【月寿】一番の笑顔は貴方だけに。
「今日はほんまにありがとうございましたー!」
大声をマイクに乗せる。それから満開の笑顔も。
「キャー!じゅさーっ!」
返ってきた声援に大きく手を振る。
沢山のペンライトの光に目が眩む。けれどそれが心地いい。
大きなステージ、満員になった観客席、溢れんばかりの声援。
マイクを持った右手を空に突き上げる。
──やっとこの場所まで、辿り着いた。
「はぁ、つっかれたー!」
3時間超えのコンサートを終え、控え室に戻る。
ドサッとイスに座ると修二さんが笑った。
「お疲れ。いつも以上に気合入ってたもんなぁ、じゅさは」
「え?そうでした?……って、いつも全力やから!」
修二さんは俺と同じアイドルグループのメンバーだ。
リーダーである彼はいつも屈託なく笑って場の空気を和ませてくれる。
「せやな。悪い、悪い。けどそんぐらいええパフォーマンスやったってことや」
「ほんまでっか!?それは嬉しいですわぁ」
「ダンスもビシッと決まってたわ。なぁ、リョーガ」
「俺から言わせりゃまだまだだけどな。何回か転びそうになってたし」
「うっ……誤魔化せてたからセーフってことで」
カカカッと笑ったのはリョーガさんだ。同じく一緒のグループでダンスが異常に上手い。
ブレイクダンスの世界大会で優勝した経験もあるほどの実力者だ。
そんな2人と俺の3人で組まれたアイドルグループの名前は「ミラクル★スター」という。
歌とダンスとトークの面白さが売りで、人気は高い方だ。
元々ミラクル★スターは2人のものだった。
2人でやっていた時からアイドル界隈では有名で、俺は2人に憧れを抱いていた。
歌を歌えばハモリがピッタリと合う、ダンスをすれば桁違いの上手さを見せつけられる、口を開けば芸人顔負けの面白いトークを繰り広げる。
(カッコええなぁ……)
2人の映像を見ながらひたすら歌とダンスの真似をしていた俺は現場に行く度に憧れを募らせていった。
そんな時に追加メンバーオーディションの噂を聞いた。
ミラクル★スターに新しいマネージャーが付き、そのマネージャーが新メンバー加入を考えているらしかった。
正直俺には2人と並んで歌って踊れる程の技術はない。
けれどこのチャンスを逃したら確実に後悔する。
そう思った俺は勢いでオーディションに応募し、奇跡を起こしたのだった。
合格の連絡は電話で貰った。寝起きで相手も分からず電話に出るとミラクル★スターのマネージャーで、簡潔に合格だということを説明してくれた。
「え……は?えっ!?マジですか!?」
「あぁ。2人もお前のオーディション映像を見て納得している。詳細は後程メールで連絡する」
淡々と言うマネージャーは少し冷たさを感じさせる声だった。もしかしたら厳しい人なのかもしれない。
「分かりました。ありがとうございます!頑張ります!」
電話を切った後、信じられなくて何度も自分の頬をつねった。
痛みで現実だと知り、今度は嬉し泣きしてしまった。
そして翌日、メールに書かれた場所へ行き──前日と同じぐらいの衝撃を受けた。
「マネージャーの越知だ。よろしく」
声色の通り少し近寄り難い雰囲気を醸し出していたマネージャーから名刺を受け取り、言葉を返した。
「あのっ!……結婚してくださいっ!」
──運命の人に出会った時、人間はこれ程までにおかしくなるのだと身を持って知った。
そんな俺の問題行動はすぐに広まったようで、初めてミラクル★スターの2人に会った時も挨拶より先に茶化された。
「ツッキーにプロポーズしたんやって?最高やんなぁ」
「よりによってアイツに言うなんてすげぇわ、お前」
「え?えへへ……それほどでも」
「絶対タダモンやないわ、毛利寿三郎くん」
「長ぇからじゅさでいいだろ。よろしくな、じゅさ!」
「あ、はい!よろしゅうたのんます!」
差し出された手を握り返す。
そうして俺は憧れのミラクル★スターの一員になったのだった。
それからの日々は充実していた。
勉強することが多くて混乱した時は修二さんが支えてくれたし、歌よりも苦手なダンスはリョーガさんが徹底的に教えてくれた。
厳しさよりも優しさが強い2人の指導に助けられることばかりだった。
いつか2人に恩返しがしたい──その為には今自分が出来ることをしなければ。
割と何でも器用にこなしてきた自分だったが、ミラクル★スターに対しては慎重だった。
「ある程度出来るようになった」など出来ないのと一緒だ。
