第二十三話 風雲児再び
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ー…ザッ…
「信繁……。」
「……。」
仕事の休暇を使ってこの日、こまと晴信は長野県の寺を訪れていた。
二人はようやく訪れることが出来たその場所で、久々の再会に深く手を合わせていた。
「ずいぶん遠くまで付き合わせて悪かったな、こま。」
「いえ…私も行きたいと思っていましたので…会いに来ることが出来て良かったです…信繁さんに…。」
「そうだな、今なおこうして信繁の墓が残っているということだけでもありがたいことだ。ずっと行きたいと思っていたが…ようやく来ることができた…。」
晴信はそう言うと、目の前にある年月を経て随分小さくなってしまった信繁の墓を愛おしむように見つめた。
笑顔で信繁が去って行ったあの日からそう年月が過ぎていない二人の目には、その途方もない時間を感じさせる墓にまだ違和感が拭えないままだった。
ー…ガサッ…
「おや、これはこれは気が付きませんで失礼致しました。」
「いや、こちらこそ邪魔をしている。驚かせてすまなかったな。」
二人が声のした方を振り返ると、境内の奥から住職と思われる人の良さそうな男性が姿を表し頭を下げた。
随分と熱心に墓の前で手を合わせていた二人に、住職は穏やかな笑みを浮かべた。
「信繁公もお喜びになりますでしょう、ありがとうございます。」
「いや、こちらこそこの墓を守ってくれて感謝している。だがかつてこの寺は瑠璃光山鶴巣寺ではなかったか?信繁が亡くなった後に名を…?」
「おや、よくご存知でございますね。ここの寺は信繁公の墓を整備した松代藩主真田信之様が信繁様の官職である典厩から寺号を改め典厩寺となったと伝わっております。」
「真田…信之……?」
「幸綱さんの、お孫さんに当たる方ですよ。」
「幸綱の…!!」
晴信はこまに耳打ちされたその意外な人物の名に目を丸くした。
思い出されるのは天の邪鬼で素直ではないが忠義に厚い幸綱の姿。
そんな幸綱の武田家に対する思いが真田の子々孫々にも伝わっていたのかと思うと、晴信はこみあげる熱い思いをぐっと飲み込んだ。
「ですが…それ以前はこの墓は一人の巫女が守っていたと伝えられていましてね。自らの命が尽きるまでここに通い続け、墓にはいつも桔梗の花が飾られていたそうです。」
「「!!」」
「詳しい文献もありませんので武田家に縁のある巫女だったのかは分かりませんが…武田家や信繁様を思う人々の手でここが脈々と守られてきたことは確かでございましょうね…。」
「……。」
「ではごゆっくりどうぞ。春になると、桜もとても綺麗でございますのでまたいつでもお越しくださいね。」
住職はそう言って軽く頭を下げると、寺の奥に戻っていった。
残された二人は驚いた顔で顔を見合わせると、まったく同じ名を口にしていた。
「その巫女ってまさか…千代女さん…ですかね…?」
「ああ、千代女がきっと、信繁とずっと共にいてくれたのであろうな…。幸綱に千代女に…武田はまことに良き家臣に恵まれたものだ…感謝してもしきれぬな…。」
「それに……桔梗の花って…。」
「どうした?」
「ああいえ…なんでも…ありません。」
桔梗の花言葉は永遠の愛。
千代女がそれを知っていたから分からないが、それはきっと晴信や信繁の人柄ゆえであろう。武田家に仕えた者は皆その人柄に惚れ込み、そばにいた者ばかりだった。
だが当の本人はそうは思っていないようで、困ったように笑う晴信にこまはそっとその手を取り歩き始めた。
「武田はやはり…滅んでしまったのだな。」
「……はい。晴信さん、知っていたんですね。」
「あまり見ないようにしていたのだが解読部にいると嫌でも史料が目についてな…困ったものだ。」
「……。」
「皆には……随分と悪いことをしてしまった……。」
晴信はポツリとそう零すと、武田家の家臣たちの顔を一人ひとり思い出すように目を細めた。
こうして墓が残っていて行末が分かっている者、
文献にも残らずひっそりと姿を消し、どこでその生涯を終えたのかも分からない者。
皆の未来を背負っていたなどとはおこがましいが、自分の決断一つ違えば違う道が開けていたのではないかと思うとそう零さずにはいられなかった。
「…みんな自分自身で決めて進んだ道です。晴信さんのせいだなんて誰も思っていませんよ。みんな、晴信さんのことが大好きだったんですから…。」
「そうか……。」
「そうです、私を筆頭に!!…ずっと隣で見てきた私が言うんですから間違いありません!!」
そう言って笑顔を見せるこまに、晴信もまた頬を緩めた。
「いや、暗くなってすまなかったな。よし!!せっかく遠くまで足を伸ばしたのだ、何か美味いものでも食べに行こうか。」
「そうですね!!よーし、お店探してみますね!」
こうしていくら笑顔で蓋をしたって、思いはいつも堂々巡りするばかり。
うっかりと気を抜くと言葉が口からこぼれそうになる。
あの時代に晴信をもう一度戻せばと、そう言ってあげたくなってしまう。
でも、それは
「あ、晴信さんここなんてどうですか?」
「…ん?」
..........................................
ー…ゴトッ…
「はいお待ちどうさま!!十割蕎麦二人前ね。」
「いっただっきまーす!!」
寺から少し足を伸ばしたところにあった蕎麦屋に入った二人は、出された蕎麦を口に運ぶと思わず顔を見合わせて微笑んだ。
「おお、これは美味いな。」
「焼き味噌でって初めて食べましたけど美味しいですねえ。」
「はは、こま、頬に蕎麦が。どう食べたらそうなる。」
「ええ!!?ど…どこですか!!?」
最近あまり休みも取れていなかった二人は、久しぶりにゆっくりと穏やかに流れる時間を楽しんだ。
だがそんな穏やかな時間に割って入るように聞こえたテレビの聞き覚えのある名前に、こまは思わず箸を止めた。
「では次のニュースです。国営機関であるタイムレーン運用機関所属のタイムキーパーである長内弘道容疑者が今朝逮捕されました。」
ー…ガタッ…!!
「ええええええ!??キ……キーパーの……逮捕!?」
「長内容疑者はタイムレーンで得た情報を横流しする代わりに金銭を要求していたとして現在取り調べを受けており、国家公務員であるキーパーの逮捕に署は……」
「これは…一大事なのではないか…?」
「はい…それに長内って………まさか……。」
ー…ピピピピピピッ……
「「!!」」
その瞬間、晴信とこまのポケットから同時にけたたましい呼び出し音が響いた。
あまり普段鳴ることのない着信音に、こまは慌ててそれを取り出した。
「こ…今度は何…!?」
「これは仕事用にもらった通信機器…。なになに…」
「「緊急招集……!?」」
突然のその出来事に、二人は蕎麦を食べるのも忘れて顔を見合わせた。
突如もたらされたキーパー逮捕のニュースと、それと同時に届いたメール。
だがその一通のメールがこまに再びあの出会いをもたらすことになろうとは、
この時はまだ、知る由もなかった……。