第二十二話 金平糖の記憶
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ー…ガラッ
「おはようございます!!」
「ああこま、お早う。」
「ふふ…まさか本当に一緒に働くことになるなんて今も信じられないです。」
「本当だな…力になれるかは分からぬが、最善を尽くそう。」
出社してドアを開けると、そこには慣れないキーパーの制服に身を包んだ晴信の姿があった。
その幸せな光景に思わず朝から頬が緩んだこまは、軽い足取りで自分の机に向かった。
「あ、こまちゃんと新人キーパーくんおはよ~!!」
「ああ、鳴門さんだったか…おはよう。」
「ははっ!!栞奈でいいよ、固いっ苦しいの苦手だし!!それにしても…なーんかどこかで見たことあうような…気のせいかな?」
「ああああ栞奈さんに私前に彼氏だって写真見せませんでしたっけ?飲んだ時だったんで忘れてるんじゃないですかね~!!」
そう慌てて取り繕うこまに、栞奈はそうだっけと首を傾げた。
皆信玄と同姓同名というだけで深く怪しむ者はなく、ひとまずそのことにこまは胸をなでおろしていた。
(このままみんなと早く打ち解けてこの場所が晴信さんにとって居心地のいいものになったらいいな…。)
「やあ、君が新しいキーパーの武田くんか!!私は石器時代担当の榎田です。今度ぜひうちの石器時代のヘルプにも来て下さいね!!」
「おお、よろしく頼む!!ぜひ最善を尽くそ…」
「晴信さん!!ちょっと待ってそれは最善を尽くさなくていいです!!」
キーパーとなって数日、晴信は元来の穏やかな気性も手伝って次第に他のキーパー達とも打ち解け始めていた。
だがその様子を遠巻きに見ていた蛍は、不安げな顔でハアとため息をついた。
「本当に大丈夫かいな…。」
「どうした蛍、顔色がすぐれぬぞ。」
「誰のせいやと思っとるんよ…くれぐれも本物の武田信玄ってバレんようにしてよ!!」
「ははは、ああ、分かっておる。蛍は朝からそればかりだな。」
「当たり前や!!まったく…本当に分かっとるんかいな…。」
そう言ってハアとため息をつく蛍に、御幸はアハハと苦笑いを浮かべた。
「まあ変に挙動不審になるよりかいいだろ。信玄公を親が好きでつけた名前だって言えば大体のやつは疑問にも思わねえだろうよ。ただ……」
「ただ?」
「東間にだけは気を付けろ。あいつは他のやつとは比べ物にならねえ程執念深くて目ざとい奴だからな。」
「東間…?」
「あの…織田の家臣で一度武田に来ていた人です…眼鏡の…。」
こまの言葉に東間の顔を思い出した晴信は、合点がいったように頷いた。
あの時会った東間は一つの信用もおけないような顔をしていて晴信も一蹴していただけに、御幸の言葉に深く納得した。
「こまを織田家に嫁にと言うておった織田の使いの男か…!!あの者もキーパーだったとは……」
「どいていただけますか?呑気な八雲班の皆さん。」
「「!!」」
その瞬間、聞き覚えのある粘着質な声に四人は驚き振り返った。
するとそこには怪訝な顔を浮かべた東間その本人が雲母を伴い立っていた。
「あああなたが新しい八雲班の新人ですか…なんでもあの田舎武将と同じ名前だとか。」
「田舎武将だと……?」
「ええ、その無骨な出で立ちもどことなく似ているような…。」
「あ…東間さん!!そういう言い方はやめてください……!!」
東間の嫌味な言葉に、たまらずこまが怒りの滲んだ顔で二人の間に入った。
だがそんなこまの態度とは裏腹に晴信は穏やかに笑ってみせると、東間ににこやかに歩み寄った。
「両親が信玄と同じ名を贈ってくれたので似ていると言われるのは嬉しいな。右も左も分からぬ不束者ゆえ以後宜しく頼む。」
「………ふん。本当によく似ていますが、あの男よりは話がわかるようですね。それにしても…」
「……。」
「あなたも…過去の面影から逃れられませんでしたか。」
「………え…?」
(あなた"も"…?)
東間はそうポツリと見下ろしたこまに向けて言うと、ブツブツと何かを呟きながら懐から取り出した金平糖を口に放り込んだ。
ガリガリと金平糖を食べ続けるその東間の様子はどこか狂気すら感じられ、去っていく東間の背中を見ながらこまは息を呑んだ。
「上出来だよ若、失礼なやつですまねえな。」
「ホント、よう怒らんやったわ。」
「はは、私がどう言われても構わぬ、それに田舎武将は本当のことだ。絶対に正体を明かさぬと誓った以上それなりのことはするさ。」
「……。」
「だから八雲、お前ももう私を若と呼ばなくてよいぞ。そもそもそう呼ばれるには随分と歳を取りすぎているからな。」
「若……。」
「はは、若と呼ぶなと言うたそばから…。」
ー…ガタッ…
「…蛍、ちょっといい。」
「雲母…。」
東間から離れ蛍を呼んだ雲母は、不思議そうな顔を浮かべる晴信の顔をじっと見つめた。
そうして確信を持った雲母は、部屋から出た蛍に詰め寄った。
「あれ……どういうこと!?本物の武田信玄じゃない……!!」
「……え、違うけど。」
「とぼけないで!!私は一度会ったことがある…少し年齢が上に見えるけれどあれは同一人物でしょう…!!一体何で…バレたらどうなると思ってるの!?」
鬼気迫る表情の激昂する雲母の言葉に、のらりくらりとごまかしていた蛍はピタリと動きを止めた。
「バレたら一生塀の中、下手すりゃ殺されるわ。そんなこと絶対にこまちゃんにはさせられん。やけん絶対にバレたらいかんのや…。」
「え……?」
「あの武田信玄は死ぬはずやった病をこまちゃんに治されて寿命を伸ばした武田信玄や……あの時代に戻すわけにはいかん。」
「……!!じゃあ…いっそ……」
「僕が寝込みを襲って殺せんかった男を…雲母が殺せるっていうなら殺してほしいわ。」
「…そ…れは…。」
雲母が返答に困り口ごもると、蛍はハアとため息をついた。
現在蛍の上を行く戦闘力を持ったアンドロイドはいない、その蛍が手を焼く相手を雲母が殺せるはずもないのは明白だったのだ。
「絶対にバレんようにするって約束させとる…もし何か不審な行動をするようならどんな卑怯な手を使ってでも殺すつもりや。それを見張るには…そばにおったほうがいい。」
「……そう…大丈夫なら…いいの。」
「……大丈夫…ねえ。大丈夫やないのはそっちなんやないん。東間さんのあの目…明らかに正気やないやろ。」
「………!!」
「まさか"また"…変わったんやないやろうね。」
「昔のままのあの人やったらこっちの心労も減るっていうのに…。あれ以上変わったらもう…。」
「……違う!!あれはそんなんじゃない……あれは……」
「?」
「…いい。じゃあ、戻る。」
「雲母…?」
ー…カタッ…
「誰!?」
背後から突如響いた音に蛍が弾かれたように振り返ったが、そこに人の気配はなかった。
雲母との話を聞かれたかもとあたりを見回した蛍だったが、不思議そうに首を傾げた。
「おかしいなあ…気のせいやったんやろうか…?」