「完璧に出来るようになった」と思えるまで努力を重ねた。
今までで一番一生懸命生きている気がした。それ程までに2人と、そしてマネージャーといるのが楽しかった。
加入祝いで飲み会を開いてもらった時は3人に盛大に祝って貰った。
「ほんまにおめでとな、じゅさ。一生懸命やっとるの見てるとこっちもええ刺激受けとるわ」
「思ったよりずっと飲み込み早いしすげぇわ。お前のこと選んで良かったってマジで思ってるぜ」
「あ、ありがとうございます!」
修二さんとリョーガさんの言葉が嬉しくて涙ぐむ。
「まぁでも何よりすごいんはやっぱり初日にツッキーにプロポーズしたことやな」
「だな!正直それだけでお前のこと選んだ価値あったと思う」
「え!またその話ですか!?」
2人は定期的にその話題を引っ張り出して俺のことをからかう。
その度に寡黙なマネージャーは口の端を軽く上げる。
呆れているようなその笑い方もカッコ良くて見る度にドキドキしてしまう。
俺の感情は顔に出ていたのだろう。
2人がニイッと笑って左右から頬を突いてくる。こういう所まで息ピッタリだ。
「照れとる照れとる」
「マネージャーのこと落とせるように頑張れよ」
「いやいや、落とすって!月光さん、恋人おるんやないんですか!?」
カッコ良くて仕事も出来て文句の付け所がない月光さんには恋人がいるものだと思っていた。
だから初見でやらかしたあの事件以来、グイグイ行くのは辞めていたのだけれど。
「特にいないが」
本人からの一言で俺の気持ちは一気に有頂天になった。
別に好きだと言われたわけではない。それでも可能性は上がった。それだけで自分の頑張る意欲になる。
「じゃあ、頑張ります!」
そう言ってビールを一気飲みする。
ガンッとジョッキを置くと2人にパチパチと拍手された。
「おー、頑張りや。応援してるで。ますます楽しくなりそうやなぁ、リョーガ」
「だな。マネージャーの言う通り新メンバー入れて正解だったぜ」
「あぁ。お前たちは現状に満足しきっているようだったから何か変化が必要だと思った。少し強すぎたがな」
「ツッキーの言う通りや。じゅさのおかげで俺ももっと頑張らなあかんと思えたし」
「気ぃ抜いてたらひっくり返されちまうもんな。それだけはやらせねぇ」
3人は俺を見て何か喋っていたけれど脳内がぽわぽわとしていた俺には何も分からなかった。
ただ笑顔で見ていてくれたから、きっと悪いことではなかったはずだ。
俺がミラクル★スターに入って1ヶ月経った。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様。また来週ね」
「はい、ありがとうございます」
ボイトレを終えてスタジオを後にする。
今日の練習は上手く行ったと思う。褒められることも多かったし、自分としても収穫があった。
1ヶ月経って歌もダンスもかなり上手くなったと思うが、俺の不安要素は別の部分にあった。
「はあ……」
その悩みは2人に言える類のものでなく、それがますます俺を悩ませていた。
とぼとぼとスタジオから駅へと歩き出す。
公園前に差し掛かった時、車のクラクションが鳴らされた。
目を向けると窓越しに月光さんの姿が見えた。
ぱあっと俺の顔が輝く。近付くとドアが開いた。
「通りがかったついでにな。帰るんだろう?乗っていけ」
「わっ!ええんですか?ありがとうございます!」
助手席に座り、シートベルトを締める。
月光さんの車には何度か乗せてもらったことがある。だが2人きりは初めてだった。
少しだけドキドキしてしまうけれどその気持ちを隠して笑った。
「月光さん、この辺でお仕事やったんですか?」
「あぁ。打ち合わせがあってな。ちょうどお前が終わる頃かと思って寄ってみた」
「ドンピシャやったんで助かりましたわ」
赤信号になり車が止まった瞬間、月光さんがこちらを向いた。
「で、何があった?」
「え?何の話でっか?」
キョトンとする俺に月光さんは苦笑する。
「最近のお前を見ていれば分かる。何か悩んでいるんだろう?」
「あっ……えーっと、バレちゃいました?そないに分かりやすかったかなぁ」
「注視すれば分かる程度だ。気にするな。ただ誰にも言えずにいるのなら言って欲しいと思ってな。2人には言わないでおく」
「月光さんは何でもお見通しやなぁ。ほんまは俺が何も言わんでも内容まで分かってるんとちゃいます?」
