27.「26.5」
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ー…ザアアアアア…
"ここを出ても…もう普通の生活は送れないと思います。"
「……。」
降りしきる雨の中、拘置所を出た孝之助の頭には何度も何度もヒナのその一言が繰り返されていた。
彼らを信じて背中を押してあげる事こそが役目だと、いち早くまた社会に戻してあげる事こそが彼らにとって何よりだと信じていた。
だけど…もしかしたらそれは…すごく無責任なことなんじゃないだろうか。
一端の弁護士がそこまで考える必要はないと言われればそれまでだが、孝之助の性格上どうしても気になって仕方がなくなってしまっていた。
(ヒナの言葉の真意は分からない…でも…あいつを救ってやりたいって思うのは俺の自己満足なんだろうか…。)
孝之助がグシャグシャと頭を掻いてため息をついた瞬間、向かいの建物から突然大きな物音と怒鳴り声が響いた。
ー…バシャッ!!
「次来たら警察に通報してやるからな!!この疫病神!!」
「…?」
けたたましい罵声とともに雨の中突き出された一人の男は、その言葉に言い返すでもなく雨水に濡れた自分の鞄や上着を拾い上げた。
その様子を見ていた孝之助はハッと何かに気づくと、ずぶ濡れになったその男に傘を差し出した。
「九条…?九条だろ!?」
「孝之助……さん……。」
「大丈夫かお前…どうしたんだよ…?」
突然現れた孝之助の姿に九条は多少の動揺を見せたが、すぐにいつもの表情に押し戻し笑顔を見せた。
「いや…お見苦しい所をお見せしました、気になさらないで下さい。」
「気にすんなってお前……」
その場を取り繕おうとする九条の周りには、直しそびれたと思われた何種類もの名義の違う通帳が散らばっていた。
それを拾い上げた孝之助は、直感的にそれが意図することを感じ取っていた。
「九条……お前まさか…」
「……まさか…なんですか…?」
ー…バシャッ!!!!!!
「どれだけ真面目に生き直したって受け入れてくれないのはあなた方じゃありませんか!!
それならもう…生きていくためには……こうするしかないじゃないですか!!!!」
「…九条……。」
「それならいっそ…殺してくれたほうが良かった……!!」
九条は水たまりに持っていた通帳を投げつけると、その場に崩れ落ちた。
その時の九条は出所してからずっと前科を理由に職を切られ続け、結婚目前だった婚約者家族にまで前科を理由に破談させられていた。
仕事も無く、食べるため、生きていくために二度と手を出さないと決めていた詐欺にまで手を出さざるを得ない。
そんな状況までに追い詰められていた九条は、やっと正気を保っているというほどに衰弱しきってしまっていた。
そして孝之助はこの時痛感した。
過ちを犯した者が更生する道を奪っているのは、他の誰でもない、犯罪の根絶を望むこの社会そのものなのだと、
そんな社会に無責任にも放り出した自分自身だということを。
孝之助はいたたまれない思いにギュッと拳を握り締めると、水浸しになった通帳を拾い上げ、九条に傘をさしかけた。
ー…ザー…
「なあ九条…それなら俺のところで働かないか?」
「…同情していただかなくても結構です。」
「バカ、違うよ。ちょうど一人でやるには大変になってきたとこで、お前が手伝ってくれるんだったらお前仕事できるしはかどりそうだと思ってさ!!」
「………。」
「頼まれてはくれないかねぇ?」
相も変わらず冷たく降り注ぐ雨の中、そう言って変わらぬ温かい笑顔で笑う孝之助に九条は思わず顔を俯けた。
「ですが……私がいたのでは孝之助さんに迷惑がかかると思います。きっと私の存在が疎ましくなる…」
「……俺さ、弁護士もう辞めようと思ってたんだよ、新しく事務所作って、もっと安価に困ってる人を救ってやれるような仕事をしたくってさ。」
「…?」
「そういうとこに来るどん底で困り果ててる人間に共感して手を差し出してやれるのは、お前みたいに痛みを知ってる人間だ。
お前にしか出来ない仕事が、お前にしか救えない人がいると俺は思うんだ…協力してはもらえないかい?」
「……!!」
必死で結んだ信頼を一方的に切られ続けた日々、
切られる原因を作ったのは自分、社会からのこういった差別や偏見も込みでの懲役なのだと、ずっとずっと自分に言い聞かせていた。
どこかで無残にのたれ死ぬまで、人も神も誰も許してはくれないのだと、
そう…思っていた。
「孝之助さん…」
「ん?」
この目の前で手を差し出す彼に迷惑をかけることになればすぐにでも命を絶とう。
そう心に決めた九条は少しの間をおいた後、
小さな声で"お願いします"と一言呟き頭を下げたのだった…。