【荼毘トガ】マッドドクター×マッドナース。

「荼毘くん!見てください!」
アジトの一室にあるソファに座っているとドアが開き、トガが入ってきた。
いつものセーラー服を想像していたが今日は全然違う格好をしていた。
「あぁ、そう言えば今日はハロウィンか」
「そうですよ。どうですか?結構似合うと思うんですけど」
ビシッとポーズを決めたトガを眺める。
見まごうことなくナース服だ。
ただ、普通に使われるナース服と違って真っ黒だった。
黒いナース服を着たトガは大きな注射器の模型のような物まで所持していた。
「んなもん何処に売ってんだ?」
「最近は便利になったんですよ。って、そんなことどうでもいいんです!格好を見てください!」
むうっと頬を膨らませたトガは俺のことをバシバシ叩いた。
「あー、似合ってる似合ってる」
「適当っぽいんですけど」
不服そうな顔をされ俺は溜息をつく。
返す言葉を探しているとトガは急にニイッと笑った。
「荼毘くんは何の仮装するんですか?」
「別に何も。このままで仮装みたいなもんだ」
「もー!皆でハロウィンパーティするって言ったじゃないですか、昨日」
「大体昨日言われて準備なんて出来るわけねぇだろ」
「でも皆ちゃんと仮装してましたよ。仁くんも弔くんもみーんな」
「……何で全員乗り気なんだよ」
自分たちはヒーローを脅かすヴィランのはずだ。
それなのにハロウィンひとつでこんなにも浮かれた連中に成り下がってしまう。
やれやれともう一度溜息をついた。
「折角のイベントですから楽しみましょう」
「どうせ不参加っていう選択肢はねぇんだろ」
「勿論強制参加なのです。きっと荼毘くんは仮装準備しないと思ったので私、ちゃんと準備しておきました」
「はあ?」
「待っててください」
トガはダッと部屋を出て行った。
一人になった俺は「面倒くせぇなぁ」とボヤく。
ハロウィンなんてどうでもいい──けれど一人きりだった昨年よりも少しだけ浮かれている自分がいた。
それは確実に周りの影響だった。
バタバタと走る音がしてトガが戻ってくる。
「これです!本当は仁くんがどれにしようか悩んでやめたやつなんですけど」
渡された衣装を受け取る。
広げてみればモチーフは一目瞭然だ。
「医者?」
「そうです!荼毘くんに似合いそうだなって思って借りてきました」
「ただお前が対にしたかっただけだろ」
「あ、バレちゃいました?だって彼氏とペア仮装なんて理想じゃないですか」
目をキラキラ輝かせるトガに「そうかよ」と無感情に返す。
付き合って一ヶ月程経つがトガの恋愛観は独特で、そして理想が高い為いつも適当にあしらっていた。
淡白な俺をトガは気にした様子もなかった。
「じゃ、着替えてくるか」
「待ってます」
別室に向かう途中、確かに騒いでいるヴィラン連合の連中を見掛けた。
どいつもこいつも異様に気合いが入った格好をしていて溜息をつきたくなる。
ばばっと着替えを終えて白衣を羽織った。
今の偽りの黒髪より白髪の方が似合ったかもしれない。
だが素の自分を披露するのはまだ先だ。
一緒に渡されていた眼鏡を掛けて部屋に戻る。
「え、え、めちゃくちゃカッコいいです!」
俺が何かを言う前にトガは大声でそう言って抱き着いてきた。
「お前の美醜感覚よく分かんねぇ」
「荼毘くんはカッコ良くて私はかぁいいです」
「……分かりやすい解説どうも」
抱き着いたまま離れないトガを軽く抱き締め返すと俺を見上げて笑った。
「荼毘くんと付き合ってから普通の恋人の幸せを知りました」
「そりゃ良かった。夢のひとつが叶ったんじゃねェの?」
「はい!でもまだまだ叶えたい夢、沢山ありますから!」
トガが眩しいと感じるのはこういう時だ。
きっと俺なんかと付き合わなければもっと幸せだったのだと思う。
更に言うならトガはヴィラン連合に入るべきではなかった、絶対。
「あの時」ならまだ戻れたはずだった。
「……荼毘くん、くだらないこと考えてません?」
不服そうなトガの声を聞いて首を左右に振る。
「何でもねぇよ。まァ確かにくだらねぇこと考えてたかもしれねぇな。んで?他にどうすればお前の夢は叶うんだ?」
「まずは荼毘くんとハロウィンっぽい写真撮りたいです。医者とナースって感じの写真」
「……んなもん出来る気ぃしねぇけど」
ククッと笑う俺にトガは「雰囲気でいいんですよ」と笑った。
その笑顔は純粋に可愛いと思う──「普通」に幸せそうで。
だからスマホを準備しているトガに伝えてみた。
「格好なんてどうでもいいけどやっぱりお前のその笑い方、可愛いと思うぜ」
「っ!」
トガは一気に真っ赤になり、持っていたスマホを落とした。
「おっと」
地面スレスレでキャッチする。
何とか落下は免れたがトガはまだ顔を赤くしていた。
「大丈夫かよ」
「……荼毘くんはズルいです。そんなのもっと好きになっちゃいます」
「別になりゃいいんじゃねぇの?」
「覚悟しといてくださいね?」
ニヤッと笑ったトガはいつもの狂気さを含んでいて苦笑したくなる。
イカれたトガのことだ。本当にイカれているぐらい愛してくるのだろう。
同じぐらいイカれている俺にはちょうどいいのかもしれない。
「はいはい。んじゃ、行くぞ」
「はぁい」
大きな注射器を抱き締めて隣を歩くトガを見て柄にもなく「楽しい」なんて思ったりしたのは──きっと俺も雰囲気に飲まれてしまっているからだ。
そんな日も、悪くない。
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