「察しはつくがお前の言葉を待つことにする」
ウインカーを出し、車は右折した。
俺の家は直線の方が近い。遠回りするつもりなのは俺の話を聞くためだろう。
誰にも言わないつもりだったが月光さんに甘えることにした。
「……俺は2人に憧れてオーディション受けました。元々アイドルにはなりたかったけど、2人に出会ってなかったら本気になってなかったと思います」
「成程」
「だからあのオーディションは俺の中で分岐点でした。受かったらアイドルになれってことだし、落ちたら諦めろってことなんだって」
実際当時の俺はあのオーディション以外挑戦していない。
2人と同じ場所に立てるというチャンスがなければそもそもステージに立とうとも思わなかっただろう。
「奇跡的に俺は選んでもらえて、アイドルになることが出来ました。本当に嬉しかったんです。夢のようで。だから今でも信じられなくて」
「……1ヶ月、必死に頑張っていたからな。悩みも見えなかったのかもしれない」
「はい。少しだけ冷静になってきて──自分の悩みを実感しました。俺、ここに入れてもらって良かったのかなぁって」
ミラクル★スターは2人のものだ。ずっと2人で頑張ってきたからこそ今がある。
俺はそれに便乗したに過ぎない。
だから2人のファンに受け入れてもらえるかどうかが不安だった。
「オーディションがあるって噂を聞いた時もファンの中では賛否両論でした。むしろ否定派の方が多かったです。当たり前やんね。俺も目指してへんかったらそう思ってたと思うから」
修二さんとリョーガさんの2人で問題なく成り立っていたグループなのだ。
皆そんな2人を好きになって応援しているのだから「3人目」など邪魔者でしかない。
「そう思ったら不安になってきてしもて。発表した時、どうなってまうんやろって」
俺が新メンバーとして発表されるのは2日後だ。
ステージに立つわけではなく小さなスタジオの生配信で発表される。
目の前にファンがいないとはいえ画面越しでは数多くの人々が見ることになる。
反対コメントの方が多いことは覚悟しているが、それでも2人の足手纏いにはなりたくない。
俯く俺の頭を月光さんが撫でた。
気付くと車はどこかの駐車場に停められていた。
「少し歩くか」
「え?はい」
車を降りるとそこは大きな公園のようだった。
緑が多く、天気の良い今は特に空気が澄んでいるように感じられた。
「んー、気持ちええなぁ」
身体を伸ばして公園内を並んで歩く。少し経った頃、月光さんが言った。
「オーディションの件は把握している。反発の方が多いことも分かっていた。それでも無理を通したのは俺だったからな」
「新しいマネージャーになったと同時にオーディションすることになったって聞いてたんで月光さんのことやったんやろうなとは思ってました」
「最初は2人も反発していたぐらいだ」
「そうなんでっか!?」
それは初耳だった。快く受け入れてくれた2人だから「3人目」に好意的だったのだと勝手に思っていた。
むしろそれでよくオーディションが開催されたものだと思う。
「あぁ。2人の間に何らかの問題が生じたわけではないし、人気が低迷していたわけでもなかったからな」
「そんならどうしてオーディションしようと思ったんですか?」
「低迷しているわけではないが、2人ではそれより上に行けないと思ったからだ」
「え……でも」
「お前が言いたいことは分かる。人気がなかったわけではないからな。けれどそれは狭い視野の話で、広く見ればどちらかと言うと人気のない方だった」
「……」
「2人にもその話をした。未来が見えるわけでもないのに何で分かるんだと噛み付かれたがな」
反発する2人の気持ちも分かる。新しく来たマネージャーにそんなことを言われたら怒りたくなるだろう。
「簡単に言えば2人ともぬるま湯に浸かっている状態だったわけだ。そんな調子で続けたところで上へ行けるはずがない。今は良くても必ず落ちると切り捨てた。それに歯向かってくるようであれば2人のマネージャーはやめていたと思う」
「ほなそれ聞いて修二さんとリョーガさんはオーディションに納得したんや」
「そういうことだ。その決心は間違っていなかったと2人は言っていたし、俺もそう思っている。お前が来てくれたことは間違いなくプラスだ」
「っ!」
微笑と共に言われた言葉があまりにも嬉しくてじわりと涙が滲んだ。
