27.「26.5」
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それから一年後の春。
駅前の雑居ビルの二階に孝之助は九条とともに南在探偵事務所を立ち上げた。
初めは依頼も仕事もほとんどなく、金に余裕のなかった二人はよく近所の200円のラーメンを食べに行っていた。
さして旨くもないのに妙に量だけが多いそのラーメンをすすり笑いながら、孝之助と九条は着々と事業を軌道に乗せていったのだ。
ー…トントン
「はいはーい!!お、結構早かったな。」
「誰ですか?」
「ん?新入社員だよ。」
孝之助はそう嬉しそうに答えると、いそいそと事務所の扉を開けた。
「失礼します。」
「おう、入れ入れ!!」
「…あなたは…」
そう言って少し驚いた様子の九条に孝之助はニコニコと嬉しそうに笑った。
開いたドアの向こうにいた男の肩まであった髪は背中まで伸びており、その様子が年月の経過をしみじみと感じさせていた。
「九条っち、今日からうちで働くことになった朝比奈了だ!!よろしくな、ヒナ!!」
「はい…よろしくおねがいします。」
あの事件以来一旦アメリカに戻されていたヒナだったが、長年のノアと孝之助の働きかけによってヒナはまた日本に戻れることとなった。
そうして日本に戻ったヒナが真っ先に向かったのは、他でもない孝之助の元だったのだ。
「よーっしこれでまた業務拡大できるな!!ネット関連の依頼も受けられるぞ~!!」
「ヒナ、あの人人使い荒いので気を付けて下さいね。」
「おい聞こえたぞー。それはそうとヒナ、お前こっち戻って来てどこ住んでんだ?部屋借りたのか?」
「あ…いえ…ネットカフェを転々と…」
ボソリとそう返したヒナに孝之助はやっぱりなと言って笑った。
衣食住全てにおいて無頓着なヒナのことだ、そんなことだろうと思っていた孝之助は、事務所の奥の空き部屋を指さして言った。
「どうせ荷物も今持ってるだけなんだろ?そのままここの奥の部屋使っていいぞ。」
「え……でも…いいんですか…?」
「いいって、夜の依頼受けてもらえれば俺らも助かるしな!!」
「やっぱり人使い荒…」
「うるせーよ。」
こうしてヒナが増え、また数年が経った頃に和泉、佐奈が事務所に入社することとなる。
次第に軌道に乗り騒がしくなっていった事務所を、孝之助は親のような気持ちでいつも見つめていたのだった。
事務所を立ち上げもう十年近く。
孝之助を筆頭とした皆の楽しそうな笑い声を、この事務所は聞いていた。
笑い声、怒鳴る声、泣き喚く声。
だがいつもせわしなく聞こえていた音はあの日を堺に止み、今の事務所にはカチカチと無機質に響く時計の音だけが響いていた。
一刻一刻、命をつなぐための時間を紡ぐ針。
未だ残る鮮紅色の血痕を照らす月明かり。
ただ、あの笑顔をもう一度見たいと、
その日、その場にいた誰もが
一心に、そう願っていた。
【27】「26.5」 -END-
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