28.役立たずの意地
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ー…ピッ…ピッ…ピッ…
和泉がいなくなり佐奈と九条も一旦家に戻った後、ヒナは一人病室で孝之助に付き添っていた。
「…。」
あの時、自分の体が動いていれば、
あの時、無理にでも孝之助をこちら側に連れて来れていれば、
あの時、自分がいなければ、孝之助は一人で逃げることが出来て助かったのかもしれない。
ヒナの頭には幾重にも繰り返される後悔と自責の念が渦巻いていた。
ぼうっと孝之助の心電モニタを見つめていたヒナだったが、突然の携帯の着信にすぐさま病室を後にした。
「…はい。」
「おおリョウ今いいか?あのな、お前が送ってきたあのサンプル使えるぞ!!やっぱりお前はこの分野に関しては稀代の天才だよ!!!!」
「…そうですか…なら…良かったです。」
「…なんだ、元気ないじゃないかリョウ、何かあったのか?」
興奮気味に電話の向こう側で話すのは、米国軍事施設の研究者であるノアだった。
ノアはいつもに増してトーンの低いヒナの声を心配して尋ねた。
「孝之助さんが…刺されました。」
「何だって…!?なんてことだ…彼は生きているのか?」
「はい、一命は取り留めましたが昏睡状態が続いています…。」
「そうだったか…。」
ヒナから聞かされた思わぬ事実にノアはハァと深くため息をついた。
バベル自体にやられた人間は勿論、その周囲の人間の人生さえバベルは狂わせている。
やはり秘密裏に人を殺すことの出来る非人道的な兵器など、作り出すべきではなかったのだとノアは頭を抱えた。
「…だがお前の"これ"さえあればきっと状況は打開できる…!!それまで絶対に死ぬんじゃないぞ、リョウ。」
「…はい。」
「あとはコウノスケの無事を祈るだけだな…彼はお前によく似て優しすぎるから神に愛でられないか心配だよ。
コウノスケがうちの組織に連絡を取っていたことは言っただろう、お前には言うなって言われたから黙ってたんだけどさ…実はあれには続きがあるんだ。」
「…?」
ノアはそう言うと、少し前の孝之助の行動を懐かしみながら笑みを浮かべた。
「あれからコウノスケ、リョウのBCIを外してくれるように所長に直談判したんだよ、それによる損害分もこれから出るだろう利益分も金を払うからってさ。」
「え…?」
「結局話は通らなかったんだけどさ、全財産はたくからあいつを自由にしてやってくれって…かっこよかったぞ、コウノスケ。」
「……!!!!!!」
「じゃあまた連絡するよ、じゃあな、リョウ。」
ー…ツー…ツー…
ノアとの通話を終えたヒナは、しばし呆然とその場に立ちすくんでいた。
そしておぼつかない足取りで孝之助の病室へと戻ると、少しも様子の変わらない孝之助の前でヒナは崩れ落ちた。
ー…ピッ…ピッ…ピッ…
「孝之助さん…俺なんかのために…何で……?」
"俺なんかなんて言うな、俺にとっちゃお前だって大切な息子のよーなもんなんだからよ。"
「…………俺はまだ…あなたになにも返せてない……!!」
初めてノアから聞いた孝之助の話。
礼を言おうにも謝ろうにも、固く目を閉じ返事を返してくれない孝之助。
全てを知ったヒナの目からは、ぽつりぽつりと大粒の涙が溢れていた。
.............................................................
ー…ガチャ…
「……。」
一方あれから病院を出た和泉はフラフラと事務所へと向かっていた。
警察による現場検証を終えた事務所には、未だ孝之助のものであろう生々しい血痕が多数残されていた。
ー…ガタン…
「あった…。」
和泉は自分の机の鍵の付いた引き出しを開け、一本のUSBメモリーを取り出した。
事件前、九条にバベルの情報が入っているものは事務所以外に保管するよう言われていたのを和泉はすっかり忘れていたのだ。
和泉は一本のそのちっぽけなUSBを握り締めると、未だ抑えきれぬ怒りに手を震わせた。
「こんな情報を知ったせいで…こんなもんのせいで…………!!」
犯人は現行犯で捕らえられたが恐らく何も真実など分かりはしないし、下手をすればそいつだけの単独犯だと事件は片付けられるだろう。
佐橋との繋がりの深い警察が、黒幕の存在を調べ上げ暴いてくれるとも到底思えなかった。
向こうが情報を知った人間を消そうとしているのなら間違いなくまた誰かが襲われる。
一箇所に全員を集めて常に一緒にいるなど出来はしない、きっと一方を守れば一方が襲われてしまう。
そんな出口の見えないこの日々に、戦うしか脳がないくせに大切な仲間すら守りきれない自分に、和泉の心はぐらつき始めていた。
「俺は何の為にいるんだよ…ちくしょう……!!」
ー…プルルルルルル
「!?」
突如事務所に鳴り響いた電話の着信音。
恐らく客だろうが、当面機能できないと思われるということを告げねばと、和泉は渋々受話器を取った。
「はい、南在探偵事務所です。あの、今依頼は…」
「冴嶋和泉くんだね。」
「………誰だてめぇ。」
客ではないと分かり明らかに声色の変わった和泉に電話口の男はクスクスと笑うと、思いもよらぬことを口にした。
「素人を雇ったものだから一気にトドメがさせず皆様を苦しませて申し訳ありませんでした…次は"プロ"を向かわせますので、一撃で楽になれるかと思います。」
「…てめえ……」
ギリッと受話器を持つ手に力を込める和泉に、男はその反応を楽しんでいるかのように更に笑いながら続けた。
「取引を致しませんか?」
「…はあ?」
「あなた方の持っている例の情報…その全てを私達に渡して一切この情報を口外しないと約束して頂ければもうあなた方を襲いはしません。こちらとしてもこれ以上事を荒立てたくはないのですよ。」
「誰がそんな話信じるかよ…罠なのが見え見えだ。」
「では全滅するまでどうぞお元気で。」
「……!!!!」
男の言葉に和泉はさっきポケットに入れていたUSBメモリをギュッと握り締めた。
この情報を渡したところで、誰にも言わないと誓ったところで、そんな生ぬるい事で相手が納得するとは到底思えない。
恐らく自分を事務所の人間から遠ざけたいのか、自分を先に叩きたいのか、その両方か。
だが和泉はスッと息を吸うと、なにか腹をくくったように静かに言葉を返した。
「その話、乗った。場所を教えろ。」
月明かりだけが事務所を照らす中、和泉は受話器を置いた。
ヒナも九条も佐奈も知らないところでひとり戦うと決めた和泉。
戦いの幕はただ静かに、
切って落とされようとしていたのだった。