「発表時は当然否定意見も多いだろう。気にしなくていいと言っても気になると思うから意見は見なくていい。ただお前はパフォーマンスを本気でやってくれればいいし、それで否定意見を捻り潰す力があると俺は思っている」
「月光さん……」
「不安に思うのは当然だ。2人もその点は分かっていると思う。大丈夫だ、お前のことは俺たちが絶対に守るから」
涙が一筋零れた。それからはもう溢れ出てしまった。
「ありがとう……ございます……」
泣きじゃくる俺の背を撫でつつ車に連れて行ってくれた月光さんのことを更に好きになってしまったのは言うまでもない。
その2日後、俺は圧巻のパフォーマンスを魅せることが出来た。
月光さんに悩みを聞いてもらったおかげか気持ちも身体も軽く、2人に引けを取らない歌とダンスをした。
「こんな感じでコイツめっちゃ上手ぇわけ」
「いや、そんなそんな!」
「じゅさが一番上手いやんって言われんように頑張らんとな」
「おふたりにはまだまだ届かへんから!けど全力で頑張りますわ!」
パフォーマンスの後、2人に紹介してもらった俺は照れ笑いを浮かべつつカメラにピースサインを向けた。
それは月光さんに対するサインだったのだけれど、彼に届いたかは分からない。
けれどきっと──届いただろうと思う。
デビューしてからの日々は更に目まぐるしく過ぎていった。
少しずつ人気になっていく自分を実感し、ますますレッスンに力が入っていった。
もっともっと上手くなりたいと思う。2人に追い付きたいと思う。
小さなステージから始まった俺の一歩は半年後、アリーナを埋めるほどまで成長していた。
そして今日、その場に立って感動してしまった。
最後は大泣きして2人に支えられながらステージを後にしたのだけれど、俺たちがいなくても止まない声援が嬉しかった。
思い返してまた涙が滲んでくる。
「こないに大きなステージに立てるなんてなぁ。頑張ってきた甲斐があったわ」
「そうだな。きっと俺たちだけじゃ立てなかった場所だ。マネージャーとじゅさに感謝しねぇと。って言ってたら来たみたいだぜ、マネージャー」
ドアを開けて入ってきた月光さんはクールな表情を崩さず、けれど嬉しそうな声で言った。
「すごく良かった」
「ほんま?おおきに!今ちょうどツッキーとじゅさのおかげやなってリョーガと言うてたとこやねん」
「それもあるかもしれないが半数以上はお前たちの努力だ」
「お、珍しく褒めてくれんじゃん。嬉しいねぇ」
「今日ぐらいはな」
話している3人のことを眺めていると夢のような気持ちになる。
まるで先程までのコンサートが夢だったのではないかと思うぐらいに──。
「じゅさ」
名前を呼ばれてハッとする。
気付くと部屋には月光さんしかいなかった。
「あれ?おふたりは?」
「もう一度ステージを見に行くらしい。そういう口実だろうが」
「口実?」
「頑張ったお前にご褒美あげろと言って行ったからな」
「え?あ、それってもしかして」
ぱあっと顔を輝かせた俺に月光さんは苦笑する。
「この状況のことだろうな」
「うぅ……おふたりが優しい」
俺の気持ちを知っている修二さんとリョーガさんは時折こうして月光さんと2人きりにしてくれる。
2人きりになるのは幸せなのだが、一気に緊張してしまう。
流石に初対面のようなことはもうやらかさないけれど。
黙っていると月光さんが言った。
「今日のステージは今までで一番良かった」
「ありがとうございます!」
「お前にも沢山のファンがいると実感出来たんじゃないか?」
「はい。ほんまに……最後そう思って泣いちゃいましたわ」
「感情を露わに出来るのはお前の魅力のひとつだと思う」
そう言って月光さんは俺の頭をぽんと優しく叩いた。
触れられただけでドキッとしてしまう。
「えへへっ!月光さんに言われるとほんまに嬉しいですわ」
「だからもう不安に思うことはないし、心配しなくていい。俺はお前が2人より劣っているとは思わない」
「……はいっ!2人にもそれは言われたんでもっと自信持ちたいと思います。そんで……」
月光さんに視線を合わせて一番の笑顔を向けた。
「いつか月光さんに俺のこと好きって言わせたるんや」
「ふっ……楽しみにしている」
ぐしゃぐしゃと髪の毛を強く撫でられる。
今の俺にはこれで充分。むしろこれでも嬉し過ぎる。
(もっともっと大きな舞台に立てたら、その時は──)
思い馳せる俺を見て月光さんが優しい笑みを見せてくれたことには気付かなかった。
