第八話 武田隠し湯
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......................
ー…パタン…
「おはよう…ございます…。」
戦があったなど思えぬ程穏やかな朝。
ヘルプ三昧で色々あったこまにとっては久々の武田家、まだ禰々の死で家中も本調子とはいかぬ中こまは妙な緊張で一人縮こまっていた。
「こまさんおはようございます!!…どうか…したんすか?」
「のっ…信繁さん!!お久…じゃなくておはようございます!」
突然掛けられた声に振り向くと、そこに立っていたのはニコニコと変わらぬ笑顔を見せる信繁だった。
久しぶりに会うには一番心休まる信繁の登場に、こまは密かにホッと胸をなでおろした。
「今日、いい天気っすね。」
「はい、花も綺麗に咲いてますね。」
「花…ほんとだ、禰々の墓に供えてやろうかな…。」
「はい……私もお手伝いします。」
「へへっ…ありがとうございます!!こんなこと話せるのこまさんぐらいっす。信方達には男がこれくらいで泣くなウジウジすんなって言われちゃいますから。」
「信繁さん…。」
そう言って笑う信繁の目はよく見るとうっすら赤く腫れていて、妹の死を悲しみながらも努めて明るく振る舞っているようだった。
禰々の死も寅王丸の存在もまるでなかったかのように続く乱世の日常の中で、そんな信繁の様子はこまにとって唯一自然なものに見えた。
「そう言えばこまさんここだけの話なんすけど、寅王丸のこと…聞きました?」
「えっ?寅王丸が…どうしたんですか!?」
信繁がこっそり耳打ちした寅王丸の名前に、こまはサアッと血の気が引くのがわかった。
あの日晴信と話した事を思い出したこまは瞬時に最悪の事態を覚悟したが、信繁の口から出たのは予想外の事実であった。
「兄上、皆の反対を押し切って寅王丸のこと殺さず仏門に入れたそうっすよ。」
「…え……?」
「普通はいくら禰々の子とは言え敵の嫡男ですから生かしてはおかないと思うんっすけど…兄上も頑なに首を縦に振らなくて。」
「ゆくゆく諏訪を治めさせればあの地の者も納得がいくだろうって言って信方と散々やりあったんっす。あんな折れない兄上は初めて見たっすよ。」
「………!!」
信繁の告げた言葉に、こまはその場に立ちすくんだ。
自分が言ったせいだと言うのは多少思い上がりな気もしたが、少なからず晴信は晴信なりに寅王丸と禰々の事を考えてくれていたのだろうか。
あの日自分が晴信に言った言葉を思い返したこまは、複雑な思いで胸が一杯になりながら拳をぐっと握りしめていた。
「信繁さん…晴信さんはどこに…?」
「金山衆のとこに行くって言ってたんで、今はいないっすよ。」
「そう…ですか…。私、ちょっと出かけてきます!」
「こまさん!?ちょっと待って出掛けるなら誰か供を…」
「大丈夫です!!ちょっと晴信さんを迎えに…すぐに戻ります!!」
「なっ…こまさーんっ!!………場所、分かるんっすか~…?」
こまは信繁の心配を他所に、一目散に躑躅ヶ崎館を跳び出した。
どの時代に言ってもあっちこっちとせわしなく走り回ってばかりのこまは着物で走るのも慣れたもので急ぎ城を後にしたのだったが、
信繁の心配は、すぐに現実のものとなったのであった…。
ー…ピーチチチ…
「金山衆の金山?あんた、今から行ったら日が暮れちまうよ。」
「・・・え?そんなに遠いんですか…?」
あっさり城下の人間に軽くあしらわれたこまは、早速出鼻をくじかれていた。
晴信に会いたい一心で駆け出してみたもののもう少し落ち着けばよかったと後悔しながらトボトボ歩いていると、目の前を見覚えのある顔が横切り思わず声を上げた。
「あ…たまさん?」
「こまちゃん!?」
そこにいたのは首に化粧をする仕事をしていたたまで、慌てた足取りと乱れた装いを見てとるに今日はまた一段と忙しそうに見えた。
「お忙しそうですね…また、お仕事ですか?」
「そ、この間の戦でね~今は畑も忙しくなってくるからさホント、猫の手も借りたいくらい忙しいのよ。あ、猫じゃエサと勘違いして首食べちゃうか?はは!!」
「は…ははは…。」
相変わらずあっけらかんと恐ろしいことを言うたまにこまが若干引き気味に笑っていると、たまはハッと思いついたように言った。
「そうだこまちゃん、手伝ってくれない?」
「・・・・へ?」
「お・し・ご・と、報酬ははずむわよ~☆」
「仕事ってあの…お化粧の……ですよね?」
「ですね!!」
そう言ってニコッと笑うたまを前に、こまは何と返せばよいか分からず硬直してしまっていた。
そんな困惑したこまの様子にたまも気付いたようで、慌ててふざけたように言った。
「なーんてね、冗談よ!!こんなこと無理してやる仕事じゃないも…」
「やります…。」
「へ?」
「やります!!やらせてください!!!!!!」
......................
