【荼毘爆】地獄の底まで、一緒に。

最期は嗤って死にたいと思っていた。
憎しみしかないこの世界から離れる日はせめて嗤ってやろうと。
けれどお前に出会って、お前を好きになって、お前と愛し合って。
「なァ、笑えよ──爆豪」
最期はお前の笑顔見て死にてぇと思ったんだ。

「荼毘」という名前を名乗って以降、幸せなんてモノを求めたことはなかった。
全てが下らなくて、全てがどうでも良くて。
復讐に燃えて破滅に向かうことだけが俺の人生だった。
だからそのまま終わると思っていた。
それでいいと思っていた。
あの日──爆豪勝己に出会うまでは。
「お前、荼毘って奴だろ?」
ふらりと訪れた路地裏で顔見知りに会うとは思わなかった。
それもまさかヒーローに。
「あぁ。爆豪だっけか?」
「忘れたとは言わせねぇぞ。テメェらに捕まった時のこと、今でもムカついてんだ」
「そういやお前の首掴んだこと思い出した。あの時は悪かったな」
肩を竦めて言うと爆豪は不機嫌そうに睨み付けてきた。
「相変わらずよく分かんねぇな」
「ヒーローがヴィランの気持ち分かるわけねェだろ。それともやっぱりヴィラン側に来るか?お前なら歓迎されると思うぜ」
「はァ?有り得ねェ!」
「すぐそうやってキレるとこもな。向いてると思うぜ、こっち側に」
ククッと笑ったのは当然わざとだ。
分かりやすい煽りに単純な爆豪は乗ってきた。
「うっぜぇな!吹っ飛ばすぞ」
「お前の爆破は厄介だからな。遠慮しとく」
そう言って一気に間合いを詰めた。
俺の動きが意外だったのか爆豪は反応出来なかった。
「っ!」
ぐいっと首を掴む。力は入れていない。
だがこれだけで思い知ったはずだ。
俺には勝てない、と。
「経験の差だな」
「チッ……離しやがれ」
「暴れねぇって約束すんならな」
首を縦に振ったのを確認して手を離す。
ゲホッゲホッと何度か咳をしてから爆豪は再び俺を睨みつけた。
「……クソがっ」
「まァ、そう睨むなって。折角こんなとこで出会ったんだ。もっと生産的な話でもしようぜ」
「破滅しか興味なさそうな奴が生産的とか言うんじゃねぇ」
「ハハッ、確かに。お前、俺のこと分かってんなァ」
見りゃ分かると言いたげな爆豪に笑みを見せる。
敵意はないのだと表現する為に。
「お前にひとつ提案があるんだが」
「良い提案じゃなさそうだな」
「ンなことねぇよ。俺と仲良くして欲しいだけだ」
「はァ?絶対ェ嫌だ」
「ククッ……だろうな。だから提案したんだ」
「自分が言ってることの意味、分かってんのか?」
爆豪は思いっきり眉間に皺を寄せる。
「勿論。お前のこと気に入ったから仲良くしてもらおうかと思ったんだけどな。お前が肯定するわけねぇってことぐらい考えなくても分かるだろ」
「そこまで分かってんなら言うんじゃねェ。苛立つ奴」
敵意を剥き出しにする爆豪をじっと見る。
怯んだ様子はないが、不可解そうな顔をしている。
俺の考えも行動も読めないからだろう。
それはそうだ。俺自身にすら読めないのだから。
首を絞めた時に燃やし尽くすはずだった。
それなのに何故か気に入って何故か生かしている。
全てがどうでもいいはずなのに、何故か。
「ククッ……そうだな。俺らしくもない。どうかしてるぜ」
「テメェのことだろうがよ。何で分かんねぇんだ」
「世の中、お前みたいに単純な奴だけじゃねぇってことだ」
「馬鹿にしてんのか?」
「いや、褒めてるつもりだぜ。お前みたいに自分を強く持ってる奴はそういねぇから」
虚をつかれたような顔をして爆豪は動きを止めた。
爆豪は間違いなく天才で、本人もそれを理解しているだろう。
だが面と向かって褒められることは少ないはずだ。
「……ったりめーだ。自分のこと自分で決められねぇなんてどうかしてる」
そっぽ向いて言うのは確実に照れ隠しだ。
性格の悪そうな面も今だけは少し和らいでいる。
可愛い奴だと思う。
──だから破壊願望を抱えた俺の「お気に入り」になってしまった。
壊して壊して壊して──狂わせて。
地獄の底まで落としたいと思ってしまった。

