【月寿】Fall in Love.

「あのっ、すみません!めちゃくちゃ死相出てますけど!」
突然腕を掴まれて言われた言葉に顔を顰める。
睨み付けたと言った方が正しいかもしれない。
「あ、えっと……俺、占い師なんですけど……」
雰囲気のある黒いローブを被り、胡散臭い言葉を放ち「占い師」と名乗られれば自ずと信じたくもなる。むしろそれ以外選択肢がない。
「占い師が何の用だ?」
自称占い師は俺の腕を掴み直してハッキリと言った。
「貴方のこと助けたくて!」
「は?」
「先程言った通り死相が出てます。でも回避出来るかもしれないのでどうにかしましょう」
「何故見ず知らずの俺にそこまでする?」
「そんなん決まってるやないですか。一目惚れしたからでっせ!」
勢い込んで言った瞬間、占い師が被っていたローブが頭の後ろにパサリと脱げた。
人が良さそうな顔に似合わない強気な瞳、そして困ったような笑顔が印象的な男だった。
信じてやろうという気になったのはこういう暗い場所にそぐわない雰囲気を持っていたからかもしれない。

「俺、毛利寿三郎って言います」
改めて占い師──毛利寿三郎はぺこりと礼をして自己紹介を始めた。
にへらと緩い笑みを浮かべて右方向を指差した。
「あっちの方で占いのお店やってます。今度是非来てください。結構奥の方にあるから分かりにくいかもしれへんけど」
「それなら今から行こう」
俺の提案に毛利は「えっ!?」と驚いた声を上げた。
「来てくれるんですか?」
「あぁ。その方が信憑性があるからな」
「お店来て貰えたら絶対信じてもらえますわ!」
毛利は俺の手を掴み「こっちです」と歩き出した。
元々人当たりが良くて馴れ馴れしい人間なのだろう。
だからこそこんな場所にいるのが気になった。
ここは裏社会の人間が住む場所で、こんなに緩い奴がいていい場所ではない。
あまりにも危険過ぎる。
無言で着いていく俺の疑問を察したのか毛利はくるっと振り返って言った。
「昔からここに住んでるんですわ。せやから大丈夫」
「……人の考えが読めるのか?」
「んー、貴方の考えは何となく。好きやからかな?」
「それに関しては信じ難いが実際俺の疑問に答えていることは事実だな」
「あ、ほんまでっか?良かった」
柔らかく笑った毛利は暗い道を歩きながら話を続けた。
「お客さんとかにもよう心配されるんや。こんなとこで店やってて大丈夫なん?とかよう生き残ってんなとか」
「そうだろうな。疑うことも知らなそうだ。見ず知らずの俺に警戒心を抱いていない所もどうかと思う」
「普通はこないなことしませんから!貴方が初めてですわ」
「俺が殺し屋でも?」
毛利は驚いたように目を見開いて俺のことをじっと見つめた。
だが3秒ほどで視線を逸らし、照れ笑いを浮かべた。
「まじまじと見とったら照れてまうわ。ほんまにカッコええ」
「大丈夫か?」
本気で頭が大丈夫か心配になる。一目惚れなどされたのは初めてだがこんな風になるものなのだろうか。
訝しむ俺に毛利は笑ったまま言う。
「大丈夫でっせ!殺し屋に出会ったの初めてやしそんな職業ほんまにあったんやって思っとるけど!」
「俺が聞いたのはその件ではないがな」
大丈夫か問いたかったのは頭についてだったのだが、毛利は勝手に勘違いして話を進めて行く。
「めちゃくちゃビックリしたと同時に似合うなって思いましたわ」
「似合う?」
「雰囲気がクールやし眼光も鋭いから。カタギやなさそうやなって」
「そこまで勘が働いて何故一目惚れなどする?」
「恋はするもんやなくて落ちるもんやから」
無邪気に笑った毛利はそれが世の中の常識だというようにはっきりと言い切った。
そして俺が何かを返す前に「ここですわ!」と建物を指さした。
綺麗とは言い難い建物だが廃墟が多いこの地域ではマシな部類だ。
中に入ると至って普通の部屋だった。
占い師の部屋というからにはもっと暗いものを想像していたのだが、置いてあるものもタロットカードぐらいしか占い師らしくなかった。
「そこの椅子、座ってください。普段はお客さんが座るとこやけど」
「ここに客が来るのか?」
