26.奪われた日常
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ー…チッ…チッ…チッ…
「……。」
『…ヒナさん!!ヒナさん分かりますか!?』
「………佐奈。」
目を開けたヒナの前には、瞳いっぱいに涙を溜めた佐奈の姿があった。
佐奈は既に傷がだいぶ癒えている様子で、体を起こしたヒナに抱き付いた。
『よかった…ヒナさん…よかった……!!』
「佐奈…怪我は…?」
『私はヒナさんが庇ってくれたお陰で軽傷でした…!!』
「…ヒナ!!」
聞き慣れた声とともに病室の扉が勢いよく開くと、そこにはヒナを心配して病院を訪れていた孝之助と九条の姿があった。
ヒナは今の日時がいまいち分からないようで、不思議そうにキョロキョロと辺りを見回した。
「俺は…」
「まる三日間眠ってたよ、でもお陰でだいぶ回復したみたいだな、良かったよ。」
「三日……。」
孝之助の言葉にヒナは包帯の巻かれた自分の手を見た。
痛み止めが効いているのもあるだろうが痛みはもうあまりなく、動かないということもなかった。
「検査の結果、全身打撲に出血もかなりあったけど奇跡的に骨も折れてないってよ、ショック死しなかったのが奇跡だったそうだ。ひきこもりの割にはガタイいいからなあ、お前。」
「検…査…?あの…」
「心配すんな、ここは俺の知り合いの医者の個人病院だ、お前の機械のことノアさんに聞いてからやったから問題ないよ。」
「ノアのこと…知っていたんですか…?」
「ん?ああ、まあな。」
ヒナの心配を先回りしていたように話す孝之助に、ヒナは少し驚いたような表情を浮かべた。
だが孝之助はその事をあまり深くは話さず、ヒナにニコッと笑顔を見せ答えをはぐらかした。
「取り敢えず診察受けなきゃだろ、俺呼んでくるな。」
「……。」
「大丈夫ですか、ヒナ?」
「あ…はい…。」
病室を出て行った孝之助の代わりに九条が椅子に腰を下ろすと、九条はハアと息を吐き頭を下げた。
「嫌な予感が当たらなければいいと思っていたのですが…こんなことになるならあの時もっと詳しく電話口で伝えればよかった。本当にすみません…ヒナ。」
「いえ、助けに来てくれただけでも感謝してます…」
「助けたのはね、和泉ですよ。」
「和泉…?」
九条のその言葉に、ヒナはこの場に和泉がいないことに気付きあたりを見回した。
「和泉はロビーでジュース飲んでます、ボロボロのあなた達を見て動揺しきりでずっと病室に入りきれないままで。
でも心配で毎日やって来てはああやってロビーで時間潰しているんです、あんなにジュースばっかり飲んで糖尿にならないのか心配になりますが…。」
「うるせぇわ腹黒。」
「和泉。」
ボソリと九条の言葉に言葉を重ねたのは、病室の前の廊下でジュース片手にしゃがみこんでいた和泉だった。
和泉は病室に目を向けること無くジュースを一口口に運ぶと、ふてくされたような声でヒナに尋ねた。
「……大丈夫なのかよ、傷。」
「…大丈夫。」
「そうかよ、そら残念なこった。」
「もう、素直じゃありませんねぇ…佐奈さんの時もそうでしたけど。」
『ふふ…ほんとですよ~。』
そう言って笑う二人に和泉は恥ずかしそうにうるさいとだけ返すと、気だるそうに立ち上がった。
「俺、車に戻ってるぞ。」
「おや、入っていかないのですか?和泉。」
「いいよ、あんまボロボロなお前ら見たくねえ。」
和泉はそう一言小さな声で返すと、ヒナ達の方を振り返ること無く病室を去ってしまった。
そんな和泉の複雑な心境を理解していた九条は、ほんの少し困ったように笑った。
「二人が傷だらけで倒れてるのを見て和泉、我を忘れてね…。きっと戦地にいた時の事がフラッシュバックしちゃったんだと思います、悪く思わないでやって下さいね。」
「……。」
『和泉さん…。』
何度も体験してきた仲間が冷たくなっていく瞬間、
どれだけ平和な世界に身をおいても、どうしても忘れきれないあの絶望感を、やっと出来た大切な仲間で味わうことを和泉は心底恐れていた。
和泉は傷だらけになった拳をギュッと握り締めると、一人病院の外のベンチに腰を下ろしたのだった。
ー…パタン
「では佐奈さん、ヒナ。病み上がりに申し訳ないのですが、どうしても二人に話さなくてはいけないことがあります。」
「はい。」
『はい…!!』
和泉が去った後、ひと通りの診察を終えた佐奈とヒナの前に九条は居直った。
ヒナは九条から電話口に言われた言葉がずっと引っかかっていたようで、九条の話に興味深げに耳を傾けた。
それはあの日九条が皆に話そうとしていた真実。
恐らく千咲に盗まれた情報によりオタクの身元がバレて襲われたこと、
オタクの仕事場からはバベルの情報だけがごっそり盗まれていたこと、
そして今回のことではっきりした、組織の次のターゲットが南在探偵事務所であるということだった…。
『…じゃあ私達とオタクさんを襲ったのは佐橋大臣の…?』
「はい、でも彼らは金で雇われただけのチンピラだったようなので運良く一命を取り留める事が出来ましたが…正直次がないとも言いきれません。」
「次…」
「バベルの情報を知ってる人間を消そうとしているなら、そう簡単には諦めないでしょうからね。」
『そんな…。』
佐奈は九条の言葉にゴクリと息を呑むと、震える手を固く握り締めた。
ヒナが殴られ怪我をして胸をえぐられるようだったというのに、これ以上これが続くなど考えたくもないことだった。
「以後は人通りの少ない所を通らないようにして、基本は複数人での行動を心がけて下さい。それまでにもちろん向こうを潰すことが先決ではありますがね。」
「……。」
『ヒナさん…。』
九条の言葉を聞き深刻そうな顔で黙りこんでしまったヒナを心配した佐奈は、必死に笑顔を作り話題を変えた。
『ま…まあそんなに深刻にならなくてもきっと気をつけていれば大丈夫ですよ!!人のいるところで襲ってきたりなんてしないでしょうし…』
「そうですね、うちには和泉もいますし、気をつけていきましょう。」
『それはそうとヒナさんこれ…美味しいって雑誌に載ってたお菓子買ってきたんです…!!えっとですね…』
ヒナはそう言って甲斐甲斐しく自分の世話をしようとする傷を負った佐奈を見た。
軽傷とはいえ手や足に傷を負った痛々しい佐奈に、ヒナは少し考えた末に静かに口を開いた。
「…九条さん、ひとつお願いがあります。」
「?」
「和泉を呼んできてはもらえませんか…?」