【月寿】5年越しの告白。
学生時代に大好きだった人を忘れる努力はしていたつもりだ。
それでもやっぱり忘れられなかった。
ふとした時に思い出したり、夢に出てきたり──彼は結局俺の脳裏から離れなかった。
「はぁ……こないに引き摺るとは思わへんかったわ」
一人暮らしの部屋で呟く。当然俺の言葉は誰にも届かない。
家族と暮らしていた時は1人になれないことを煩わしく思っていたのに、今は寂しいとすら思う。
それこそ一人暮らしの優越感を感じていたのは半年程度だ。
元々誰かと一緒にいることが好きな俺にとって一人暮らしは寂し過ぎた。
気を紛らわせる為に買った大きなサメのぬいぐるみに抱き着く。
大きめとはいえ長身の俺にはまだまだ小さい。それでもないよりはマシだ。
20歳になってこんなぬいぐるみを買うなんて思いもしなかった。
いっそ学生時代の方が大人びていたかもしれない。
年齢などただの数字だと思い知らされる。
「5年も経ったらもっと大人になっとるはずやったのに」
あの頃大好きだった彼の年齢を優に超えたというのに、脳裏に浮かぶ彼の方がずっと大人に見えた。
彼に憧れて、彼を好きになって、彼みたいになりたいと思っていたあの頃。
それは全然上手くいかなかったけれど、目指していることが幸せだった。
一見、冷ややかに見える瞳も俺にとっては温かくて。
厳しく感じる物言いも俺にとっては優しくて。
無条件に隣にいられたあの日々を思い返しては「ええなぁ」と呟く。
最近ずっとそんな毎日だ。
離れてからの方が好きになってしまった、きっと。
「……よし、明日は気分転換しに行こっ!」
明日は仕事が休みで特に予定もない。
美容院で髪を切って、ちょっと高めのカフェでランチして、それから欲しかったスニーカーを買いに行く。
そう決めたら一気に気分が晴れた。
翌日、予定していたスケジュールを順調にこなすと夕方になっていた。
都会の混雑を考えてもう少し早めに帰るつもりだったのだが、ついカフェやお店に長居してしまった。
「え……あれ?」
雑踏の中、駅へと向かっている時──彼の姿を見つけた。
メッシュの色が変わっているとか髪の毛が短くなったとか些細な違いはあるものの、あの長身は見間違えるはずがない。
声を掛けるか悩む。が、悩んだのは数秒だった。
──今、声を掛けなければ絶対に後悔する。
「月光さん!」
人混みをかき分けて近くまで行き、名前を呼ぶ。彼は俺に驚いたような顔を向けた。
「……毛利か。驚いた」
「俺もビックリしましたわ。久しぶりに都会遊びに来たら偶然月光さんがおったんやもん。元気でした?」
「あぁ。それなりにな。帰ろうと思っていた所だが毛利が暇なら夕飯でも食べに行くか」
「暇でっせ!そもそも月光さん以上に大事な予定なんてありませんわ」
「フッ……本当に変わらないな、お前は」
歩き出した月光さんの隣を歩く。道すがら話すには会っていない時間があまりにも長く、無難な会話しか出来なかった。
「お酒は?」
「大好きやんね。ガンガン飲めまっせ!」
グッと拳を握って言う俺に月光さんは苦笑する。恐らくそんなに強くないことはすぐにバレただろう。
連れて行ってもらった先はお洒落なバーだった。カウンター席しかない小さなバーは高級感があった。
メニューを開くと案の定理解不能で、オーダーは全て月光さんに任せた。
出されたカクテルは青とオレンジ。好きな色を選んでくれる月光さんの優しさに早速ときめいてしまう。
控えめに乾杯をしてからオレンジ色のカクテルを飲み込む。初めて飲むそれは爽やかなオレンジ味がして美味しかった。
「めちゃくちゃ美味しいですわ。素敵なお店やし」
「あぁ。落ち着くバーだ。毛利には静か過ぎたかもな」
「いえいえ!俺も少しは大人になっ……」
そこまで言って自分の中に疑問が浮かぶ。本当にそうなのか、と。
黙った俺を横目で見た月光さんは「大丈夫だ」と言った。
「お前が思っているよりずっと大人になっている。久しぶりに会った俺がそう思うのだからちゃんと成長しているはずだ。自分の成長は自分ではわからないものだ」
「あ、ありがとうございます。月光さんも変わりましたわ。饒舌や」
「それは恐らく気分が高揚しているからだろう。お前に会えて嬉しい」
微笑と共に言われた台詞があまりにも嬉しくて顔を下げる。
今の俺の顔は確実に真っ赤になっているはずだ。
だって、それは、まるで──。
「あれから5年も経ったんだな。お前と疎遠になってしまったこと、一番後悔していた」
「俺も同じでっせ。月光さんのことばかり考えとった。離れれば忘れられると思ったのに忘れられへんのやもん」
あの頃は言えなかった。きっと子供だったから、傷付くのが怖かったから。けれど今は違う。
意を決して顔を上げる。
「月光さん!あの、俺……っ」
「毛利。それは俺から言わせて欲しい」
俺の言葉を遮った月光さんは静かな声で言った。
「あの頃からずっと毛利のことが好きだった。付き合って欲しい」
瞬間、時が止まったような気がした。
それからぶわっと涙が出そうになってぎゅっと目を瞑る。
泣くところではない──今は、むしろ。
「はい!勿論!」
大きな笑顔を見せて言った俺に月光さんは「ありがとう」と微笑んでくれた。
「改めてもう一度よろしく頼む」
掲げられたグラスに軽くグラスをぶつける。
──やっとサメのぬいぐるみをクローゼットにしまえそうだ。