大声をマイクに乗せる。それから満開の笑顔も。
「キャー!じゅさーっ!」
返ってきた声援に大きく手を振る。
沢山のペンライトの光に目が眩む。けれどそれが心地いい。
大きなステージ、満員になった観客席、溢れんばかりの声援。
マイクを持った右手を空に突き上げる。
──やっとこの場所まで、辿り着いた。
「はぁ、つっかれたー!」
3時間超えのコンサートを終え、控え室に戻る。
ドサッとイスに座ると修二さんが笑った。
「お疲れ。いつも以上に気合入ってたもんなぁ、じゅさは」
「え?そうでした?……って、いつも全力やから!」
修二さんは俺と同じアイドルグループのメンバーだ。
リーダーである彼はいつも屈託なく笑って場の空気を和ませてくれる。
「せやな。悪い、悪い。けどそんぐらいええパフォーマンスやったってことや」
「ほんまでっか!?それは嬉しいですわぁ」
「ダンスもビシッと決まってたわ。なぁ、リョーガ」
「俺から言わせりゃまだまだだけどな。何回か転びそうになってたし」
「うっ……誤魔化せてたからセーフってことで」
カカカッと笑ったのはリョーガさんだ。同じく一緒のグループでダンスが異常に上手い。
ブレイクダンスの世界大会で優勝した経験もあるほどの実力者だ。
そんな2人と俺の3人で組まれたアイドルグループの名前は「ミラクル★スター」という。
歌とダンスとトークの面白さが売りで、人気は高い方だ。
元々ミラクル★スターは2人のものだった。
2人でやっていた時からアイドル界隈では有名で、俺は2人に憧れを抱いていた。
歌を歌えばハモリがピッタリと合う、ダンスをすれば桁違いの上手さを見せつけられる、口を開けば芸人顔負けの面白いトークを繰り広げる。
(カッコええなぁ……)
2人の映像を見ながらひたすら歌とダンスの真似をしていた俺は現場に行く度に憧れを募らせていった。
そんな時に追加メンバーオーディションの噂を聞いた。
ミラクル★スターに新しいマネージャーが付き、そのマネージャーが新メンバー加入を考えているらしかった。
正直俺には2人と並んで歌って踊れる程の技術はない。
けれどこのチャンスを逃したら確実に後悔する。
そう思った俺は勢いでオーディションに応募し、奇跡を起こしたのだった。
合格の連絡は電話で貰った。寝起きで相手も分からず電話に出るとミラクル★スターのマネージャーで、簡潔に合格だということを説明してくれた。
「え……は?えっ!?マジですか!?」
「あぁ。2人もお前のオーディション映像を見て納得している。詳細は後程メールで連絡する」
淡々と言うマネージャーは少し冷たさを感じさせる声だった。もしかしたら厳しい人なのかもしれない。
「分かりました。ありがとうございます!頑張ります!」
電話を切った後、信じられなくて何度も自分の頬をつねった。
痛みで現実だと知り、今度は嬉し泣きしてしまった。
そして翌日、メールに書かれた場所へ行き──前日と同じぐらいの衝撃を受けた。
「マネージャーの越知だ。よろしく」
声色の通り少し近寄り難い雰囲気を醸し出していたマネージャーから名刺を受け取り、言葉を返した。
「あのっ!……結婚してくださいっ!」
──運命の人に出会った時、人間はこれ程までにおかしくなるのだと身を持って知った。
そんな俺の問題行動はすぐに広まったようで、初めてミラクル★スターの2人に会った時も挨拶より先に茶化された。
「ツッキーにプロポーズしたんやって?最高やんなぁ」
「よりによってアイツに言うなんてすげぇわ、お前」
「え?えへへ……それほどでも」
「絶対タダモンやないわ、毛利寿三郎くん」
「長ぇからじゅさでいいだろ。よろしくな、じゅさ!」
「あ、はい!よろしゅうたのんます!」
差し出された手を握り返す。
そうして俺は憧れのミラクル★スターの一員になったのだった。
それからの日々は充実していた。
勉強することが多くて混乱した時は修二さんが支えてくれたし、歌よりも苦手なダンスはリョーガさんが徹底的に教えてくれた。
厳しさよりも優しさが強い2人の指導に助けられることばかりだった。
いつか2人に恩返しがしたい──その為には今自分が出来ることをしなければ。
割と何でも器用にこなしてきた自分だったが、ミラクル★スターに対しては慎重だった。
「ある程度出来るようになった」など出来ないのと一緒だ。
「完璧に出来るようになった」と思えるまで努力を重ねた。
