21.封の開かない手紙
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ー…ガチャ…
『あああああああああ!!?』
気持ちを落ち着けヒナとともに屋上から降りてきた琴子は、事務所の扉を開けた途端に響いた佐奈の叫び声に思わず何事かと驚いた。
「何佐奈!?声外まで響いてるわよ!!」
『あ!!す…すみません‼でもこれ…ちょ…ちょっと和泉さん!!!!!!』
「?」
慌てて手をこまねく佐奈の元に皆が集まると、つけてあったテレビのニュースから聞き覚えのある名前が響いた。
「警察によると昨夜、都内に本部を置く指定暴力団、八頭龍会系冴嶋組の組員数名が銃撃される事件が発生しました。同組員の寺島龍二組員が腹部などを撃たれて重症、新藤高虎組員の行方が分からなくなっています。」
「は…?」
「高虎さんて…あの和泉ちゃんのお兄さん…?」
「これまでの調べで拳銃を撃った二人組の男は組員を撃った後黒っぽいワゴン車で逃走しています。以前から冴嶋組は八重樫会との間で発砲事件が続いており、この件も一連の抗争事件との関わりがあると見て捜査を続けています。では次のニュースです…」
「おい…なんだよ!?虎が行方不明って…もうちょっとちゃんと詳しく言えよ!!?」
『和泉さん…。』
「…。」
冴嶋組が絡んだ発砲事件のニュースはさほど珍しいことではない。
だが兄と慕った高虎が生死の分からない行方不明というニュースにはさすがの和泉も動揺を隠せないでいた。
「おっさん…ちょっと俺今日もう帰ってもいい?」
「…今冴嶋組の家にお前が行ったってややこしくなるだけだぞ。」
「…でも…」
「跡目争いの内部抗争かもしれない、冴嶋組を継ぐ気もねえのにのこのこ出て行って何する気だ和泉。」
「…。」
孝之助が真剣な表情で和泉を制すると、和泉もそれ以上は返す言葉もないようで唇を噛み締めた。
冴嶋組内部の人間から跡目争いで幾度も命を狙われている和泉だったが、高虎と再会してからはそういうことがピタリと無くなっていた。
和泉にはそれがどういうことなのか薄々分かっていたのだがどうすればいいか分からず今までこの状態を静観していた。
「だって…もしかしたら虎は俺のせいで…また…。」
「どっちにしたってお前が気に病むことじゃない。いいか和泉、この抗争に関わるな。関わったらクビにするぞ、いいな?」
「…分かってるよ。」
和泉がこの抗争に加われば下手をすればまた刑務所送りになり間違いなく事務所にはいられなくなる。
孝之助は悔しそうな顔を浮かべる和泉にいつになく強い口調で念を押した。
「…。」
「和泉ちゃん…。」
...................................................
ー…コツコツ…
「はあ…。」
夜も更け事務所を後にした琴子は一人浮かない顔で家路についていた。
(和泉ちゃん大丈夫かな…好きだのなんだの言ってる場合じゃないよね…これは…。)
こんな時にそばに居てあげられたらと思うが琴子が知っている和泉の過去なんてほんの少しで、
自分では何の役にも立てないだろうことは誰よりも理解していた。
(きっとこんな時…佐奈が一緒にいてあげてくれればいいんだけどな…。)
自分の言葉に自分で涙が出てくる。
出会ってからずっと時間は経つのに和泉の視線の先に佐奈がいる景色は何も変わらない。
報われない恋に諦めがつかない和泉の気持ちを一番理解できる自分にも、琴子は心底嫌気が差していた。
(何が報われないのに何で固執するの…?よ、それは私も同じなくせに…。)
琴子は滲む涙をゴシゴシと拭くと、マンションのオートロックを開けようと鍵を探した。
ー…ガタンッ…!!
「!!!!…え…何…?」
突然の物音に怯えた様子で周囲を見渡した琴子は、急いで鍵を取り出しマンションの中に入った。
昔ストーカーにあっていたこともあり物音に異常に敏感になっていた琴子は、エントランスで震える手足にしゃがみこんでしまっていた。
(もう大丈夫…大丈夫、早く部屋に帰らなくちゃ…………ん?)
琴子が息を整え立ち上がろうとした瞬間、琴子は玄関先の街路樹に何かが落ちているのが目に入った。
赤い何か洋服のようなものに琴子は怯えながら目を凝らすと、それは琴子のよく見覚えのあるものだった。
(赤い…ストール…?あ!あれもしかして私の洗濯物!!飛んでいっちゃったんだ…!!じゃあさっきの物音はアレが落ちた音だったのね…アホらし…。)
琴子は物音の正体に気付きハアと安堵したように息を吐くと、落ちたストールを取りに再びマンションを出ていった。
(あったあった…他にも落ちてないでしょうねぇ……ん?)
「……き…きゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
辺りを切り裂くような悲鳴をあげた琴子は、突如目に入ったそのあまりの惨状にその場で腰が抜けてしまった。
街路樹でストールだと思い拾い上げたのは血で真っ赤になった上着、その傍らには血だらけで座り込んでいた人間の姿があったのだ。
「あ‥ああ…死…死体…?救急車…警…察…?」
ー…ガッ…!!!!
「ひっ…!!!???」
「止めて下さい…誰にも……言わないで…下さ……」
「いっ…!!あ…あなた………た…高虎さん…!?ちょ…ちょっと大丈夫!?」
血まみれの状態で倒れていたのはさっきニュースで行方不明と報じられていたその高虎だった。
目の前でそう言って気を失った高虎に、恐怖で腰が抜けていた琴子も思わず慌てて駆け寄った。
「高虎さん!!高虎さん!?」
(だ…誰にも言うなってどうすればいいのよ…!?でもとりあえず手当しなくちゃこれ死んじゃうんじゃ……!!)
血まみれの高虎に終始気が動転していた琴子だったが、琴子の脳裏にはふと高虎を思って唇を噛みしめる和泉の顔が浮かんだ。
自分が和泉にしてやれることなんて何もない、でもきっとこの人を今助けられるのは自分しかいない。
琴子は意を決すると、血だらけの上着を拾い高虎の肩を支えた。
(どのみちほっとけないわ…何とか出来るか分かんないけどとにかく私の家に連れて行こう…!!)
「高虎さん!!私の部屋まで運ぶから少し歩ける!?死んじゃダメよ!!!!」
琴子はギュッと歯を食いしばると倒れこんでいた高虎を立ち上がらせ、人目を気にしながらもヨロヨロと自分の部屋へと高虎を運んだのだった…。