29.利用と救済と
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ー…チャキ…
「どうしてそこまでこいつに従うんだ、理解するつもりもねえが…理解出来ねえ。」
「ふん、理解なんて出来ないでしょうね…あんた達は"当たり"を引いた側だもの…。」
「当たり…?」
千咲の言葉に和泉は更に分からないという顔で顔をしかめた。
お互いに銃の引き金にかけた手は全く外さないまま、膠着状態を保ちつつ千咲は言葉を続けた。
「私もこいつらも…あんたと同じだからよ。」
「同じ?」
「だってここにいる全員……ここでなくちゃ生きていけないもの。」
「……どういうことだ?」
和泉がそう千咲に尋ねると、倒れていた男達もヨロヨロと千咲の背後に立ちはだかり和泉をじっと睨み付けた。
すると背後のスピーカーから不快な笑みをこぼす瀬尾の声が響き渡った。
「そいつらは出所しても行く宛も更生も出来なかったゴロツキどもや表の世界では生きていけなくなった奴らでなぁ。
だから僕が皆"雇って"あげてるんだ、それも高待遇でね…未来ある若者の更生を助けるまあ慈善事業の一環だよ!!あはははは!!!」
「……瀬尾…。」
「分かった…?だから私達は…ここで瀬尾に従ってあんたとあんたの仲間を殺すのが仕事なの…!!」
「……!!」
その瞬間、和泉はあることに気付きハッと目を見開いた。
知っている、この目。
後も先も無い、この世界に絶望した目。
帰るところもなく冴嶋組に命を狙われたままこの社会に戻って来た、
七年前の、あの日の自分の目。
でも、俺はおっさんが強引に俺を拾ってくれて、九条やヒナ、そして佐奈に出会った。
生きる意味も楽しさも、全部おっさんとあいつらが教えてくれた。
でも、こいつらは…?
拾われたあてが違っただけの…俺自身じゃないのか…?
「……!!!!」
和泉は拳を握りしめ歯をギリッと食いしばった。
たった一つの差、たった一つの差し伸べられた手の違いによって、
一方は人並みの幸せを、一方は捨て駒のような扱いしか手に入れられなかったというのか。
和泉の湧き上がる怒りは、次第に目の前の千咲達からモニターの向こう側で笑う瀬尾へと向けられていった。
「これのどこが慈善事業だ…更生だ…こんなもんただ行き場のねえ奴をいいように捨て駒にして利用してるだけじゃねえか…!!」
「おや、君らの上司だって前科者ばかりを雇っていいように使っている元弁護士だと伺ったが?」
「おっさんとてめえみてえなクズを…冗談でも一緒にするんじゃねえ……!!!!」
「……。」
瀬尾のその言葉に怒りが頂点に達した和泉は、千咲に向けていた銃を瀬尾の写ったモニターに向かって発砲した。
音を立てて崩れ去ったモニターを足で踏みつけると、和泉は千咲に向けて抜いていた銃を再び向けること無く懐にしまった。
「どういうつもり…!?」
「俺はお前らとは戦わねえ。」
「はっ…自分よりも底辺の人間がいると知って同情でもしてるっていうの?ふざけるんじゃないわよ!!!!」
「違う!!!!!!」
「…!?」
食って掛かる千咲の言葉に和泉がかぶせるように言葉を返すと、和泉はさっきまでの殺気立った目ではない目で千咲達を見た。
「俺もお前達と同じだったから分かる、でも、お前らを信じて本当に手を差し伸べてくれる奴は絶対にいる…絶対にいるんだ。
だからもう一回やり直せ、警察に追われてんなら罪償って、こんなとことは縁切ろ!!」
「な…何言ってんの…?そんな事…今更出来るわけないじゃ…」
「出来る!!」
「…!?」
突然の和泉の説得に完全に動揺を隠せなくなった千咲や男達は、否定をしながらも攻撃する手を完全に止めてしまっていた。
だが、そんな千咲達の心に微妙な揺らぎが生まれ始めたのを叩き割るかのように、部屋にはまたあの不愉快な声が響き渡った。
「無駄ですよ~彼らを説得するふりをして戦力を削ぎたいのでしょうが…無駄ですよ、無駄無駄無駄。
お前達を受け入れてくれなかった社会に、そんな場所は無かったでしょう?僕の他に、お前達を助けた人間がいたか?」
「そうだ、瀬尾さんは俺達を必要としてくれてこんな俺らを雇って助けてくれたんだ…」
「そうだ、仕事は危険なことも多いがそれは社会にも家族にも見捨てられた俺らには仕方ねえこと…瀬尾さんが助けてくれなきゃのたれ死んでたかもしんねえんだ…!!」
「これのどこが助けたってんだよ…!!自分の盾に使う為にそばに置いておくことの、どこが助けたってんだ…ふざけんな!!
