28.役立たずの意地
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ー…ピッ…ピッ…
「………生きてんだよな…?」
「勿論ですよ。」
運び込まれた孝之助の隣で和泉はそうポツリと呟くと、小さく脈を捉える機械をじっと見つめた。
「では…今日は私達も帰りましょうか。」
『…はい…。』
「……。」
意識こそ戻らないものの今のところ孝之助の状態が安定していると告げられた一同は、九条の言葉に重い重い腰を上げた。
そうして皆が離れがたそうに病室を出た…その時だった。
ー…バタバタバタ…
「!!」
「……。」
病室を出た四人の前に突如現れた男は四人を押しのけ孝之助の病室に目を向けた。
そして孝之助が生きているのを確認すると、表情一つ変えずに四人を見下ろした。
「九条、朝比奈、冴嶋…まあ名だたる犯罪者が集まったものだ。」
「………!?」
突然高圧的な態度で思いもよらぬ言葉を言った男に、三人は戸惑ったように困惑の表情を浮かべた。
ただ九条だけがその男が一体誰なのかを知っている様子でギリッと唇を噛みしめると、三人に小さな声でその事実を告げた。
「あの人は…この日本の現警視総監、"南在"進一郎です。」
『…南…在…?』
「はい、孝之助さんの…実の兄です。」
「『!?』」
孝之助の兄のことなど知りもしなかった三人は一様に驚いた顔を見せた。
だがそれは兄が警視総監だったということだけではなく、兄の孝之助とはあまりに違う冷たい性格と、孝之助に対するそのあまりにも酷い対応だった。
「あのバカに無駄にあがいて無駄金を使うなと伝えろ、それと延命治療は必要ない。」
「……は?」
「全て自業自得だ、いっそ死んでくれていた方が南在家にとって良かったものを…無様に生きながらえるとはな。」
進一郎はそう言うと、孝之助の病室のドアをガンと足で蹴った。
そのあまりの態度に我慢ならなくなった和泉は進一郎の胸ぐらを掴み上げると、湧き上がる怒りを必死に抑え込みながら睨みつけた。
「黙れ…黙らねえとその口潰すぞ…」
「…冴嶋組の孫息子か。」
進一郎はそう言って和泉の手を掴むと、汚いものでも見るような目で和泉をまじまじと見下ろした。
「冴嶋組を潰す為に弁護させたというのに犯罪者をよりにもよって南在家の養子に加えるなど…虫酸が走る。お前は戦争、正当防衛を免罪符にしているが立派な大量殺人犯だ、冴嶋。」
「……!!」
「それとあいつを善人だと思っているなら間違いだぞ。あいつは一族一出来の悪いクズだ、自分よりクズなお前ら犯罪者の面倒を見て優越感に浸っているだけだ。」
「……俺のことはいい…でもおっさんのことまで悪く言うんじゃねえ!!!!」
『あ…あのっ…!!』
進一郎の言葉に思わず殴りかかりそうになった和泉の前に立ちはだかったのは佐奈だった。
佐奈は怒りに震える和泉をかばうと、涙を浮かべながら進一郎を睨んだ。
『孝之助さんは私の事も何度も何度も助けてくれました…絶対にそんな人じゃありません。
それに皆のことをさっきから犯罪者と呼ぶのは止めて下さい!!もう罪は償って皆今は真面目に生き直しているんです、警察のトップがそんな言葉を吐くなんて…心底軽蔑します!!!!!!!!』
「佐奈…」
「佐奈さん…。」
「…罪は償った?果たしてそうか。」
『…?』
「九条に金をむしり取られた者の家族は?冴嶋に殺された兵達の家族はそう思うだろうか?こいつらは一生犯罪者という看板を掲げて生きていくのが筋だ。
お前は可哀想な彼らの理解者ぶって善人気取りでいたいだけか?孝之助とよく似ている偽善者だな。」
『……そんなこと…!!!!』
「ふん…帰るぞ。」
目いっぱいに涙を溜めた佐奈に、進一郎はそれ以上言葉を投げかけること無く踵を返した。
だが佐奈はぎゅっと唇を噛みしめると、もう一度進一郎の前に回り込んだ。
「…なんだ、どけ。」
『何と言われても構いません、ですがこの一連の事件、ちゃんと捜査して下さい…きっともっと大きな事件に繋がっています、お願いします…!!』
「…我々が故意に調べていないとでも言いたいのか。」
『……はい、このままでは人がもっともっと死ぬかもしれません…私達だけの力では限界があります、ですから…!!』
「無知な一般人が口を出すな、何様のつもりだ。」
進一郎のその心ない言葉に、佐奈の頬には涙が伝った。
だが佐奈はそれでもまっすぐ進一郎を見ながら、必死に絞り出した言葉を投げかけた。
『警察はいつから…一般人を守る組織じゃなくなってしまったんですか…?』
「……。」
進一郎は佐奈の言葉に一瞬言葉を詰まらせた。
だがすぐに鬼の形相で佐奈を睨みつけると、何も答えずにズカズカとその場から去っていった。
「佐奈さん、大丈夫ですか?」
『あ……何か力が抜けちゃって…すみません…もっと言ってやりたいことあったんですけど体が震えて上手く言えませんでした…。』
「彼のあの極端な性格は数十年ものの筋金入りです、きっと何を言っても分かり合うことなど出来ません…孝之助さんがそうだったように。」
九条の手を借り立ち上がった佐奈は、今もバクバクと鳴り止まない心臓にギュッと手を押し当てた。
孝之助に全く似ていない進一郎。だが、どこか最後のほんの一瞬だけ、佐奈は進一郎に孝之助の影を見た気がした。
佐奈はその妙な感覚に、一人違和感を覚え首を傾げた。
「でもさ…あいつの言ってることも間違ってねえよ。」
『…え?』
進一郎の後ろ姿を黙って見つめていた和泉は、少し自嘲気味に笑いながら言葉を続けた。
「俺はお前らと違ってれっきとした"人殺し"だもんな、俺を恨み続けている奴もきっといる。
なのに俺がのうのうと幸せになろうとしたからきっとおっさんもこんな目にあったんだ…。」
「和泉…何をバカな事を言ってるんですか、それに人を殺したというのなら私達だって…」
「それはお前らは間接的にって話だろ?目の前の人間の腹かっさばいてさ、呻いて動かなくなる瞬間なんて知らねえだろ?俺はそれを正気でやってたんだ、そりゃ引くよなぁ…」
「そんな事今言ってどうなるんです。それに罪に上も下もないといつも孝之助さんが言っていたでしょう…」
「そんな事言ってどうせお前らだって俺を見下してるんだろ!!自分より下がいてラッキーだったって…」
ー…バシッ…!!
「和泉、いい加減にしなさい!!」
「……。」
完全に冷静さを失った和泉の頬を九条が叩くと、和泉はそのまま何も言わずその場から立ち去ってしまった。
残された九条に佐奈が駆け寄ると、九条はガクリと膝を落とし少し悲しそうに笑った。
「情けないです…孝之助さんに事務所を頼むと言われていたのに……私では孝之助さんの代わりは到底力不足ですね…。」
『九条さん…。』
そう言って俯いた九条を、佐奈は心配そうに見つめた。
元々不安定だった皆の心は孝之助という留め金を失った今、
次第にバラバラと音を立てて崩れ離れ始めていた…。