爆豪は想像通り頑なで、想像以上に脆かった。
絆されることなど完全になさそうな外見。
けれど接していると俺の感情に引っ張られるのはよく分かった。
日に日に心を許し始めたことも、案外俺を気に入っていることも。
こういう所は単純で安直でガキだと思う。
歪んだ俺にとってそれは好都合だった。
思い通りにしやすいから。
(……俺の方がもっと単純で安直でガキかもなぁ)
──これは一種の愛だ。
そう見えなくてもそうなのだと自分で思う。
爆豪を自分のモノにして自分の思うがままに落として壊したい、なんて。
「愛」以外に思いつかない。

『荼毘!駅まで迎えに来い』
雨の日、送られてきたメッセージ。
恐らく傘を忘れたのだろう。
『10分で行く』
それだけ返して家を出た。
今から行けば20分以内には着くだろう。
傘を差して歩いていると何となく周囲がザワついているような気がした。
耳を澄ますと「ヴィランが……ヒーロー……やられ……」という声が聞こえた。
どこかのヴィランが上手いことやったらしい。
昔なら手放しで喜んでいたのに、今は複雑な気持ちになる。
嬉しい反面、今の状態がいつまで続けられるのか不安になって。
(愛って怖ぇなぁ……)
好きになったことは後悔していない。
一緒に落ちたいと思ったことも。
けれど今はまだ仮初の幸せを味わっていたいのだ。
初めてそれを求めることが出来たから。
駅に向かうとキレ顔の爆豪が偉そうに立っていた。
「遅ぇな」
「傘忘れたくせによく言うぜ」
「雨が降る方が悪ぃんだろ」
文句を言いつつ俺の傘に入った爆豪はニィッと口の端を上げた。
「まァ、でも一応礼言っとく。サンキュ」
その顔が可愛くて傘で周りを遮ってキスをした。
「っ!」
爆豪が驚くのも無理はない。
何せ俺たちは付き合っているわけでもないし、そんな素振りを見せたことすらないからだ。
「ククッ……面白ぇの」
「チッ」
手の甲で口許を押さえた爆豪はそのままジッと俺の方を睨んだ。
「どういうつもりだ?」
「別に。したくなったからしただけだ」
「はァ?誰にでもするタイプかよ」
「ハズレ。お前が初めてだ」
そもそも荼毘になってからこんなに人と絡むこと自体が初めてだった。
俺の言葉に爆豪がどう思ったかは分からない。
ただ顰め面をやめていたことを思うとそこまで不快ではなかったのかもしれない。
「二度とすんじゃねェ」
「はいはい。分かったって」
約束を守るつもりはない。
明日だって明後日だって俺はその気になればするだろう。
そんなことを考えている途中で突然足を止めた。
急に立ち止まった俺に爆豪は訝しげな顔をした。
「どうした?」
「傘やるよ。返さなくていい。じゃあな」
「は?ちょっ……!」
爆豪の手に傘を押し付け、逆方向へと駆け出す。
降りしきる雨は冷たかったけれど今の俺には気にならなかった。
まさか爆豪の家に行くわけにはいかない。
最初から途中で引き返すつもりだった。
(ここまで踏み込んでおいて今更だけどな)
暗躍している自分はまだ目を付けられていないはずだ。
けれど近いうちに一緒に居られなくなる日が来る。
そんなことは最初から分かっていた。
もし別の形で出会えていたら──なんて。
柄にもないことを考えながら雨の中、走り続けた。

