第二十七話 兄弟
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ー…カタン……
「先生を…慕うてようやく野山獄…………。」
「「ミスって投獄されただけでしょうがーーー!!!!!!!!」」
ここは長州藩萩の罪人を入れる牢、野山獄。
師である吉田松陰も投獄されたこの場所で感慨にふけっている晋作に、面会に来ていたこまと晴信は盛大にツッコミを入れた。
「うるっせーな…しかたねえだろ投獄されて暇なんだから句も詠むわ。哀愁にもふけるわ。」
「もー……なんで書状の返事しておかなかったんですか…久坂さんの意見も結局来島さんに伝えられずじまいになっちゃいましたし…。」
「それはもう何回も聞いたー。」
「先程伝聞にて聞いたが…久坂殿は来島殿と話をしに向かったそうだぞ。だが晋作がここに入れられたことで、流れは出兵の方向で傾いたようだ。」
「……。」
晴信の言葉に晋作はチッと舌を打つと、二人に背を向けるように横になった。
「あの晋作さん、なにかやれることがあるのなら私達で…」
「うるっせーなもういいんだよ、獄に入れられた俺に出来ることなんてなんもない。」
「晋作さん……。」
現状がどれほど長州にとって悪く、差し迫った状況かは晋作には一番良くわかっている。
それ故に少しでも早くと玄瑞のもとに向かったというのに自分のミスでこうして何もできなくなっていることに、晋作自信誰よりも自分に腹が立っていた。
「……一人になりたい、今日はもう帰ってくれ。」
「でも……」
「こま、帰ろう。」
こまの言いかけた言葉は、首を横に振る晴信によって阻まれ二人は野山獄を後にした。
晋作だけではない、又兵衛のもとに行くと言って別れた玄瑞を見送ったこまもまた、このどうにもしがたい状況に胸を痛めていたのだ。
「長州のこの流れだと久坂さんもこのまま出兵になっちゃうっていう状況なのに…私にもなにか出来れば…。」
「ああ、我々がこの時代に生きるものならば…な。」
「!!」
「我々はキーパーとしての仕事を全うしよう。どんな結果でも見届けるのが、我々の仕事であろう。」
「……はい…。」
こまは晴信のその至極真っ当な言葉に、思わず顔をうつむけ尻すぼみの返事を返すことしか出来なかった。
キーパーとして日の浅い晴信の方が余程覚悟があり肝が座っている。
いまだ情に流されてばかりで仕事を見失ってばかりの自分に、こまは心底うんざりしたように肩を落とした。
「と…とにかく蛍さん達と連携を取りながらまた明日晋作さんの所に来ましょう!!そうすれば……」
「あの!!!!!!」
「「!!」」
晴信とこまが野山獄の入り口で立ち話をしていると、背後にいた女性が鬼気迫る表情で声を荒げた。
そこに立っていたのは身なりからして上流の武家の女性で、その見覚えのあるような顔にこまは眉をひそめた。
「あの……あなた…旦那様とどのようなご関係なのですか……!?」
「……へ?わ…私?」
「最近旦那様とずっと行動を共にしている女性がいるとお聞きしましたがあなたですよね…?あなたは…旦那様の妾なのでしょう!?」
「旦那様……?あ……ああーーーー!!!!!!!」
そう言って詰め寄った女性に、こまはようやく合点がいったように声を上げた。
その女性はあの日晋作を悲しげに見送っていた晋作の妻、雅(まさ)であった。
「やはり妾なのですね…その珍しい髪色、一緒にいると聞いた女性の特徴とも一致しています、それに…現に獄にまでこうして面会に来ている…!!」
「めかけ!?ち…ちちち違います!!誤解です!!確かに一緒に行動はしていましたがわ…私は…」
「私はこまと言ってこの武田晴信さんの妻なんです!!!!晋作さんはその…志を同じくする仲間です!!!!」
雅に詰め寄られ焦ったこまは、思わず隣の晴信の腕を掴みそう宣言した。