今までで一番一生懸命生きている気がした。それ程までに2人と、そしてマネージャーといるのが楽しかった。
加入祝いで飲み会を開いてもらった時は3人に盛大に祝って貰った。
「ほんまにおめでとな、じゅさ。一生懸命やっとるの見てるとこっちもええ刺激受けとるわ」
「思ったよりずっと飲み込み早いしすげぇわ。お前のこと選んで良かったってマジで思ってるぜ」
「あ、ありがとうございます!」
修二さんとリョーガさんの言葉が嬉しくて涙ぐむ。
「まぁでも何よりすごいんはやっぱり初日にツッキーにプロポーズしたことやな」
「だな!正直それだけでお前のこと選んだ価値あったと思う」
「え!またその話ですか!?」
2人は定期的にその話題を引っ張り出して俺のことをからかう。
その度に寡黙なマネージャーは口の端を軽く上げる。
呆れているようなその笑い方もカッコ良くて見る度にドキドキしてしまう。
俺の感情は顔に出ていたのだろう。
2人がニイッと笑って左右から頬を突いてくる。こういう所まで息ピッタリだ。
「照れとる照れとる」
「マネージャーのこと落とせるように頑張れよ」
「いやいや、落とすって!月光さん、恋人おるんやないんですか!?」
カッコ良くて仕事も出来て文句の付け所がない月光さんには恋人がいるものだと思っていた。
だから初見でやらかしたあの事件以来、グイグイ行くのは辞めていたのだけれど。
「特にいないが」
本人からの一言で俺の気持ちは一気に有頂天になった。
別に好きだと言われたわけではない。それでも可能性は上がった。それだけで自分の頑張る意欲になる。
「じゃあ、頑張ります!」
そう言ってビールを一気飲みする。
ガンッとジョッキを置くと2人にパチパチと拍手された。
「おー、頑張りや。応援してるで。ますます楽しくなりそうやなぁ、リョーガ」
「だな。マネージャーの言う通り新メンバー入れて正解だったぜ」
「あぁ。お前たちは現状に満足しきっているようだったから何か変化が必要だと思った。少し強すぎたがな」
「ツッキーの言う通りや。じゅさのおかげで俺ももっと頑張らなあかんと思えたし」
「気ぃ抜いてたらひっくり返されちまうもんな。それだけはやらせねぇ」
3人は俺を見て何か喋っていたけれど脳内がぽわぽわとしていた俺には何も分からなかった。
ただ笑顔で見ていてくれたから、きっと悪いことではなかったはずだ。
俺がミラクル★スターに入って1ヶ月経った。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様。また来週ね」
「はい、ありがとうございます」
ボイトレを終えてスタジオを後にする。
今日の練習は上手く行ったと思う。褒められることも多かったし、自分としても収穫があった。
1ヶ月経って歌もダンスもかなり上手くなったと思うが、俺の不安要素は別の部分にあった。
「はあ……」
その悩みは2人に言える類のものでなく、それがますます俺を悩ませていた。
とぼとぼとスタジオから駅へと歩き出す。
公園前に差し掛かった時、車のクラクションが鳴らされた。
目を向けると窓越しに月光さんの姿が見えた。
ぱあっと俺の顔が輝く。近付くとドアが開いた。
「通りがかったついでにな。帰るんだろう?乗っていけ」
「わっ!ええんですか?ありがとうございます!」
助手席に座り、シートベルトを締める。
月光さんの車には何度か乗せてもらったことがある。だが2人きりは初めてだった。
少しだけドキドキしてしまうけれどその気持ちを隠して笑った。
「月光さん、この辺でお仕事やったんですか?」
「あぁ。打ち合わせがあってな。ちょうどお前が終わる頃かと思って寄ってみた」
「ドンピシャやったんで助かりましたわ」
赤信号になり車が止まった瞬間、月光さんがこちらを向いた。
「で、何があった?」
「え?何の話でっか?」
キョトンとする俺に月光さんは苦笑する。
「最近のお前を見ていれば分かる。何か悩んでいるんだろう?」
「あっ……えーっと、バレちゃいました?そないに分かりやすかったかなぁ」
「注視すれば分かる程度だ。気にするな。ただ誰にも言えずにいるのなら言って欲しいと思ってな。2人には言わないでおく」
「月光さんは何でもお見通しやなぁ。ほんまは俺が何も言わんでも内容まで分かってるんとちゃいます?」
「察しはつくがお前の言葉を待つことにする」
ウインカーを出し、車は右折した。