ー…コトッ…
「………。」
「じゃあこれが化粧筆、よろしくね!!」
数分後、こまはたま達の作業部屋に腰を下ろしていた。
だがやるといったもののいざ首を目の前にするとその迫力に圧倒されたこまに、たまは隣に座り優しく語りかけた。
「最初は怖くなっちまうのは当たり前だ。でもなにも死体から追い剥ぎしてるわけじゃあない、できるだけ綺麗にしてやっているだけだ。
この人らだって家族も想い人もいた普通の人だったんだ、敵とは言え帰すなら綺麗な生前の顔にしてやりたいじゃないか。」
「……。」
「ま、それに色つけてちょーっとばかし手柄が上がればこっちも万々歳ってだけさ☆」
「……ふふっ…はい…!!よし、やる!!やっちゃいます!!」
「よし!!その意気だよ~!!」
(南無阿弥陀仏……では、失礼致します。)
こまは一人一人に化粧を施す前に手を合わせ、生前のこの人がどんな風に暮らしたのかを思い返した。
もう首だけになってしまった恐らく歴史の片隅にも残らないであろうその人は、きっと誰かの息子で、誰かの父親で、誰かの恋人なのだと思うと自然と恐怖は無くなっていった。
(もう、私はこの時代に目をそらさない。晴信さんが紡いだこの時代も、この時代に暮らす人も…この悲惨さも…。)
(戦いは…こんな悲しみを生むんだって、目と心に焼き付ける。)
恐怖の代わりに溢れてきたのは死者と戦の悲惨さを憂う涙。
こまは溢れ出そうになる涙を必死に飲み込み、一心不乱に筆を動かし続けたのだった…。
「よーしあとちょっと、みんな頑張るよ~!!」
「「はーいっ!!!!」」
ー…ガササッ…
「死体に化粧してんぞ。何やってんだあいつは。」
「ううう…こまちゃんいたわしい…荒療治にも程があるわ…。」
一方、こまのいる小屋のすぐそばの草むらでは、こまの事を心配した蛍と蛍に連れて来られた御幸の姿があった。
御幸は遠くからこまが汚れにまみれ必死に首化粧をしているのを見て、フッと嬉しそうに笑った。
「まあ…昔の口紅だの服だのにばっかりこだわってた頃よりは、だいぶマシな顔するようになったんじゃねえか。」
「素直に頑張っとるって言ったらどうなん?」
「けっ、口が裂けても言わねー。」
「も~いっそ一回口裂いてやろーか御幸。にしてもいいなあ~僕も死んで首だけになったらこまちゃんに化粧してもらいたいわ~。」
「お前の場合は化粧じゃなくて塗装だろ。」
ボコボコと蛍が御幸を殴る音が響く中、こまはそんな音も聞こえない程作業に熱中していた。
そうして皆の頑張りもあってか思いのほか首化粧の作業は早くに終わり、皆は一様に汚れた顔でどっと疲れた表情を浮かべた。
「いやあ~疲れたね、でもこまちゃんも手伝ってくれたお陰で作業が捗ったよ!!本当にありがとうね。」
「いえ、私はたいした戦力になってないですから…!!それよりも皆さんはこれからまた別の仕事をするんですか?」
「そうだねえ、今は畑も忙しい時期だし手伝わないとね。ホント、疲れてやる気出ないが食べるもんに困っちゃしょうがないもんね。」
そう言って、女たちは皆黒く薄汚れた顔で困ったように笑った。そんな女性達を前にこまはあることを思いつき、ハッと顔を上げた。
「そうだ皆さん、ちょっと提案があるんですが!!」
「?」
.
