23.バベル
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ー…バサッ
「さて…じゃあ今までの収穫をまとめるとしますか。」
高虎の帰宅後、事務所の皆はこれまで調べた佐橋のことについての情報を持ち寄り、報告会を行っていた。
だが皆の顔は一様に暗く、その浮かない顔がこれといった収穫のなさを物語っていた。
「俺は琴子のツテで結構な量のキャバクラ店に聞いて回ったけど、佐橋は女遊びが嫌いな超潔癖で、キャバ嬢お持ち帰り不倫どころか店に来ることすらほぼねえらしい。」
「…不正献金なんかの線も調べてみましたが、こっちもこれと言って尻尾は掴めませんでした。」
『私も一週間ひたすら自宅前で貼りこんでみましたがこれと言って…。』
「うーん…政治家スキャンダルの定番の女と金がシロだとは…誰だよ佐橋に黒い噂があるとか言った奴………俺か。」
「……。」
分かってはいたが思ったよりも成果が上げられていないことに、皆はハアとため息をついた。
その様子をそれまで黙っていた見ていた九条は、少しためらいながら鞄の封筒を取り出し口を開いた。
「私はあるといえばあるんですが…少し気がかりでもあるので、この件にはあまり首を突っ込みたくないとも思っています。」
「…これは?」
「佐橋が絡んでいるかもしれないという政治家の連続死についてオタクさんが調べたものです。佐橋はこれをどこからか入手し、関連組織で殺人を実行している…と。」
「殺人プログラム……"バベル"……?」
九条に差し出された書類に目を通した皆は一様に言葉を失った。
21世紀の科学が進んだこの世界でも、そこに書かれていた内容は、皆がすんなりと理解し納得できるようなものではなかったからだ。
だが皆が一様に信じられないという風な中、ただ一人だけは明らかに違った顔つきでその書類を眺めていた。
「この"バベル"と呼ばれるコンピュータープログラムは人間のDNAをデータ化し、そのデータにそって人体に影響の出るウイルスを出現させ、
それをネットワーク回線で運べる形に変換して運び、パソコンやモバイル端末の画面から視神経を通じて、相手を病に感染させ死に至らしめる…というものです。」
「あのなあ…そんなオカルトじみた話あるわけねーじゃん!!相変わらず電波だなお前。」
『なんというか…映画の中の話みたいでピンと来ないですね…。』
「私だって信じられなくて今日まで色々と調べたんです。でも…調べれば調べるほど否定する材料が減る一方なんです。」
「うーん、でもまあ…実際に人間の遺伝子情報をデータマップ化するって研究は実際にやってるしなあ…一概には無いとは言い切れないだろ。」
「その通りです、佐橋が海外の軍事組織にパイプを持っていることも分かっています…確証こそ無いもののほぼ黒に近いかと。」
「『・・・!?』」
二人の会話の内容をほとんど理解できていない佐奈と和泉だったが、その異様なプログラムの存在に言い知れぬ不安感を覚えていた。
佐奈は持っていた携帯を恐る恐るじっと見つめると、なんとなく自分から少し遠いデスクに置き直した。
『あのっ…パソコンや携帯端末でインターネット回線と繋がっている人なら…このバベルで病死に見せかけて殺せる…ってことですよね…?』
「ええっなんだよそれ!!じゃあPSPもダメじゃねーか!!それは困る!!!!」
「携帯でも十分困るだろーがよ和泉…。まあ今はネットの全く繋がっていな人間を見つけるほうが難しいからな…ほぼ全ての人間が標的になる。まさに神をも恐れん技術…バベルの塔とかけてるんだろうな。」
「…。」
「ヒナ、どうした?」
「………。」
「ヒナ?」
皆がわたわたとバベルの存在に狼狽する中、呆然とした様子で九条の書類を握りしめていたヒナに孝之助は声をかけた。
孝之助の声にハッと我に返ったヒナは、何でもありませんとだけ言うといつもの淡々とした様子で部屋を出て行った。
『…ヒナさん…?』
「……?」
「…まあ…とにかくこの線と別件でもあるならそっちで構わねえ、このまま調査を続けるしかないな。」
「冴嶋組に顔を出していたという佐橋の件はどうしますか?」
「うーん…高虎くんじゃ分かんねえんだろうからなあ…それは冴嶋さんに聞いてみるしかねえが…俺はまだ仕事が残ってて動けねえなあ…急ぐってのにどうしようか…。」
「…。」
孝之助はそう言うと、隣の和泉を期待を込めた目線でじいっと見つめた。
和泉は自分に刺さるその孝之助の視線が何を言っているのかが分かり、面倒くさそうにチッと舌打ちをした。
「…分かったよ、聞いてくりゃいいんだろ。」
「おお、行ってくれるか!!いやいやそりゃあ助かるわ!!はい、冴嶋さんが入院してる病院の住所がこれな、頼んだ和泉!!佐奈も付き添ってやれ。」
『え?あ、はいっ!!』
ー…バタバタバタ
「…。」
「孝之助さん………演技がやや白々しいようにも思えましたが。」
事務所を後にした佐奈と和泉を見送りながら全てを見透かしたように九条が笑うと、
孝之助はヒドイなと言いながら煙草に火を点けた。
「さっき高虎くんから帰り際に頼まれてね、冴嶋さん…末期のガンで、もって一ヶ月なんだとさ。」
「だから和泉を…高虎さんが本当に伝えたかったのはこちらですか。」
「ああ…。冴嶋さんさ、養子の話を俺がした時、涙浮かべて和泉を宜しくって俺に土下座したんだよ…冴嶋組の組長が俺なんかにさ…ずっと和泉を自由にしてやりたいと思っていたけど後に引けなくなってたんだろうな、冴嶋さんも大概素直じゃない頑固者だよ。」
「よく似ていますね。」
「ああ、まったくだ。うちの万年反抗期のバカと…よく似てるよ。」
孝之助はそう言うと、煙草の煙をくゆらせながら少し嬉しそうに笑った。
その孝之助の笑顔は手のかかる息子を持つ父親そのものの様で、九条もつられて頬をゆるめていた。
「取り敢えず私はオタクさんと連携してもう少しこの"バベル"とやらについて調べを進めようと思います。」
「ああ、頼んだよ。」
ー…バタン
「……さて。」
皆が出ていきガランとなった事務所で孝之助は一人タバコの火を消した。
そしてこの件について動揺しきりで一言も発しなかったヒナの元へ、孝之助は向かったのだった。