俺の家は直線の方が近い。遠回りするつもりなのは俺の話を聞くためだろう。
誰にも言わないつもりだったが月光さんに甘えることにした。
「……俺は2人に憧れてオーディション受けました。元々アイドルにはなりたかったけど、2人に出会ってなかったら本気になってなかったと思います」
「成程」
「だからあのオーディションは俺の中で分岐点でした。受かったらアイドルになれってことだし、落ちたら諦めろってことなんだって」
実際当時の俺はあのオーディション以外挑戦していない。
2人と同じ場所に立てるというチャンスがなければそもそもステージに立とうとも思わなかっただろう。
「奇跡的に俺は選んでもらえて、アイドルになることが出来ました。本当に嬉しかったんです。夢のようで。だから今でも信じられなくて」
「……1ヶ月、必死に頑張っていたからな。悩みも見えなかったのかもしれない」
「はい。少しだけ冷静になってきて──自分の悩みを実感しました。俺、ここに入れてもらって良かったのかなぁって」
ミラクル★スターは2人のものだ。ずっと2人で頑張ってきたからこそ今がある。
俺はそれに便乗したに過ぎない。
だから2人のファンに受け入れてもらえるかどうかが不安だった。
「オーディションがあるって噂を聞いた時もファンの中では賛否両論でした。むしろ否定派の方が多かったです。当たり前やんね。俺も目指してへんかったらそう思ってたと思うから」
修二さんとリョーガさんの2人で問題なく成り立っていたグループなのだ。
皆そんな2人を好きになって応援しているのだから「3人目」など邪魔者でしかない。
「そう思ったら不安になってきてしもて。発表した時、どうなってまうんやろって」
俺が新メンバーとして発表されるのは2日後だ。
ステージに立つわけではなく小さなスタジオの生配信で発表される。
目の前にファンがいないとはいえ画面越しでは数多くの人々が見ることになる。
反対コメントの方が多いことは覚悟しているが、それでも2人の足手纏いにはなりたくない。
俯く俺の頭を月光さんが撫でた。
気付くと車はどこかの駐車場に停められていた。
「少し歩くか」
「え?はい」
車を降りるとそこは大きな公園のようだった。
緑が多く、天気の良い今は特に空気が澄んでいるように感じられた。
「んー、気持ちええなぁ」
身体を伸ばして公園内を並んで歩く。少し経った頃、月光さんが言った。
「オーディションの件は把握している。反発の方が多いことも分かっていた。それでも無理を通したのは俺だったからな」
「新しいマネージャーになったと同時にオーディションすることになったって聞いてたんで月光さんのことやったんやろうなとは思ってました」
「最初は2人も反発していたぐらいだ」
「そうなんでっか!?」
それは初耳だった。快く受け入れてくれた2人だから「3人目」に好意的だったのだと勝手に思っていた。
むしろそれでよくオーディションが開催されたものだと思う。
「あぁ。2人の間に何らかの問題が生じたわけではないし、人気が低迷していたわけでもなかったからな」
「そんならどうしてオーディションしようと思ったんですか?」
「低迷しているわけではないが、2人ではそれより上に行けないと思ったからだ」
「え……でも」
「お前が言いたいことは分かる。人気がなかったわけではないからな。けれどそれは狭い視野の話で、広く見ればどちらかと言うと人気のない方だった」
「……」
「2人にもその話をした。未来が見えるわけでもないのに何で分かるんだと噛み付かれたがな」
反発する2人の気持ちも分かる。新しく来たマネージャーにそんなことを言われたら怒りたくなるだろう。
「簡単に言えば2人ともぬるま湯に浸かっている状態だったわけだ。そんな調子で続けたところで上へ行けるはずがない。今は良くても必ず落ちると切り捨てた。それに歯向かってくるようであれば2人のマネージャーはやめていたと思う」
「ほなそれ聞いて修二さんとリョーガさんはオーディションに納得したんや」
「そういうことだ。その決心は間違っていなかったと2人は言っていたし、俺もそう思っている。お前が来てくれたことは間違いなくプラスだ」
「っ!」
微笑と共に言われた言葉があまりにも嬉しくてじわりと涙が滲んだ。
「発表時は当然否定意見も多いだろう。気にしなくていいと言っても気になると思うから意見は見なくていい。ただお前はパフォーマンスを本気でやってくれればいいし、それで否定意見を捻り潰す力があると俺は思っている」
