第二十五話 七夕の戦い
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ー…バッ…!!
「雲母さん…俺の子供を生んで下さい!!!!」
「……………無理です。」
ー…ピーチチチ……
英国公使館の焼き討ちから数週間、
あれから結局幕府は結局焼き討ちの犯人を特定することが出来ず、江戸を離れた者もいたが俊輔や晋作は相も変わらず江戸にとどまっていた。
「ったく……朝から手当たり次第に女くどくのはやめてもらえますか初代総理大臣。しかもフラれてるし。」
「そうりだいじん?っていやいや失礼な…手当たり次第じゃないっす!!!!俺は初めて雲母さんに会った時から……」
「無理です。」
「だああああーーーまだ何も言ってないっす!!!!」
「というかさっきの口説き文句で落ちる女の人なんていないと思いますが。」
「うそお!!高杉さんがこう言えば絶対大丈夫だって…」
「……絶対遊ばれてる。」
「はあ…全く…本当にこれが初代総理大臣ですか…?高杉晋作に振り回されてばっかりで威厳もない……なんか思ってたのと違うんですけど。」
東間はそう言うと、めげずに雲母の気を引こうとああでもないこうでもないと画策する俊輔を前に呆れたように頭を抱えた。
俊輔には信長のような絶対的権力者のような威厳も身分もなかった。
だがそれに代わり彼にあるのは誰にでも可愛がられる愛嬌と人脈、信長とはまた違った形で上に登っていた人物であった。
「それにしても雲母に子を産んでくれとは…至極無理な話ですね。」
「ええええ何でっすかーーー!!まさか雲母さん………男!?」
「ははは、そのようなものです。子を産んで欲しいなら別を当たるべきですね。」
「…………。」
そう言って適当にあしらう東間を雲母はこの上なく不服そうな顔でジトっと睨みつけた。
昔に比べれば随分穏やかな接し方をしてくれるようにはなったものの、東間と雲母の距離は相変わらず縮まってはいなかった。
「……金平糖没収。」
「あーーー何勝手に持っていってるんですか楽しみにとっておいたのに!!」
「東間さん好きっすよねー金平糖……そういえば甘いものといえばこれ、長崎土産に貰ったんっすけどみんなで食べます?」
「こ……これは……!」
「”かすていら”って南蛮菓子っすよ。」
俊輔が出した南蛮菓子である黄色く甘そうなかすていらに、甘党の東間は期待に目を輝かせた。
だがそのふんわりとした生地に包丁を入れを切り分けようとした…その瞬間だった。
ー…ガラッツ!!!!
「おい俊輔ー!!この間貰った南蛮菓子かせ。手土産に持っていく。」
「あ、高杉さん!!良かった切るところだったっすよ~!!はいこれ!」
「おお、準備が早えじゃねえか。じゃあまた後で来るからなー。」
ー…ピシャッ……
「「・・・・・。」」
「い……伊藤俊輔……初代総理大臣となろう者があの破天荒男の言いなりになってばかりで恥ずかしいとは思わないんですかーー!!待ちなさいカステ…いや高杉晋作!!!!この私が成敗してあげます!!」
「待って!!その次に成敗されるの俺っす!!やめてええーーー!!!!」
「東間………カステラどんだけ食べたかったの……。」
カステラを奪われた怒りを顕にする東間と必死にそれをなだめようとする俊輔、
そんな二人を見ながら雲母が呆れたようにため息をつくと、再び入り口の扉が勢いよく開いた。
「俊輔、いるか!!!!」
「あ…聞多さん…どうしたんっすか?そんな急いで……」
書状を握りしめ突如現れた聞多は、息を整えると不思議そうにする俊輔に喜々として言った。
「前に志願してた英国留学の話決まったぞ!!藩命で…行けることになった!!」
「ええっ!!ま…マジっすか…!!み…密航で留学って事っすよね…?」
「ああ、でも藩が手引きしてくれる!!期間は一年間。敵に勝つにはまず敵を知ること……どうだ、お前も一緒に行かねえか?ずっと洋行の件、志願してただろ。」
「え………!!?」
.............................................................