「結構決まっせ。終日予約で埋まっとる日もあるぐらいですわ」
にわかに信じ難い。
占いの出来がどうこうというより裏社会のど真ん中に建っているような店に多くの客が来るとは思えないからだ。
ここに来るまでが命懸け──そう考えてハッと気付いた。
俺の顔を見て毛利はにこりとしながら頷いた。
「案外怖い人らも占い信じるもんでっせ」
つまりここの客は一般人でなく裏社会の人間ばかりということらしい。
「意外だ。それだけお前の占いが当たるということか?」
「当たります」
笑顔はそのままに、声だけは強く。
言い切った毛利の瞳は真剣だった。
だから疑う必要もない。先程の言葉は真実なのだろう。
毛利には不思議とそう思わせる力があった。
「分かった。なら話を聞こう。俺はどうすればいい?」
「えーっと一番ええのは……殺し屋、やめてもらえません?」
眉を下げて申し訳なさそうに言う毛利に返す言葉は何もなかった。

「それで?ほんまに殺し屋やめたん?」
毛利と出会った翌日、俺は馴染みの情報屋に来ていた。
かれこれ5年来の友人となる種ヶ島は俺の話をにやにやしながら聞いている。
俺が私的な話をするのは珍しい。だからこそ面白がっているのだろう。
「まぁな」
「えー!意外やなぁ。頭硬くて典型的な堅物で人の言うことなんて絶対聞かんツッキーやのに」
「言い過ぎだ」
とはいえ種ヶ島の言葉は当たらずとも遠からず。
俺らしくない行動だと言うのは自分が1番分かっていた。
種ヶ島に出してもらった紅茶を飲んで一息つく。昨日の俺はどうかしていたと思わなくもない。
初対面の相手に言われた言葉を信じて生き方を変える決断をするなんて。
「恋やな」
種ヶ島は今までで一番うきうきとした声で言った。
「有り得ない」
「ほんまに?ツッキーのことこないに変えられるなんて普通考えられへんけど。恋してしもたなら納得出来るわ」
「好きな人の言葉だから信じたと言いたいのか?」
「せや☆占い師の毛利寿三郎くん。噂は聞いたことあるけど会ったことないなぁ」
「お前なら店の場所も分かっているだろう」
「まぁな。当たり過ぎて怖いって話やから占ってもらうのも怖いわ」
大袈裟に身震いした種ヶ島を見る限りその噂に確信を持っているのだろう。
「だとしたら俺はやめて正解だったかもな」
「せやな。毛利くんのお陰でツッキーの命が助かったわけやから俺も感謝したいわ。けどこれからどないするん?」
「しばらくは追われる身だろうな。すんなりやめられるとは思っていない」
「あ、ちょうどええわ。ツッキーもボディーガードになったらどや?」
「ボディーガード……」
そういえば1週間ほど前からボディーガードを雇ったと言っていたことを思い出す。
ここ最近命を狙われることが多いからと言っていたが、確かそれも元殺し屋だったはずだ。
「そ☆話聞いた限り毛利くんって強くなさそうやし。好きな人守れるなんて最高やろ?」
「特に好きではないがな」
「恋ってことに気付いてへんだけやって」
「もしかしてお前がボディーガードを雇った理由は惚れたからなのか?」
「うん、それもあるなぁ」
にっこり笑って言う種ヶ島は幸せそうに見えた。出会って5年間で初めて見る笑顔だ。
そのボディーガードのことが本気で好きらしい。
「お前は幸せになっていいと思う」
「ツッキーもなってええんやで。リョーガも──あ、ボディーガードの名前リョーガって言うんやけど、リョーガもそれは言うてた。今まで沢山命奪ってきたから幸せになったらアカンのやって」
「殺し屋らしい考え方だ」
「リョーガもツッキーも沢山命奪ったのと同じぐらい救ったと思うねん、俺は。恨みを晴らしたって意味ではな。勿論完全にええこととは思わへんよ。けど幸せになったらアカンとは思わへんねん。それは別に贖罪にもならへんし」
「……」
真剣な顔で言う種ヶ島は足を組み直して続けた。
「どうせ許されへんのや。幸せにならなくたってもう許されへん。そんなら幸せになってもええんとちゃうの?」
「一理あるな」
「リョーガもツッキーも殺し屋のくせに優し過ぎるねん。折角ならその優しさ、自分に向けたらどや?」