「月光さん……」
「不安に思うのは当然だ。2人もその点は分かっていると思う。大丈夫だ、お前のことは俺たちが絶対に守るから」
涙が一筋零れた。それからはもう溢れ出てしまった。
「ありがとう……ございます……」
泣きじゃくる俺の背を撫でつつ車に連れて行ってくれた月光さんのことを更に好きになってしまったのは言うまでもない。
その2日後、俺は圧巻のパフォーマンスを魅せることが出来た。
月光さんに悩みを聞いてもらったおかげか気持ちも身体も軽く、2人に引けを取らない歌とダンスをした。
「こんな感じでコイツめっちゃ上手ぇわけ」
「いや、そんなそんな!」
「じゅさが一番上手いやんって言われんように頑張らんとな」
「おふたりにはまだまだ届かへんから!けど全力で頑張りますわ!」
パフォーマンスの後、2人に紹介してもらった俺は照れ笑いを浮かべつつカメラにピースサインを向けた。
それは月光さんに対するサインだったのだけれど、彼に届いたかは分からない。
けれどきっと──届いただろうと思う。
デビューしてからの日々は更に目まぐるしく過ぎていった。
少しずつ人気になっていく自分を実感し、ますますレッスンに力が入っていった。
もっともっと上手くなりたいと思う。2人に追い付きたいと思う。
小さなステージから始まった俺の一歩は半年後、アリーナを埋めるほどまで成長していた。
そして今日、その場に立って感動してしまった。
最後は大泣きして2人に支えられながらステージを後にしたのだけれど、俺たちがいなくても止まない声援が嬉しかった。
思い返してまた涙が滲んでくる。
「こないに大きなステージに立てるなんてなぁ。頑張ってきた甲斐があったわ」
「そうだな。きっと俺たちだけじゃ立てなかった場所だ。マネージャーとじゅさに感謝しねぇと。って言ってたら来たみたいだぜ、マネージャー」
ドアを開けて入ってきた月光さんはクールな表情を崩さず、けれど嬉しそうな声で言った。
「すごく良かった」
「ほんま?おおきに!今ちょうどツッキーとじゅさのおかげやなってリョーガと言うてたとこやねん」
「それもあるかもしれないが半数以上はお前たちの努力だ」
「お、珍しく褒めてくれんじゃん。嬉しいねぇ」
「今日ぐらいはな」
話している3人のことを眺めていると夢のような気持ちになる。
まるで先程までのコンサートが夢だったのではないかと思うぐらいに──。
「じゅさ」
名前を呼ばれてハッとする。
気付くと部屋には月光さんしかいなかった。
「あれ?おふたりは?」
「もう一度ステージを見に行くらしい。そういう口実だろうが」
「口実?」
「頑張ったお前にご褒美あげろと言って行ったからな」
「え?あ、それってもしかして」
ぱあっと顔を輝かせた俺に月光さんは苦笑する。
「この状況のことだろうな」
「うぅ……おふたりが優しい」
俺の気持ちを知っている修二さんとリョーガさんは時折こうして月光さんと2人きりにしてくれる。
2人きりになるのは幸せなのだが、一気に緊張してしまう。
流石に初対面のようなことはもうやらかさないけれど。
黙っていると月光さんが言った。
「今日のステージは今までで一番良かった」
「ありがとうございます!」
「お前にも沢山のファンがいると実感出来たんじゃないか?」
「はい。ほんまに……最後そう思って泣いちゃいましたわ」
「感情を露わに出来るのはお前の魅力のひとつだと思う」
そう言って月光さんは俺の頭をぽんと優しく叩いた。
触れられただけでドキッとしてしまう。
「えへへっ!月光さんに言われるとほんまに嬉しいですわ」
「だからもう不安に思うことはないし、心配しなくていい。俺はお前が2人より劣っているとは思わない」
「……はいっ!2人にもそれは言われたんでもっと自信持ちたいと思います。そんで……」
月光さんに視線を合わせて一番の笑顔を向けた。
「いつか月光さんに俺のこと好きって言わせたるんや」
「ふっ……楽しみにしている」
ぐしゃぐしゃと髪の毛を強く撫でられる。
今の俺にはこれで充分。むしろこれでも嬉し過ぎる。
(もっともっと大きな舞台に立てたら、その時は──)
思い馳せる俺を見て月光さんが優しい笑みを見せてくれたことには気付かなかった。
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