助けるっつうのは…俺みてーなクズを盾になってでも守ろうとしてくれる、お前らが刺したおっさんみてーな人の事を言うんだ!!助けたどころか瀬尾は…お前らから"まともに生きれる可能性"すら奪ってんだろうが!!!!!!」
「…あんた…。」
和泉の必死の訴えに、その場にいた千咲達はシンと静まり返った。
皆の心に少しだけ残っていた、出来るならばもう一度やり直して普通に生きたいという思い、
罪を償って、今度こそ誰かに認められるように生きてみたいという思いが、和泉の言葉で徐々に思い出されつつあったのだ。
だが小さく芽生えたそんな思いを踏みにじるように、瀬尾は無情な判断を部下に指示した。
「…ふん、何を迷ってるのか。やはり頭の悪い出来損ないは盾にすらなりきれない役立たずだな~。おい、あれを。」
「はい。」
ー…シュウウウ…
「…何だ?」
「これは…!!」
千咲達が攻撃するのをためらっている最中、瀬尾の指示で部屋にはもくもくとガスのような煙が立ち上り始めた。
その異変をいち早く感じ取った和泉は、条件反射的に口元を抑え身構えた。
「てめえら早く逃げろ!!殺されるぞ!!!!」
「殺される…?何言ってんだお前…」
「うっ…うあ…ああああああああ!!!!」
「!!!!!!!!!?」
その瞬間、ガスが噴射されていた一番近くに立っていた男が、突然鼻と口から血を流しながら苦しそうに倒れこんだ。
それを見た男達は一気に自分達の置かれている状況を飲み込み、パニックに陥りながら慌てて入り口の扉に駆け寄った。
ー…バンバンバンッ!!
「開かねえ…何で!?瀬尾さん!!開けて下さい瀬尾さん!?」
「瀬尾さん!!!!」
「……瀬尾…てめえ正真正銘のクズだな。」
「ふふふ…。」
ガッチリと閉ざされた出口と入口、そして充満していく正体不明のガス、
呼びかけに何の応答も示さない瀬尾に、彼を信頼していた千咲と男達はやっと自分たちが見捨てられ和泉ごと殺されようとしていることに気が付いた。
「ウソだろ…だって瀬尾さんがまさか…!!」
「んなこと言ってる場合か!!早くここ蹴破るの手伝え!!斧持ってる奴かせ!!」
「お…おお…!!」
ー…ガサッ…
「ふふ…そのガスは僕が某テロリストから買い取った新薬だ。
致死に至るまでは時間がかかるのが難点だが、体の麻痺が出るまでは即効性があるとのこと…これだけ人数がいれば、効果を実験するのには持って来いだなぁ。」
瀬尾はそう言うと、手元に置いてあったお菓子を鷲掴みして口に放り込んだ。
その様子はまるでショーでも見ているかのように楽しそうに、瀬尾は苦しむ部下の姿をモニタ越しに眺め笑っていたのだった。