自分を優しいと思ったことは1度もない。けれど種ヶ島が言うのだからそうなのだろう。
俺よりもずっと俺のことを見ているし、知っている。
そして俺だけではなく色んな人間のことを熟知している。
だからこくりと頷いた。
「少しだけ幸せっていうものを考えてみることにする」
「ん、それがええよ。俺は2人のこと好きやから完全に贔屓しとるけど、沢山恨まれとるんやし俺ぐらい贔屓してもええやろ」
「ありがとう、種ヶ島。俺もそうだがお前に救われている奴も多いだろうな」
「大丈夫。同じぐらい俺も恨まれとるから☆」
ケタケタと大きく笑った種ヶ島に微笑を返す。
きっと、そういうものなのだろう。
日陰で生きている人間は沢山恨まれて、少しだけ誰かを救って。
──だからこそ手放しに明るい毛利がこの暗い場所に似合わないと思うのだ。

それから3日間、自分の家に籠り只管考えていた。
殺し屋をやめたこと、これからすべきこと、幸せについて──そして毛利のこと。
悩んだ結果決めたのは生き方を変えるきっかけとなった彼にもう1度会いに行くことだった。
家を出て暗い道を歩く。慣れた場所は明かりがなくとも問題ない。
殺し屋として生きていくようになってから暗い場所の方が落ち着くようになった。
暗ければ暗いほど自分の悪事は見えなくなる。赤い血の色も目立たなくなる。
だから今日も深夜に外へ出た。それは最早癖のようなものだった。
軽く叩いてから店のドアを開ける。施錠はされていなかった。
「あ、もう閉店なんやけど……って、月光さん!来てくれたんや」
「お前と話したくなってな」
店の外に「CLOSE」と書かれた看板が出ていたのは知っていた。
閉店しているであろう時間を狙ったのは客ではなく個人的に話すつもりで来たからだ。
そう説明すると毛利は「わぁ!」と声を上げた。
「嬉しいですわ。もう会えへんかと思った」
「普段はここから一歩も出ないからか?」
「あれ?もしかして種ヶ島さんに聞きました?」
「あぁ。少し前、ここに来たんだろう?俺の名前はアイツが言ったようだな」
「ふふっ、そうですわ。長話になりそうなんで座ってください」
最初に来た時と同じように客用の椅子に座る。
店内は以前来た時とほぼ変わりはないが、ひとつだけ気になる点があった。
「……そこにあるキツネのぬいぐるみは種ヶ島が置いて行ったのか?」
「はい。魔除けって言われて。何で知っとるんです?」
「アイツは気に入った人間にそれを配るからな。俺も持っている」
どことなく種ヶ島本人に似ているそのキツネのぬいぐるみは別に盗聴器が仕掛けられているわけでもないし、中に盗撮用のカメラが入っているわけでもない。
出会ってすぐに貰った時、疑った俺はぬいぐるみを解体して種ヶ島に怒られた。
「ほんまにただの魔除けやのに!」と憤慨していたことを思い出す。
よく分からないけれど部屋に置いておけば守られるらしい。種ヶ島なりの気遣いなのだろう。
「そうなんや。かわええから目立つとこ置いとこうかなって思って。はい、お茶です」
机に2人分のお茶を置き、毛利は対面に座った。
「ありがとう。深夜にすまなかったな」
「いえいえ!好きな人が連絡もなく深夜に押し掛けて来るなんて結構嬉しいことでっせ」
「お前の思考は変わっている」
軽く溜息をついたものの毛利のその変わっている部分は嫌いではなかった。
今までに出会ったことがないタイプの人間で、話していると楽しいと思える。
「ははっ、それはよう言われますわ。で、俺に何か用事あったんですか?」
「あぁ。種ヶ島に聞いたかもしれないが迷惑でなければお前のボディーガードになろうと思ってな」
「えっ!?」
「無償でいい。勝手に守りたいだけだ。そうすれば外にも出られるだろう」
「んー……せやねぇ」
昨日、種ヶ島に呼び出されて店に行くと「毛利くんに会ってきたんや☆」と言われた。
根掘り葉掘り聞くのを得意とする種ヶ島は毛利の過去から現在までしっかりと情報を得てきたらしい。
「ツッキーには言っていいって言われたから全部言うわ」と種ヶ島は説明を始めた。