それでもやっぱり忘れられなかった。
ふとした時に思い出したり、夢に出てきたり──彼は結局俺の脳裏から離れなかった。
「はぁ……こないに引き摺るとは思わへんかったわ」
一人暮らしの部屋で呟く。当然俺の言葉は誰にも届かない。
家族と暮らしていた時は1人になれないことを煩わしく思っていたのに、今は寂しいとすら思う。
それこそ一人暮らしの優越感を感じていたのは半年程度だ。
元々誰かと一緒にいることが好きな俺にとって一人暮らしは寂し過ぎた。
気を紛らわせる為に買った大きなサメのぬいぐるみに抱き着く。
大きめとはいえ長身の俺にはまだまだ小さい。それでもないよりはマシだ。
20歳になってこんなぬいぐるみを買うなんて思いもしなかった。
いっそ学生時代の方が大人びていたかもしれない。
年齢などただの数字だと思い知らされる。
「5年も経ったらもっと大人になっとるはずやったのに」
あの頃大好きだった彼の年齢を優に超えたというのに、脳裏に浮かぶ彼の方がずっと大人に見えた。
彼に憧れて、彼を好きになって、彼みたいになりたいと思っていたあの頃。
それは全然上手くいかなかったけれど、目指していることが幸せだった。
一見、冷ややかに見える瞳も俺にとっては温かくて。
厳しく感じる物言いも俺にとっては優しくて。
無条件に隣にいられたあの日々を思い返しては「ええなぁ」と呟く。
最近ずっとそんな毎日だ。
離れてからの方が好きになってしまった、きっと。
「……よし、明日は気分転換しに行こっ!」
明日は仕事が休みで特に予定もない。
美容院で髪を切って、ちょっと高めのカフェでランチして、それから欲しかったスニーカーを買いに行く。
そう決めたら一気に気分が晴れた。
翌日、予定していたスケジュールを順調にこなすと夕方になっていた。
都会の混雑を考えてもう少し早めに帰るつもりだったのだが、ついカフェやお店に長居してしまった。
「え……あれ?」
雑踏の中、駅へと向かっている時──彼の姿を見つけた。
メッシュの色が変わっているとか髪の毛が短くなったとか些細な違いはあるものの、あの長身は見間違えるはずがない。
声を掛けるか悩む。が、悩んだのは数秒だった。
──今、声を掛けなければ絶対に後悔する。
「月光さん!」
人混みをかき分けて近くまで行き、名前を呼ぶ。彼は俺に驚いたような顔を向けた。
「……毛利か。驚いた」
「俺もビックリしましたわ。久しぶりに都会遊びに来たら偶然月光さんがおったんやもん。元気でした?」
「あぁ。それなりにな。帰ろうと思っていた所だが毛利が暇なら夕飯でも食べに行くか」
「暇でっせ!そもそも月光さん以上に大事な予定なんてありませんわ」
「フッ……本当に変わらないな、お前は」
歩き出した月光さんの隣を歩く。道すがら話すには会っていない時間があまりにも長く、無難な会話しか出来なかった。
「お酒は?」
「大好きやんね。ガンガン飲めまっせ!」
グッと拳を握って言う俺に月光さんは苦笑する。恐らくそんなに強くないことはすぐにバレただろう。
連れて行ってもらった先はお洒落なバーだった。カウンター席しかない小さなバーは高級感があった。
メニューを開くと案の定理解不能で、オーダーは全て月光さんに任せた。
出されたカクテルは青とオレンジ。好きな色を選んでくれる月光さんの優しさに早速ときめいてしまう。
控えめに乾杯をしてからオレンジ色のカクテルを飲み込む。初めて飲むそれは爽やかなオレンジ味がして美味しかった。
「めちゃくちゃ美味しいですわ。素敵なお店やし」
「あぁ。落ち着くバーだ。毛利には静か過ぎたかもな」
「いえいえ!俺も少しは大人になっ……」
そこまで言って自分の中に疑問が浮かぶ。本当にそうなのか、と。
黙った俺を横目で見た月光さんは「大丈夫だ」と言った。
「お前が思っているよりずっと大人になっている。久しぶりに会った俺がそう思うのだからちゃんと成長しているはずだ。自分の成長は自分ではわからないものだ」
「あ、ありがとうございます。月光さんも変わりましたわ。饒舌や」
「それは恐らく気分が高揚しているからだろう。お前に会えて嬉しい」
微笑と共に言われた台詞があまりにも嬉しくて顔を下げる。
今の俺の顔は確実に真っ赤になっているはずだ。
だって、それは、まるで──。
「あれから5年も経ったんだな。お前と疎遠になってしまったこと、一番後悔していた」
「俺も同じでっせ。月光さんのことばかり考えとった。離れれば忘れられると思ったのに忘れられへんのやもん」
あの頃は言えなかった。きっと子供だったから、傷付くのが怖かったから。けれど今は違う。
意を決して顔を上げる。
「月光さん!あの、俺……っ」
「毛利。それは俺から言わせて欲しい」
俺の言葉を遮った月光さんは静かな声で言った。
「あの頃からずっと毛利のことが好きだった。付き合って欲しい」
瞬間、時が止まったような気がした。
それからぶわっと涙が出そうになってぎゅっと目を瞑る。
泣くところではない──今は、むしろ。
「はい!勿論!」
大きな笑顔を見せて言った俺に月光さんは「ありがとう」と微笑んでくれた。
「改めてもう一度よろしく頼む」
掲げられたグラスに軽くグラスをぶつける。
──やっとサメのぬいぐるみをクローゼットにしまえそうだ。
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