【荼毘+トガ】生きる意味、理由。

──なぁ、トガ。
今日一日笑って生きてるだけで幸せだと思わねぇか?

いつか荼毘くんが言っていた言葉を思い出す。
それは遠い昔のようで意外と最近のような──曖昧な記憶だった。
その時、私は苛立っていたのだと思う。
出久くんに出会って、お茶子ちゃんに出会って、何かが変わると思ったのに。
二人は私を否定するだけで受け入れてくれなかった。
だから、好きだけれど私の中でどうでも良くなってしまった。
勝手に期待して失望した私が悪いのだ。
そんなことは分かっている。
けれど心はそう単純なものではなくて、私は二人にも自分にも苛立っていた。
ヴィラン連合のアジトに戻り、暇そうに蒼炎を操っていた荼毘くんの隣に座って言った。
「……はぁ。人の気持ちって分かりませんね」
「急にどうした」
「出久くんとお茶子ちゃんの気持ちが全く分かりません」
「んなもん分かるわけねぇだろ。こっち側じゃねぇなら尚更な」
達観したように言う荼毘くんは私より長く生きていて、長く苦労している。
彼の言葉には全て重みがあった。
だから何かがあった時はいつも彼に会いに行ってしまうのだ。
彼は欲しい言葉をくれるし、欲しくない言葉もくれる。
「そうですよねぇ。やっぱりヒーローとは分かり合えません」
「それこそ今更だろ。分かり合えてたらそもそもヒーローとヴィランじゃねぇ」
荼毘くんはククッと笑って続ける。
「けどまぁこういう世界だから退屈しねェんだろうよ。貧乏くじ引かされてんのは断然こっちだけどな」
「私たちにとって生きにくい世の中だからですか?」
「あぁ、そうだな。お前の言う生きにくい世の中っつーのは言い得て妙だと思うぜ。分かりにくくて分かりやすい」
「ふふっ、どっちですか」
掌の上に灯っていた蒼炎を消し、荼毘くんは嗤った。
「お前らしいってことだ。未だに期待して失望すんのもお前らしいと思う。けどな、んなこと繰り返しててもいいことねぇぞ」
「……荼毘くんがそうだったからですか?」
確信をついた質問をしてしまったのだろう。
荼毘くんは唇の端を上げただけで何も言わなかった。
それは肯定と同じだ。
あまり過去を語らない彼の片鱗を見た気がした。
きっと人並みに期待して、人並み以上に裏切られてきたのだ。
だからその言葉が重い──とても。
静寂が部屋を支配する。
やっと口を開いたのは数分後だった。
「……期待も失望も飽きました。同じぐらい羨望も希望も飽きたはずなのに、何で繰り返しちゃうんでしょうね」
「ニンゲンだからじゃねぇの?お前は、まだ」
「じゃあ荼毘くんは何なんですか?」
「さぁな。お前の目に映るのが俺っていうモンだ」
嗤う荼毘くんはニンゲンでないと言って欲しいのかもしれない。
けれど言えなかった、言わなかった。
だって私にはどうしようもなくニンゲンにしか見えなかったから。
こんなに私の話を聞いてくれて、私のことを見てくれて、私に言葉をくれるのだ。
私の中ではヒーローよりもずっとヒーローに見える。
「わかりました。どう見えるかは秘密にしておきます」
「あぁ、それでいい。結局他人から見た自分なんて他人にしかわかんねぇんだからな」
ククッと嗤った後、荼毘くんは私の目を見て言った。
「なぁ、トガ。今日1日笑って生きてるだけで幸せだと思わねぇか?」
らしくない台詞だと思った。
思わず「え?」と返してしまうぐらいに。
けれど続いた言葉を聞いてその意味を理解する。
「苦しくて辛くて死にたくて殺したくて──鬱々生きてた俺がそう思えるようになったのは必ず復讐するって決めたからだ。生きる意味とか理由とか、そういうもん自分の中で決めたら一気に笑えてきたんだよな」
「……荼毘くんの言う通りだと思います。私も毎日笑っていたいですから。ここに来て幸せだと思うようになったのは笑えてるからかもしれません」
「特にお前は笑ってろよ。お前が笑ってりゃここの奴らは皆幸せだって思うから」
そんなに嬉しいことを言って貰えたのは初めてで。
「……荼毘くんの血、飲みたくなっちゃいそうです」
「それは遠慮しとく」
こんなことを笑って言い合える日が来るなんて信じられなかった。
私の居場所は「ここ」なのだと改めて思った。

あの日、荼毘くんが言ってくれた言葉を胸に──私は今からヒーロー達を倒す。殲滅する。
そしてまたあの場所でヴィラン連合の皆と一緒に笑うんだ。
あぁ──だからお願い、荼毘くん。
私より先に逝かないで。
もう仲間を、友達を、好きな人を、喪うのは嫌だから。
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