毛利は子供の頃、親と一緒にこの辺りに住んでいた。
親はまともではなく軽犯罪を繰り返して暮らしていたという。
それに嫌気がさして家を飛び出したのが10歳の頃。
同時に自分の力に気付いたらしい。
他人のことがよく視える能力。オーラ、未来、感情──その時々によって見えるものは変わる。
その力を活かして生きていくと決め、占い師というものになった。
けれど自分が非力であることも理解していた。他人のことがよく視える能力があろうと暴力沙汰に巻き込まれれば当然負けてしまう。
だから滅多に外へ出ない生き方を選ぶようになった。
食べ物や生活必需品は占うことと引き換えに客に持ってきてもらう。そうやって自分を守ってきた。
「ツッキーと会った時は数年ぶりの外出だったらしいで。ピンと来て出て行ったらほんまに運命の人に出会えたんやって喜んでたわ」
種ヶ島から全て話を聞き終わった時、俺の気持ちはほぼ固まっていた。
そして今日、ここに来たのだ。
「お前のことを種ヶ島から聞いた時、守りたいと思った。お前は命の恩人でもあるからな」
「でも危険やし……」
「力なら有り余っている。お前が思っている倍以上強いと思ってくれて構わない」
実際、自分は殺しの才能があると思う。それ以前に喧嘩も暴力も強い。
体格が恵まれていたのも大きいが、今の自分の力は小さい頃から鍛えてきた結果だ。
毛利と同じような境遇に生まれ、大した能力もなかった俺は毛利のように上手くは生きられなかった。
だから強くなった。殺されない為に、自分を守る為に。
自分の過去を掻い摘んで説明すると何故か毛利は涙ぐんでいた。
「何故泣く?」
「うっ……うっ……そんなん酷いですわ。子供の頃から戦わなあかんなんて……」
「そのおかげで今の俺があるから何とも思わない」
「カッコええですわ。過去に何があっても全部プラスに変えられるのはすごいことやと思います」
「毛利もそういうタイプに見えるが」
じっと見つめると毛利は照れ笑いを浮かべた。
「まぁ、確かに俺もそっち寄りやんね。最初が辛すぎたからそれ以降は全部プラスに見えるんですわ。そういうとこも似とるからほんまに運命みたいで嬉しくて」
「色々視えるお前が言うならそうなんだろうな」
「けどほんまにええんですか?俺のこと守ってくれるって……ずっと一緒にいてくれるみたいになっちゃいますけど」
「あぁ。一緒にいたいと思ったんだ」
微笑して言うと毛利は目に見えて真っ赤になった。
些細なことで感情も表情もころころ変わる。純粋で素直な奴だと思う。
やはりこういう暗い場所には相応しくない。もっと明るくてキラキラした世界にいるべきだった。
「運命の人にプロポーズされるとか……世界一幸せモンや、俺」
話を飛躍して自分の世界に入りやすい所は難点なのかもしれないけれど。
「面白い奴だな、お前は」
くしゃっと頭を撫でると毛利は眉を下げて笑った。
「あー、こういうん幸せですわ。そういえば月光さん、今はめちゃくちゃ幸せオーラ出てまっせ!」
「死相が消えたようで何よりだ」
「未来が変われば今も変わりますから。ってわけでこれからよろしゅう頼んます」
「……では今から外に行くか」
「え?あ、はい!ちょっと待ってください」
わたわたとローブを被ろうとした毛利からローブを奪い取る。
「必ず守るから大丈夫だ」
「っ!」
驚いた顔をした後、泣きそうな顔で頬を真っ赤にした毛利は感情が定まらないのかもしれない。
このローブは今まで毛利を守ってきたのだろう。
とにかく目立たないように、暗く見えるように、自分の存在を隠せるように。
けれど似合わないのだ。遮る物のない場所で明るく笑っている方がきっと似合うから。
「行くぞ」
腕を引っ張って外に出る。
真っ暗な夜空に浮かぶ星はキラキラと輝いていて。
「わぁ……綺麗やぁ」
初めて星を見たような顔をする毛利の目も同じようにキラキラと輝いていた。
「恋はするものじゃなくて落ちるもの」と言っていた毛利の言葉の意味を今──理解した。
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