、和泉は二人に申し訳なさそうに口を開いた。
「あの…いいよ別に怒んなくて…。」
「……和泉…あなたはやっぱり優しい子ね…ありがとう。」
「……。」
ー…トントン…
「ナタン、噂の"イズミ"が来てるわよ。」
「………そう、僕は会わないし仲良くするつもりもないから、いいよ。」
「もちろん…私もよ。」
二階での不穏な空気をよそに、リビングでは母が腕によりをかけたらしい豪勢な食事をテーブルに所狭しと並べていた。
だがその豪華な食事に口をつけたのは、母とジャン、そして和泉の三人だけだった…。