24.置かれたハニーポット
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ー…ピピピピッ
「8度6分…こりゃ風邪だな。」
『す…すみません…こんな忙しい時に……ゴホッ…ゴホッ…』
あれから佐奈は電池が切れたようにバッタリ倒れ、気がついた時には事務所の仮眠室のベットの上だった。
蓄積された不安とストレスが佐奈の疲れた身体とともに悲鳴を上げており、
佐奈は起き上がることも出来ないくらいぐったりと憔悴していた。
「とりあえず家まで送ってやるから今日はもう帰れ、明日もきつそうなら無理せず何日かゆっくり休め、いいな?」
『ありがとうございます…孝之助さん……。』
「佐奈…大丈夫…?」
『ヒナさん…心配かけてすみません…!!ヒナさん納期立て込んでるんですから、うつったら大変ですよ!!』
「うん…でも、何かあったらすぐに行くから。」
『…ありがとうございます!!』
そうして自宅に戻された佐奈はバタリとベットに身を預けた。
目を閉じると脳裏に浮かぶ誹謗中傷をかき消すように佐奈は枕に顔を埋めると、そのまま深い深い眠りについたのだった。
................................................................
ー…ピーチチチ…
(身体軽くなった…治った…かな…。)
あれから三日、
孝之助の言葉に甘えて食事以外死んだように眠り続けていた佐奈の体力は回復していた。
只でさえ東雲大臣の依頼と普通の依頼とで忙しい事務所を三日も空けて何だか申し訳なくなった佐奈は、
すぐにスーツに着替えて、三日ぶりの事務所へと出勤したのだった。
ー…バタン
『お…おはようございまーす…。』
「あ、佐奈さんっ!!もう身体大丈夫なんですか!?」
足早に事務所へと現れた佐奈を出迎えたのは、元気いっぱいの笑顔の千咲だった。
千咲はこの三日間佐奈の穴を埋めるべく奮闘していたらしく、手には沢山の報告書があった。
『ご…ごめんね、大変だったでしょ…?今日から私も復活できるから…!!』
「いえ、私もしっかり働けた気がして楽しかったです!!まだまだ休んでいて下さっても良かったくらいですよ!!」
そう言って笑顔を見せる千咲に佐奈もホッと胸を撫で下ろすと、佐奈の姿を見つけた和泉が佐奈の元に駆け寄ってきた。
「お、佐奈治ったのか!!あんま無理すんじゃねーぞ?」
『はい、迷惑をかけてすみませんでした…!!』
「んな気にすんなよ、で病み上がりで悪いんだけどさ先週の相良さんの聞き込みのファイルどこにあるか知らね?」
『あ、えっと相良さんのは確か…』
「和泉さん!!相良さんのファイルならここですよ~!!」
「おお、そっかそっか。悪い千咲!!」
佐奈が和泉に言われたファイルを渡そうとするとそのファイルはなぜか千咲の手に渡っていた。
佐奈が不思議そうにキョトンとしていると、千咲はじゃれるように和泉の腕を掴んで頬をふくらませた。
「というか昨日ご飯食べに行った時ボイスレコーダーも忘れてたでしょ~!!」
「げっ、マジか!!助かったわ~!!」
『…。』
(和泉さん…千咲ちゃんとご飯行ったんだ…。)
「もう大丈夫なのか?佐奈。」
『孝之助さん…!!』
思いの外仲良くなっていた和泉と千咲の後ろ姿をぼんやりと眺めていると、背後から出勤してきた孝之助が声をかけた。
孝之助は新たに受けたらしい依頼書の山をデスクに広げると佐奈に申し訳無さそうに笑いかけた。
「あんま無理して欲しくねえのは山々なんだけど今週新規依頼多くってな、病み上がりで悪いんだけど…」
『いえ、三日分の穴埋めはさせて頂きま…』
「あーっ!!孝之助さんダメですよ!!佐奈さんはまだ病み上がりなんですから無理させちゃ!!私が依頼受けますから!!」
『…へ…?』
孝之助と佐奈の間に入って笑った千咲に佐奈が戸惑っていると、千咲は孝之助から有無を言わせぬ勢いで新規の依頼書を受け取った。
「あのなあ、いくら一人で受けられるようになったからってあんまり無理すんなよ、和泉か九条にも手伝ってもらえ!!」
「はいはーい!!任せて下さい!!!!」
『…千咲ちゃん…私がいない間に何だか立派になったんですね…。』
「ああ…お前がいない間代わりになるって張り切って働いてたからな。飲み込みも早いし結構仕事できるようになってるな。」
『そうなんですね…。』
ー…チク…
(あれ…なんだろう、この気持ち……。)
佐奈は皆と和気あいあいと話す千咲を見て何か胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
千咲が仕事ができるようになっているのは本当に助かるし、皆と仲良くなってもらいたいとは私も望んでいたこと。
なのに私……何で?