ー…パタン…
「おはよう…ございます…。」
戦があったなど思えぬ程穏やかな朝。
ヘルプ三昧で色々あったこまにとっては久々の武田家、まだ禰々の死で家中も本調子とはいかぬ中こまは妙な緊張で一人縮こまっていた。
「こまさんおはようございます!!…どうか…したんすか?」
「のっ…信繁さん!!お久…じゃなくておはようございます!」
突然掛けられた声に振り向くと、そこに立っていたのはニコニコと変わらぬ笑顔を見せる信繁だった。
久しぶりに会うには一番心休まる信繁の登場に、こまは密かにホッと胸をなでおろした。
「今日、いい天気っすね。」
「はい、花も綺麗に咲いてますね。」
「花…ほんとだ、禰々の墓に供えてやろうかな…。」
「はい……私もお手伝いします。」
「へへっ…ありがとうございます!!こんなこと話せるのこまさんぐらいっす。信方達には男がこれくらいで泣くなウジウジすんなって言われちゃいますから。」
「信繁さん…。」
そう言って笑う信繁の目はよく見るとうっすら赤く腫れていて、妹の死を悲しみながらも努めて明るく振る舞っているようだった。
禰々の死も寅王丸の存在もまるでなかったかのように続く乱世の日常の中で、そんな信繁の様子はこまにとって唯一自然なものに見えた。
「そう言えばこまさんここだけの話なんすけど、寅王丸のこと…聞きました?」
「えっ?寅王丸が…どうしたんですか!?」
信繁がこっそり耳打ちした寅王丸の名前に、こまはサアッと血の気が引くのがわかった。
あの日晴信と話した事を思い出したこまは瞬時に最悪の事態を覚悟したが、信繁の口から出たのは予想外の事実であった。
「兄上、皆の反対を押し切って寅王丸のこと殺さず仏門に入れたそうっすよ。」
「…え……?」
「普通はいくら禰々の子とは言え敵の嫡男ですから生かしてはおかないと思うんっすけど…兄上も頑なに首を縦に振らなくて。」
「ゆくゆく諏訪を治めさせればあの地の者も納得がいくだろうって言って信方と散々やりあったんっす。あんな折れない兄上は初めて見たっすよ。」
「………!!」
信繁の告げた言葉に、こまはその場に立ちすくんだ。
自分が言ったせいだと言うのは多少思い上がりな気もしたが、少なからず晴信は晴信なりに寅王丸と禰々の事を考えてくれていたのだろうか。
あの日自分が晴信に言った言葉を思い返したこまは、複雑な思いで胸が一杯になりながら拳をぐっと握りしめていた。
「信繁さん…晴信さんはどこに…?」
「金山衆のとこに行くって言ってたんで、今はいないっすよ。」
「そう…ですか…。私、ちょっと出かけてきます!」
「こまさん!?ちょっと待って出掛けるなら誰か供を…」
「大丈夫です!!ちょっと晴信さんを迎えに…すぐに戻ります!!」
「なっ…こまさーんっ!!………場所、分かるんっすか~…?」
こまは信繁の心配を他所に、一目散に躑躅ヶ崎館を跳び出した。
どの時代に言ってもあっちこっちとせわしなく走り回ってばかりのこまは着物で走るのも慣れたもので急ぎ城を後にしたのだったが、
信繁の心配は、すぐに現実のものとなったのであった…。
ー…ピーチチチ…
「金山衆の金山?あんた、今から行ったら日が暮れちまうよ。」
「・・・え?そんなに遠いんですか…?」
あっさり城下の人間に軽くあしらわれたこまは、早速出鼻をくじかれていた。
晴信に会いたい一心で駆け出してみたもののもう少し落ち着けばよかったと後悔しながらトボトボ歩いていると、目の前を見覚えのある顔が横切り思わず声を上げた。
「あ…たまさん?」
「こまちゃん!?」
そこにいたのは首に化粧をする仕事をしていたたまで、慌てた足取りと乱れた装いを見てとるに今日はまた一段と忙しそうに見えた。
「お忙しそうですね…また、お仕事ですか?」
「そ、この間の戦でね~今は畑も忙しくなってくるからさホント、猫の手も借りたいくらい忙しいのよ。あ、猫じゃエサと勘違いして首食べちゃうか?はは!!」
「は…ははは…。」
相変わらずあっけらかんと恐ろしいことを言うたまにこまが若干引き気味に笑っていると、たまはハッと思いついたように言った。
「そうだこまちゃん、手伝ってくれない?」
「・・・・へ?」
「お・し・ご・と、報酬ははずむわよ~☆」
「仕事ってあの…お化粧の……ですよね?」
「ですね!!」
そう言ってニコッと笑うたまを前に、こまは何と返せばよいか分からず硬直してしまっていた。
そんな困惑したこまの様子にたまも気付いたようで、慌ててふざけたように言った。
「なーんてね、冗談よ!!こんなこと無理してやる仕事じゃないも…」
「やります…。」
「へ?」
「やります!!やらせてください!!!!!!」
......................