ー…バサッ……
「しつこい。」
「………はは…。」
一方晋作は、一足早く京に向かった玄瑞から連日送られてくる書状の山に眉間にシワを寄せていた。
「早く京に来い早く京に来いってなんなんじゃあいつは!!どんだけ!!」
「でも随分切迫した状況で早く来て欲しいって書いてありますよ…行った方がいいんじゃないですか?」
「ん~…けどまだこっちで気に食わん襲撃したい奴とかおるんよなあ~…。」
「晋作、早く行け。一刻も早く京に行け。」
相も変わらず攘夷の熱は冷めていないようで物騒なことばかり言う晋作に、こまと晴信は苦笑いを浮かべた。
だが晋作が江戸に残っていた本当の目的は、別のことだった。
「なんてのは後付じゃが…やらんにゃいけんことがある。それが終わったら京に行く。」
「やらなくちゃいけないこと…?」
「………ああ。何よりも大事なことだ。」
ー…ガラガラガラ………
「いやあ晴信がおってくれて助かったわ、俊輔の細腕だけじゃ頼りねえのなんのって。」
「ひどい!!確かに大八車がかなり軽いっすけど!!俺も微力ながら力になってるっすよー!!」
「し……晋作さんあの…これは…」
「先生だ。」
「……え…?」
こまが尋ねると、桶を乗せた大八車を押す晋作は真っ直ぐな目でそう答えた。
晋作が江戸に留まりやり残していた事、それがこれだったのだ。
「御上から安政の大獄に関わった志士の罪を許して身分を回復すると命があったのに松陰先生の亡骸は罪人が葬られる小塚原に埋葬されたままやったんじゃ。」
「高杉さんずっと気にしてたっすもんね。改葬してやりたいって。」
「……当たり前だ。」
「……。」
いつも荒っぽくてやりたい放題なくせに、こういった事には繊細に誰よりも気を回したりする。
まだ逮捕の危険の残る江戸で自分の身を顧みず今はなき師の名誉回復に努める晋作の姿に、こまは胸が締め付けられた。
「うむ…見直したぞ晋作、師を尊重することは大切なことだ。」
「高杉さん普段あんなっすけど本当は優しいんっすよね~。」
「あんなって何だよあんなって……ん……?」
そう言い合いながら車を押していた三人が橋を渡ろうと歩を進めると、番人と思しき男が駆けてきた。
まさか焼き討ちの件がバレたのかと三人が固唾を呑むと、番人の男は予想外の言葉を口にした。
「おい、その橋は将軍様が寛永寺に参られる時用の橋だ。大名以下の者は通れん、引き返せ。」
「え……ここ、通れないんですか…?」
別に今将軍が通っているという訳でもないのにとこまが困惑した顔を浮かべると、その言葉に誰よりも引っかかった晋作がゆらりと番人の前に歩み出た。
「どけ。」
「んなっ…聞こえなかったのか?だからこの橋は将軍様の……」
「天皇の命に従い勤王の志士を改葬するんじゃ…この橋を渡るのになんの文句があるんか!!!!!!!!!!」
「!!」
晋作はそう言い放つと、後ずさりする番人の前を悠然と通り過ぎた。
そんな晋作に続き皆が橋を渡り終えると、皆は顔を見合わせて笑った。
「ははは…晋作さんらしいと言うかなんと言うか…。」
「ああ、全くお構いなしだな。」
「いやもう…高杉さんっかっこいいっす…!!」
「お前ら何を笑っとる。さっさと行くぞ。」
「……はい!!」
こまは嬉しそうに頷くと、そのやりたい放題で荒っぽい男の背中を追いかけた。
そして晋作たちは長州藩の別荘がある大夫山に到着し、ようやく松蔭を罪人としてではない場所に改葬することができたのだった。
「ここ、松下村塾のあった松本村によく似てるっすね。いい所で良かったっす。」
「ああ。先生………遅くなってすみませんでした……。」
晋作たちは改葬を終えた墓の前でしばし手を合わせていた。
松蔭の故郷である萩の松本村によく似たこの地で、晋作は今は亡き師に思いを馳せているようであった。
「高杉さん……俺…やってみようと思うっす。」
「何を?」
「先生が見たいと望んだ異国を……先生の代わりというにはおこがましいっすけど…長州を、日本を守るために見てこようと思います。」
「俊輔……。」
「聞多さんが藩命で留学できることになって、その一行に加えてもらえることになったんっす。」
「そうか……じゃあ俺は日本で、お前は異国で、先生の志を遂げるために働くとするか。」
「………はい……!!!!!!」
伊藤俊輔はこの後、聞多とともに英国留学のための船に乗り
たった一年の留学ではあったがその恩恵は長州、そして後の日本の発展に大きく関わる事となる。
「あの…ひいてはこまさん…俺に英語を教えて下さいいいいい!!全然分かんないんっす~~~!!」
「えええっ!!い…今からですか!?」
「お願いします~~~勉強してたんっすけどどうも違う気がして~~!!!!」
「おいおい大丈夫なのかよ……言葉間違えてどっか連れてかれたりしてなー。」
「え…縁起でもないこと言わないで下さい~~~!!!!」
余談ではあるが伊藤俊輔らは英国留学に向かう際、洋行の目的を聞かれ”ネイヴィー(海軍研究)”を誤って”ネビゲーション(航海術)”と言ってしまい、
ロンドンまでの二ヶ月間水夫としてこき使われ、随行していた東間の叫換がインド洋にこだますることとなったのであった…。