Re:1 最恐の新入社員
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ー…ガサササササッ
ー…ザザッ…ザザザザザッ…
『進一郎さんそっちにいきました捕まえて下さい!!』
「断る、猫は嫌いだ。」
『一体何しに来たんですか!!!!!????』
翌日、佐奈は嫌がる進一郎とともに依頼人の娘、もとい猫のココアを探していた。
似たような猫を見つけては追いかけ、見つけては追いかけ、佐奈は早くもぐったりと疲れ果てていた。
『うう…なかなか見つからないなあ…じゃあ次の手は…』
「…?」
『これ!昨日のうちに作っておきました、捜索チラシ500枚!!貼って頂ける所にはお願いして、残りはポスティングします!!』
佐奈はそう言うと、鞄からずっしりとした紙の束を取り出した。
いつの間にか作っていたらしいそのチラシに進一郎は少し目を丸くすると、理解できないといった風に尋ねた。
「一人で作ったのか?他の人間はどうした。」
『はい!!ヒナさんは昨日からぶっ通しでネット関係の作業してますし、和泉さんと九条さんも一昨日から徹夜続きの仕事が入ってますから。』
「……なぜお前達はそんなに必死になる。」
『…へ?』
「人の生死に関わるわけでも、ましては事件性があるわけでもない依頼ばかりじゃないか…そんなにこの仕事が楽しいか?」
『………。』
進一郎の問に佐奈はうーんと少し考えこむと、何かを思いついたようにニコッと笑い答えを返した。
『依頼人の皆さんに喜んでもらえるのが嬉しいってのは勿論ですけど、私はこの仕事…いや、この事務所が大好きなんです!!
皆さんと仕事ができて、私を拾ってくれた孝之助さんに恩返しができるなら、どんな仕事だって幸せです!!』
「幸せ……?」
『はいっ!!』
そう頷く佐奈の目には、一点の迷いも曇りも見えなかった。
仕事が幸せだと思ったこと、部下にそう言われたこと、仕事を始めて30年近く一度だってない、
仕事はいつだって背中にのしかかるもので、部下はいつだって、自分の足を引っ張るものだった。
自分が上り詰めた地位の高さに、自分が間違えているなんてことなど思いもしなかった、
だから祖父のあの言葉も、間違いだったのだとしか思わなかった。
だが、そんな自分が落ちこぼれだと卑下した弟を慕ってキラキラした笑顔を見せる佐奈。
そんな佐奈を見ながら進一郎は何か思い立ったように立ち上がると、佐奈が持っていたチラシを手に取った。
「…これをポストに入れればいいのか。」
『進一郎さん……はいっ…!!!!』
そうしてエリートコースをまっしぐらにひた走ってきた強面の新入社員は、高級スーツに高級革靴で日が暮れるまでポステイングを続けた。
はたから見るとその光景は中々に異様で、一回り以上年上の部下を見守りながら、佐奈は嬉しそうに笑ったのだった。
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ー…ガラッ……
『ただいま戻りました~…足が棒みたいです…』
「……。」
「お~おかえり~…」
ペット捜索で結局はこれといった成果も上がらずボロボロになった佐奈と進一郎を迎えたのは、
これまた別依頼の徹夜張り込みを続け、疲れきった様子の和泉と九条だった。
「九条さん、頼まれてた受信履歴出せました、遅くなってすみません。」
「ありがとう、作業続きの所悪かったねヒナ。」
「いえ。」
そう返しながらもヒナは眠たそうに目をこすった。
そうして久しぶりのたてこんだ仕事を終わらせた面々が一息をついていると、奥に座っていた孝之助が青ざめた顔で立ち上がった。
「あああああああああああああああ!!!!!!」
「なっ…!!?なんだよおっさんいきなり!!」
『び…びっくりしました…!!』
皆が驚いたように声を上げた孝之助の方を振り返ると、孝之助はワナワナと震えながら一枚の書類を握りしめていた。
「篠山さんの依頼……明日までだった。」
「『へっ?』」
「………。」
「納期一週間勘違いしてた…はは…やばい。」
「『えええええええええええええええ!?』」
孝之助の言うその依頼は数カ月前に受けていた依頼で、すべての調査は既に終わっていたのだが、まとめるべき情報が多すぎて後回しにされていた。
皆の激務を気遣って一週間かけて後で皆でまとめれば間に合うだろうと踏んでいた孝之助は、あろうことかその週数を一週間勘違いしていたのだった。
「…お前は昔からそういう凡ミスをやらかすな、人を思いやることに気を取られすぎてツメが甘いのだ。」
「か…返す言葉もございません…俺が何とか徹夜してまとめます…。」
呆れたように言う進一郎に孝之助は頭を下げると、がっくりとうなだれた。
そうして孝之助が山積みになった資料を広げると、その資料の山の一角を一人の手が崩した。
「まったく、一週間かけようと思っていたものを一人で徹夜したって終わるわけ無いでしょう。」
「ったくおっさんはしょうがねえな~!!」
『私まだまだ若いですから全っ然問題無いです!!』
「データの入力は前のデータを復旧すればだいぶ時間短縮になると思います。」
「お前ら…」
資料の山を手にしたそれぞれが驚く孝之助にニッと笑うと、皆当然のようにデスクに戻り作業を開始した。
その様子を見ていた進一郎は理解できないという顔で佐奈達に詰め寄った。
「なぜあいつにやらせない…!?お前達は激務を終わらせたばかりで上司のあいつのミスをかばう必要など無いじゃないか!!何か見返りを期待してのことか?なぜ……?」
佐奈達の行動が理解出来ない進一郎の問に佐奈はキョトンとした顔を浮かべると、嬉しそうに笑みを浮かべ言葉を返した。
『仲間ってこういうものですよ!!まあ見返りは焼き肉を要求するつもりではありますが♪』
「………!?」
「焼肉いいな焼き肉食いてええ!!カルビにロースにハラミにタン塩…」
「和泉…お腹減ってくるから止めなさい。」
「みんな…ありがとな…!!いよおおし、俺も頑張るからなーーー!!!!!!!!」
「……!!」
その瞬間、進一郎はあることを悟っていた。
勉強も運動も何一つ負けたことのない自分が、唯一持ち得ておらず、この落ちこぼれが持っているもの。
昔祖父に言われたあの言葉、
その意味を知りたくてここに来て、そしてその答えが今、進一郎の目にはハッキリと見えていた。
孝之助の人徳とでもいうのか、人との繋がり。
それは進一郎が切り捨て、己を高めるためには必要のないものだと考えていたものだった。
(なるほどな…一人で完璧にこなすことを美徳としてきた私には、おおよそ得られるものではなかったか…。)
進一郎は落ちこぼれだと卑下し続けた弟を見ながら一人納得したようにフッと笑うと、
書類とにらめっこをする皆の背中を、夕暮れの中一人眺めたのだった…。