「…あ、佐奈さんこのファイル置き場所変わったんでこっちじゃないんですけど。」
『あ…そうなんだ、ごめんね…。』
千咲に注意された場所にファイルを置き直すと、佐奈は恐る恐る三日間放置していた仕事用の携帯を手に取った。
電源を切っていなかった携帯の中には案の定知らない番号からの膨大な着信とメールで溢れかえっており、
覚悟していたとはいえ佐奈は浮かない顔でその全てを削除すると、隣に腰を下ろした千咲に椎名のことを尋ねてみた。
『千咲ちゃん、椎名さんのサイトはあれから大丈夫そう?何か連絡とか来てない?』
「椎名さんですか?私はあれから全然大丈夫ですよ!!沢山予防策を講じて守っていただきましたので!!!!」
『守ってもらった…?』
ー…バタン
「佐奈。」
佐奈が千咲と喋っていると奥の部屋からヒナが姿を現した。
風邪がうつるといけないからと見舞いを一切断っていたため、佐奈もヒナの姿を見るのは三日ぶりだった。
三日ぶりのヒナに佐奈が嬉しそうに声をかけようとした、その時だった。
「あ、"ヒナさーん"!!!!」
『………え…?』
「昨日やってもらったパソコンのデータ壊れちゃってたみたいなんです!!至急必要なんで今からすぐ見てもらってもいいですか?」
「………分かった。」
千咲はそう言うと、すっかり慣れた様子でヒナと共に奥のヒナと部屋へと入っていった。
ヒナに話しかけることも出来ないまま佐奈は二人の背中を見送り、その場に一人またも呆然と立ち尽くしていた。
(あれ…?)
ー…ドクン…
(千咲ちゃん、ヒナさんの事ヒナさんって呼ぶようになったんだ…守ってもらったって…ネットの話なんだからヒナさんが…だよね…?)
ー……ドクン…ドクン…
佐奈はドクンと深く脈打つ胸を抑えて椅子にペタンと腰を下ろした。
千咲がいなくなったデスクをぼんやりと眺めていると、佐奈は目の前にあるあるものに目を奪われた。
『……え…これ…。』
それは佐奈が休んでいる時に撮られたのであろう皆の写真だった。
佐奈も前々から皆で写真を撮りたいと思っていたのだが仕事が忙しく中々言い出す機会に恵まれなかった。
そんな佐奈を嘲笑うかのように、千咲を中心に孝之助、ヒナ、和泉、九条と揃って撮られたその写真は千咲のデスクにこれみよがしに飾られ、
佐奈にあなたの居場所はもうないのよと、無言で訴えかけているようだった。
ー…ド…クン…!!!!
そうして佐奈は一層強くなった胸の痛みを必死にこらえながらあることを悟っていた。
たった三日、
たった三日で自分がいたこの事務所の雰囲気が千咲を中心に姿を変えてしまっていたこと。
そうして佐奈が今までいたはずの場所が、
全て千咲に、取って代わられてしまっていたということだった……。