【リョガ種】幸せが続いたらいい、と。

この頃兄貴はやけに上機嫌だ。
どうやら恋人が出来たかららしい。
相手が誰かは知らなかったのだけれど「それ、俺のことやで☆」と本人に言われて初めて知った。
「種ヶ島さんだったんすか」
「まぁな。リョマ吉にはバレとると思ったんやけど」
「知らなかったっす。別に兄貴にも聞かなかったし」
「いやいや。その前から俺、リョマ吉にリョーガのこと色々聞いてたやん?」
「あぁ、確かに」
言われてみればそうだった。
合宿所で出会う度に種ヶ島さんは俺に声を掛けて来た。そして毎回兄貴のことを聞いてきたような気がする。
まさか好きだからとは思わなかったけれど。
「せやからリョマ吉にはバレとると思っとったわ。ま、バレてもええと思って聞いてたんやけどな」
「俺が兄貴に言うと思ってたってこと?」
「言うたら言うたで構わんかった、ってとこやな☆」
ニッと笑う種ヶ島さんは掴み所がない。
話していても真意が読めず、だからこそ恋愛事情だと思えなかったのかもしれない。
恐らく俺がそういうことに鈍い所為もあるけれど。
「ふぅん。でも告白して上手く行ったんならその方が良かったんじゃない?」
「せやな。もし先にバレとったらそのパターンも考えとったから大丈夫や」
「へぇ。難しそう」
「恋ってもんが?オモロいけどなぁ」
種ヶ島さんは嬉しそうに笑って続けた。
「駆け引きもオモロいし相手のこと考えとる時間も幸せやしええこと尽くしやで?」
「いや、俺は別に」
「そか?まぁ、リョーガに少し聞いとるけど。頑張りや」
ポンと俺の肩を叩き、種ヶ島さんは自分の部屋に帰って行った。
その背中を見送った後、食堂に向かった。
夕飯は食べたけれど小腹が減った。
何か食べてから部屋へ戻ろうと考えたのだが、食堂は思った以上に混雑していた。
何処に座ろうか考えていると。
「お、チビ助」
ひらりと手を振ってきたのは兄貴だった。
「飯食いに来たのか?」
「ううん。夕飯はさっき食べた。だから軽く食べようかなって」
「ちょうどいいな。これ食うか?」
机の上にはオレンジゼリーが複数個並んでいた。
「食べる。座っていい?」
「勿論。好きなだけ食ってけよ」
「お言葉に甘えて」
オレンジが添えられたオレンジゼリーは想像よりも美味しかった。
「美味しい。兄貴が何個も頼むの分かるかも」
「だろ?ここのオレンジゼリーはオススメだぜ」
「そう言えばさっき種ヶ島さんに会った。兄貴の恋人ってあの人だったんだね」
「カカカッ!アイツらしいな。別にチビ助に言っても良かったんだけど興味ねぇかと思ってさ」
「何となくこの頃兄貴が上機嫌なのは分かってた」
「へぇ。そんなことに気付いてもらえるなんて案外俺も興味持って貰えてんのかもな」
少し照れたように笑う兄貴は珍しい。
あまりにも新鮮でまじまじと眺めてしまう。
「珍しいじゃん」
「ハハッ、そうかもな。付き合うと変わるもんかもしれねぇ」
「へぇ。恋って……楽しい?」
俺の質問は予想外だったのだろう。
兄貴はちょっと驚いた顔をしてからニッと笑った。
「お前もしてみりゃ分かるぜ」
「大分先になると思うけど」
「んなことねぇだろ。ま、ひとつ言うなら俺は恋して良かったと思ってる」
笑顔を見せた兄貴はいつもよりずっと幸せそうで──羨ましいと思ってしまった。
自分もそんな恋をしてみたい、なんて。
らしくもないことを考えて頭を振った。
「そっか。兄貴が幸せそうで何より」
「サンキュ。チビ助にそう言ってもらえんのすげぇ嬉しいぜ」
あまりにも嬉しそうに言うからこっちの方が照れてしまう。
誤魔化すように席を立った。
「ゼリーありがと。じゃ、また明日」
「おぅ。おやすみ、チビ助」
兄貴の声を聞きつつ部屋に戻った。
──その日見た夢は穏やかで何となく幸せを感じるような夢だった。

「なぁ、リョーガ!週末どっか行かへん?」
「いいぜ。何処か行きてぇとこあるか?」
「悩んどるんや。新しく出来たカフェもええしのんびりプラネタリウム行くのもええし身体動かすのもええし水族館デートもええし……」
「んじゃ、今週末はカフェとプラネタリウム行こうぜ。他のとこは次の休みとその次の休みに行けばいいだろ」
「ほんま?全部叶えてくれるなんて優しいなぁ☆」
2人の会話を聞くつもりはなかったけれど、小耳に挟んでしまった。
週末の約束をしている2人はそれだけで幸せそうで。
「……まだまだだね」
その幸せが続いたらいいと──柄にもなく思ってしまった。
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