咄嗟の事ではあったとはいえその願望がありありと含まれた言葉にこまが我に返り顔を真っ赤にすると、助け舟を出したのは晴信だった。
「ああ、こまは確かに我が妻だ。ほら、私は晋作とよう似ておるだろう、ゆえにいらぬ誤解を招いてしまったようだな。」
「え…!?本当旦那様にそっくり…じゃあ私はなんて早とちりを…!!めめめ妾などと失礼致しました!!」
「あ…いえ…そんなに謝らないで下さい!!大丈夫ですから…!!」
「晋作に会いに来られたのか?だったら中に…」
「ああいえ…私は荷物を取りに来ただけで…もう、家に戻ります。」
「晋作には会わないのか?」
「……はい。」
雅は申し訳無さそうにそう言うと、懐に抱えていた晋作の着物にぽつりと目を落とした。
「あ…いえ…妻とは名ばかりでそばにいたのはほんのわずかなので、正直私は旦那様が何をお考えになっていらっしゃるか、何を話せばいいのか全く分からないのです。
なので旦那様のそばにいるという女性が羨ましくなって思わず声を荒げてしまいました…本当に、不甲斐ない妻で申し訳ありません…。」
「雅さん……」
家庭を省みることなく国や藩を思い身を投じる晋作を、雅は一体どんな思いで待っていたのだろう。
そう言ってうつむく雅の横顔はあの日萩を発つ晋作を見送っていた悲しそうな表情と同じで、こまは弾かれるように言葉を返した。
「私も、分かりませんよ…?」
「え…?」
「ずっと一緒に行動をともにしていても、自分勝手だし破天荒だし突拍子もないし晋作さんの考えてること、未だに全然分かりません。分からないものなんだと思います。
でもそんな晋作さんが最後にそばにいようと思っているのは家庭を託したあなたなんだと…それは確信できますよ。」
「こま様……。」
(だってあの日、私はそんな二人の姿を見たから。晋作さんの最期を看取り支えたのは、間違いなくあなただった。)
「だから…自信を持ってくださいね。」
「……すみません私………旦那様のこと…どうぞ…どうぞよろしくお願い致します…。」
「あ…雅さん…!!」
ー…タタタタ……
雅はそう言って何度も何度もこまに頭を下げると、野山獄を離れ路地裏へと消えていった。
その儚い背中を見送りながらどうしようもない感情に襲われたこまは、獄を見上げ小さくため息をついた。
「この時代でも、結婚は大変そうですね…。」
「ほう、こまの時代は大変ではないのか?」
「大変といえば大変なんでしょうが…家も身分も関係ないですし、本人同士が好き合っていればいいだけですしね。」
「……そういうものか…。」
晴信はポツリとそうこぼすと、遠慮がちに隣にいたこまの手をそっと握った。
突然の晴信の行動に驚きこまが晴信を見上げると、晴信は少し困ったように微笑んだ。
「あの者はそばにいられるのが羨ましいと言ったが…私は夫婦だと堂々と言えるあの者が羨ましいな。こまに嘘でも私の妻だと言われて、柄にもなく喜んでしまった。」
「晴信さん……」
「はは、なんてな。さあでは戻…」
「晴信さん!!!!私、さっき雅さんに言った言葉、嘘じゃないって思っています。」
「え…?」
悲しそうに笑った晴信に耐えかねたこまは、思わずその言葉にかぶせるように声を荒げていた。
正室になれないと話したのはもう随分と前の話、いつの間にか避けてばかりいたその話をするならば、今しかないと思った。
「せ…正室になれないといったのはあの時代だったからです…でも今は、晴信さんの妻だと早く名乗りたいと、私は思っていますから!!!」
「!!」
必死に紡いだその言葉は、まるでプロポーズの言葉のようだった。
そんなこまに晴信も顔を赤らめながらうつむくと、嬉しそうに小さくありがとうと言った。
「ゴホン……あんたらも大層な変わり者だねえ、なにも獄の前で婚姻の約束をしなくとも。」
「「へ…?あ…ああああすみませんでしたあああああ!!!!!!!!!」」