28.役立たずの意地
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ー…バタバタバタ…
「…!!」
孝之助が緊急手術で運び込まれてから数時間、煌々とついていた手術中ランプは消えた。
手術室の中から慌てた様子で飛び出してきた看護師は、扉の前にしゃがみこんでいた和泉に少し驚きながらもパタパタと急ぎ足でその横を通り過ぎていった。
『孝之助さんは…』
「…。」
慌ただしく動く看護師達の様子には安堵したというような様相は見受けられず、それがまた更に皆の心をざわつかせた。
そして和泉が疲弊した様子で手術室を見つめていると、中から執刀を行ったと思われる医者が姿を現した。
「術後の説明を行いたいのですが…ご家族の方はおられますか?」
『あ…えっと…』
「……。」
「和泉、行きなさい。」
医者の言葉に少し戸惑った和泉の背中を九条が押すと、和泉は動揺しきった様子で九条の方を振り返った。
「お前も一緒に来てくれよ…俺きっと聞いてもよく分かんねえからよ…。」
「……分かりました。」
「では、こちらの部屋へ。」
医者と看護師に促されて部屋に入っていった二人を見送ると、佐奈は微動だにせず俯いていたヒナの横に再度腰を下ろした。
『ヒナさん…きっと…孝之助さんは大丈夫ですよ…』
「………。」
佐奈の言葉に何も反応を示さないヒナ。
そんなヒナを見て、佐奈はそれ以上声をかけるのをやめた。
ヒナが思っていること、苦しさ、痛み、きっとそのどれをとっても自分の言葉で軽くしてやれなどしない。
自分にできる事はただヒナのそばに寄り添うことだと、佐奈はただ静かに震えるヒナの手を握った。
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ー…バタン
「では、状態についてご説明いたします。手術の結果、一命はとりとめました。」
「…えっ…あ………良かっ……!!!」
「和泉…。」
孝之助の存命を聞かされ緊張の糸が切れた様子で言葉の出なくなった和泉の横で、九条が代わりに医師に深く頭を下げた。
だがそんな喜びの表情を浮かべる二人に、医師は言い出しにくそうに無情な現状を伝えた。
「…だが今の現状は"命を繋ぎ留めただけ"に過ぎません。昏睡状況がこのまま長く続けば最悪の事を覚悟して下さい。」
「え…?最悪な状況って……何だよ…」
「植物状態、最悪死に至ると…?」
「そういったことも覚悟されて下さい。」
「……!!!!!!」
喜び安堵の表情を浮かべていた和泉は、医師のその一言に一気に地に叩き落とされたように頭を垂れた。
九条もまたその事実に顔を強ばらせたが、平静を保ち医師に尋ねた。
「…でも、助かるかもしれないのですよね?」
「勿論です。重篤な昏睡状態から目覚めて今も元通り元気に過ごしている方は沢山います。諦めずに頑張りましょう。」
「……。」
「では一旦入院の手続きについての説明なのですが…」
「……はい、ではそれは私が。」
全く医師の声が耳に届かなくなってしまう程に落胆した和泉に代わり、その後の手続きについては九条がその全てを済ませ部屋を出た。
一緒に部屋を出た和泉は怒りと悲しみが入り混じった複雑な顔で拳を握りしめ、
抑えていた感情を誰にぶつけていいかも分からず、置いてあった椅子を蹴り飛ばした。
ー…ガシャーン!!!!!!………ガラン…ガラン…
『い…和泉さん…?』
「和泉…。」
「何なんだよ…何でこんな…何でおっさんが刺されなくちゃなんねーんだよ…?」
「……。」
「ヒナ…てめえもてめえだ…一対二なら勝ち目もあったんじゃねーのかよ?なあ…なんで一人で逃げた!!答えろこの野郎!!…答えろっつってんだろ!!!!!!」
『和泉さん!!!!』
「和泉!!やめなさい!!!!!!」
「……。」
和泉は黙り俯いていたヒナに食って掛かると、二人の静止を振り切りヒナの胸ぐらを掴み上げた。
だが当のヒナはそれでも何の抵抗もせずに、なされるがままただ黙りこんでいた。
ー…ギリッ…
「なあ………何でおっさん置いてったんだよ…?俺のさぁ…やっと出来た父ちゃんなんだよ……」
『和泉さん……。』
ヒナはあの時の状況を皆に詳しくは語っていなかったが、その場にいる誰も、勿論和泉本人もヒナが孝之助を置いて逃げたなどとは思ってはいなかった。
だが、その怒りの矛先を何に向けてもいいか分からない和泉は、抑えられない感情をヒナにぶつけることでしか自分を保っていられなかったのだ。
「孝之助さんはバベルに対抗できるのはヒナしかいないと身を挺して守ったんです、下手をしたらこの世界中の人間が殺されるかもしれない…それを防ぐためにたった一人で…!!」
「そんなの…」
「…?」
「俺は…名前も知らねえ他人よりも、お前らとおっさんに生きてて欲しいんだよ…!! 何でおっさんがそんな奴らの為に死ななきゃなんねえんだよぉ………!!!!」
「和泉……。」
和泉はそう言うと、ヒナから手を離しその場に崩れ落ちた。
友達とも実父とも違う関係。
だが幼い頃に両親を奪われた和泉にとっては、孝之助の存在はそれよりも遥かに大切で大きな存在であった。
ー…バタバタ…ガチャ…
「…!!」
「おっさん…」
『孝之助さん……』
薄暗い病院のロビーで、重く重くのしかかる沈黙を切り裂くように、再び手術室のドアが音を立てて開いた。
中から出て来たのは管の沢山繋がれた生気の感じられない変わり果てた孝之助で、その姿に皆は一瞬言葉を失いながらもその後に続いた。
ICUへと運ばれていく固く目を閉じた孝之助の姿を見ながら、
佐奈の目からも思わず抑えきれなくなった大粒の涙が頬を伝ったのだった…。
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