ー…コトッ…
「………。」
「じゃあこれが化粧筆、よろしくね!!」
数分後、こまはたま達の作業部屋に腰を下ろしていた。
だがやるといったもののいざ首を目の前にするとその迫力に圧倒されたこまに、たまは隣に座り優しく語りかけた。
「最初は怖くなっちまうのは当たり前だ。でもなにも死体から追い剥ぎしてるわけじゃあない、できるだけ綺麗にしてやっているだけだ。
この人らだって家族も想い人もいた普通の人だったんだ、敵とは言え帰すなら綺麗な生前の顔にしてやりたいじゃないか。」
「……。」
「ま、それに色つけてちょーっとばかし手柄が上がればこっちも万々歳ってだけさ☆」
「……ふふっ…はい…!!よし、やる!!やっちゃいます!!」
「よし!!その意気だよ~!!」
(南無阿弥陀仏……では、失礼致します。)
こまは一人一人に化粧を施す前に手を合わせ、生前のこの人がどんな風に暮らしたのかを思い返した。
もう首だけになってしまった恐らく歴史の片隅にも残らないであろうその人は、きっと誰かの息子で、誰かの父親で、誰かの恋人なのだと思うと自然と恐怖は無くなっていった。
(もう、私はこの時代に目をそらさない。晴信さんが紡いだこの時代も、この時代に暮らす人も…この悲惨さも…。)
(戦いは…こんな悲しみを生むんだって、目と心に焼き付ける。)
恐怖の代わりに溢れてきたのは死者と戦の悲惨さを憂う涙。
こまは溢れ出そうになる涙を必死に飲み込み、一心不乱に筆を動かし続けたのだった…。
「よーしあとちょっと、みんな頑張るよ~!!」
「「はーいっ!!!!」」
ー…ガササッ…
「死体に化粧してんぞ。何やってんだあいつは。」
「ううう…こまちゃんいたわしい…荒療治にも程があるわ…。」
一方、こまのいる小屋のすぐそばの草むらでは、こまの事を心配した蛍と蛍に連れて来られた御幸の姿があった。
御幸は遠くからこまが汚れにまみれ必死に首化粧をしているのを見て、フッと嬉しそうに笑った。
「まあ…昔の口紅だの服だのにばっかりこだわってた頃よりは、だいぶマシな顔するようになったんじゃねえか。」
「素直に頑張っとるって言ったらどうなん?」
「けっ、口が裂けても言わねー。」
「も~いっそ一回口裂いてやろーか御幸。にしてもいいなあ~僕も死んで首だけになったらこまちゃんに化粧してもらいたいわ~。」
「お前の場合は化粧じゃなくて塗装だろ。」
ボコボコと蛍が御幸を殴る音が響く中、こまはそんな音も聞こえない程作業に熱中していた。
そうして皆の頑張りもあってか思いのほか首化粧の作業は早くに終わり、皆は一様に汚れた顔でどっと疲れた表情を浮かべた。
「いやあ~疲れたね、でもこまちゃんも手伝ってくれたお陰で作業が捗ったよ!!本当にありがとうね。」
「いえ、私はたいした戦力になってないですから…!!それよりも皆さんはこれからまた別の仕事をするんですか?」
「そうだねえ、今は畑も忙しい時期だし手伝わないとね。ホント、疲れてやる気出ないが食べるもんに困っちゃしょうがないもんね。」
そう言って、女たちは皆黒く薄汚れた顔で困ったように笑った。そんな女性達を前にこまはあることを思いつき、ハッと顔を上げた。
「そうだ皆さん、ちょっと提案があるんですが!!」
「?」
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