第二十八話 歪な異変
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ー…パタン……
「ふう……。」
「あ…蛍さんお疲れ様です。まだお仕事ですか?」
「こまちゃん!お疲れ様~!」
夕暮れ時、机に一人向かっていたのはなにやら難しい顔で考え込む蛍はこまの存在に気づくとパッと顔をほころばせた。
「傷はもう大丈夫ですか?治ってまだそんな経ってないし無理しない方がいいんじゃ…」
「ぜーんぜん問題ないよ!人間と違ってアンドロイドは修理さえしてもらえばすぐ元通りやけんね~♪」
「……そうなんですか?」
「そうそう、それよりこまちゃんこれ、どっちがいいと思う?」
「?」
そう言って蛍は心配そうなこまの言葉を遮ると、旅行パンフレットの束をこまの目の前に差し出した。
難しい顔をしていた蛍からは想像していなかったそのカラフルでハッピーな紙面に、こまは目を丸くした。
「温泉にユニバーサルスタジオに伊勢神宮?…蛍さん旅行にでも行くんですか?」
「ああいや今年の社員旅行の幹事僕と御幸とキノコさんやってね。御幸は高杉晋作の調査、戦関係はまだ手伝うって話やったけキノコさんが候補出してくれとった分を僕が選びよったんよ。」
「なるほど……社員旅行!」
「そ、最近みんな色々あって疲れてばっかりやけんさ、こういう遊ぶとこよりゆっくり出来る温泉とかのがいいんかなって。そっちのが晴信のボロも出んそうやしね。」
「ふふ…そうですね、晴信さんも温泉好きですし、みんなも喜ぶと思います。辛いこと…最近多かったですからね…。」
「……。」
こまがそうポツリと呟くと、蛍は何かを察したようにこまの頭をポンと撫でた。
「蛍さん…?」
「ごめんね、僕が不甲斐ないばっかりにこまちゃんに久坂玄瑞の最期を看取らせて辛い思いをさせてしまったわ。」
「ああいえ…私は晋作さんに頼まれて様子を見に行っただけで…結局何も…」
あの日のことは御幸の計らいで、晋作と晴信が入れ替わっているという事実は伏せられてまま報告されていた。
玄瑞の死に直面した痛みはまだこまの中で癒えてはいなかったが、栞奈やアンドロイドの皆も苦しみを抱えていると思うと一人悲しんでばかりはいられなかった。
「蛍さんこそ…本当に大丈夫なんですか?体は治ったって…心は…」
「だーいじょうぶ、記憶は消せんけどもうそれには慣れとる。今回はたまたま……玄瑞がちょっと慶に面影が被ってびっくりして反応が遅れただけ。」
「……。」
体は元通りになっても積み重なっていく心の傷は消えることがないアンドロイド。
慣れたと言って笑う蛍の中にある傷の数は到底知ることができないが、きっとそれは人間の想像を絶するものなのであろうことだけはこまにも分かった。
「…蛍さん温泉旅行、いっぱい楽しみましょう。それで楽しい記憶で埋め尽くしちゃいましょう!!私も一緒に楽しいプラン、いっぱい考えますから!!」
「こまちゃん……ありがとね。」
こうして楽しいことを日々積み重ねていけば、本当に苦しい記憶の一つや二つ容量オーバーで消えやしないものか。
人間は時が経つ事でその記憶と痛みを薄れさせていくことが出来るがアンドロイドの記憶は消せない、その事実は当たり前にあっていつも彼らを苦しめてきた。
それと同時にこまはいつも疑問に思ってきた、祖父はなぜ彼らを”そう”作ったのだろうかと。
タイムレーンを作り人間と見まごうような精巧なアンドロイドを作ることが出来た祖父が、なぜそこにだけ気づくことが出来なかったのだろうと。
(お祖父ちゃんがそこも人間と同じに作ってあげていれば…蛍さん達がこんなに苦しむこともなかったのにな…。)
祖父のことはもうほとんど記憶には残っていないし、どんな人だったかも思い出せない。
消えてもいい記憶は鮮明に残り、思い出したい記憶ばかりが薄れる。
そんな不都合ばかりの現実をぐっと飲み込みながら、こまは蛍とともに旅行のパンフレットをめくっていた。
.........................................................
ー…パタン…
「よーし、じゃあ行き先と観光スポットはだいたい決まりであとは部屋割り作って人数の申し込みキノコさんに頼みに行こ。こまちゃんのおかげで仕事がはかどったわ~。」
「いえいえ、私も手伝いますよ。部屋割は男女で分けてあとは適当に振り分けちゃいますね!」
「ホント~こまちゃんあとで焼き肉奢ってあげるわ~!!」
ー…バンッ!!!!!!!!
「わっびっくりした!!御幸?」
「……‥。」
二人が旅行の計画を終え木野のもとに向かおうと書類をまとめていると、上司に呼び出されていたらしい御幸が眉間にシワを寄せ部屋に戻ってきた。
どかっと勢いよく腰を下ろした御幸のどこか見覚えのあるこの上なく不機嫌そうな様子に、二人はすぐに嫌な予感を覚えた。
「それ……社員旅行の名簿か。」
「へええっ!?は…はいそうですが何か……」
「それまだ出すな、多分追加が出る。」
「追加……?」
「何?上層部が一緒に社員旅行に参加させてくれって?」
御幸の言葉にこまと蛍が不思議そうな顔を浮かべると、御幸はハアとため息をつき心底嫌そうに言葉を返した。
「新人が入ることになった…らしい。」
「「し……新人!?」」
「それもうちの役員の孫っていうガッチガチのコネ入社。しかも本人にやる気は一切なし。」
「え……前の花音さんみたいな見学で一緒に行かせてくれ…とかではなくですか…?」
「受験に失敗して長い間引きこもり傾向だったお孫さんらしくてな、向こうは社会に出したいと正式な雇用を求めてる。ガンウェアに適合はしたそうだが…それもホントかよって話だよ……。」
「「………。」」
御幸のその心底疲れ切ってうんざりした様子に、こまと蛍は困惑したように顔を見合わせ首を傾げた。
正直ここはお金持ちのご子息を働かせて様子を見るような甘い職場では全く無い。
むしろ明日の命さえ保証もしかねるような、危険と隣り合わせの職場だ。
「いやいやでもキーパーって言ってもほら、色々あるし、まさか戦国担当には来んやろ。そうや榎田さんと霰に頼も、対マンモスの方がまだマシやわ。」
「そうですよね…あとは事務方とか…それでその方はお名前なんとおっしゃるんですか?」
「………”鉄本あとむ”だそうだ。」
「え…!?て…鉄腕……?」
「てつもと。」
「いや引きこもりになった理由、完全にそれやないん。」
「「・・・・・・。」」
昭和のスーパーヒーローにニアミスした新人君の絶妙な名前に、全員が口をつぐみ頭を抱えた。
こうして絶賛コネ入社と確定した新人鉄腕…もとい鉄本あとむ君は数日後、
望みもしない真っ黒なキーパーの制服に身を包み、この会社の門を叩いたのだった……。