それから2週間後。
「やっと見つけた」
街の中を歩いていると突然ぐいっと腕を引っ張られた。
声の主は爆豪だった。
「……やるっつったのに」
律儀に傘を押し付けてくる爆豪は今までで1番苛立ったような顔をしていた。
それもそうだ。理由もなく会わなくなって2週間。
爆豪には何が何だか分からなかっただろう。
「あの日からテメェのこと全然見なくなったの、何でだよ?」
「ククッ……答えるまでくっついて来そうだな。じゃ、こっち来な」
傘を受け取り、返事も待たずにくるりと身を翻す。
着いてきているかなど確認するまでもない。
向かった先は人気のない公園だった。ゆっくり話すにはちょうどいい場所だ。
ベンチに座っていると少し遅れて爆豪が隣にドカッと座った。
「で?」
「お前、俺のことどう思う?」
「はァ?質問してんのはこっちだ。質問に質問で返すんじゃねぇ」
「はいはい。じゃ、簡単に言うぜ。最初に会った時から俺はお前のことが気に入ってた」
「そう言ってたな」
「だからお前のことぶっ壊したくなった」
「……意味不明なこと言いやがる」
「恋したら破壊したくなった。そんだけだ」
ニイッと笑う俺に爆豪は不機嫌な顔のまま言った。
「ンなもんしたことねぇから分かんねぇけど多分お前の思考はイカれてんだろうな」
「したことねぇ、か。んじゃ、さっきの質問に答えてみな」
「お前のこと?別に好きでも嫌いでもねぇわ」
「お前みたいな奴が好きでも嫌いでもねぇ奴の傘返す為にずっと探すと思えねぇんだけど?」
手に持った傘を振る。チッ、と舌打ちが聞こえて図星だったのだと分かる。
それでも爆豪は好きだと認めないはずだ。
じぃっと目を見つめる。逸らすことなく見つめ返してくるのは負けず嫌いの爆豪らしい。
その赤い瞳はいつ見ても闘志が漲っているようで──無性に惹かれる。
「何でも見透かしたみてぇに言いやがるな」
「まァな。お前のこと好き過ぎて何でも分かるようになっちまったみてぇ」
「ンなら俺の気持ちなんて分かってんじゃねェのかよ?」
「そりゃ勿論分かってるぜ。俺のことが好きってな」
俺が笑みを見せれば見せるほど爆豪は不快そうな顔になっていく。
分かりやすくて可愛い、そして愛しい。
なんて思った時にはもう身体が動いていた。
傘を離して、爆豪を抱き締めて、耳元で囁く。
「だから離れなきゃなんねぇんだ」
「……言ってることとやってることが合ってねぇぞ」
「そうだな」
突然抱きついたにも関わらず爆豪は抵抗することもなく、むしろ俺の背中に腕を回してきた。
「好きだから壊してぇとか恋ってモンとか俺には全然分からねェ。けど……誰かと一緒にいたいと思ったのはお前が初めてだ」
「……サンキュ」
不覚にも感動してしまったのは、必要とされることが初めてだったからだ。
何もない自分でもまだ必要としてくれる人がいるのだと。
抱きついたまましばらく動かずにいると爆豪が口を開いた。
「離れたくねェなら離れんなよ。テメェはどうせ俺に迷惑掛かるとか思ってんだろ」
「まぁな。どう考えても俺は日の当たる場所にいていい人間じゃねぇ」
「そりゃそうだ。だから俺のことそっちに引っ張りゃいいんじゃねぇの?」
爆豪は「壊したい」と思っていた俺の上を行く奴だったのかもしれない。
正常が壊れていて、ぶっ飛んでいて。
躊躇ったことが馬鹿らしく思えるぐらいに。
「どうせ堕とすなら地獄の底まで一緒に連れていけよな」
抱き締めていた所為で顔は見えなかったけれど。
きっと笑っていた気がする──いや、絶対に。
「お前には勝てねぇわ」
「ったりめーだ」
──爆豪に出会って「幸せ」ってモンを願ってしまった。

だから、こんな風に地獄の底に連れていくはずではなかった。
暗い場所でひっそりと2人でいる日々だけで充分だったのに。
地獄の底のような場所で一緒にいたいだけだったのに。
俺にはそれすら許されなかったらしい。
たった3日で幸せが崩れ去るなんて思いもしなかった。
「あぁ……いてぇなぁ……」
すれ違い様にナイフで腹を刺されたことは覚えている。
相手は恐らく物体に付加価値を付ける個性を持っていて、ナイフが腹に刺さった瞬間に爆ぜた。
「復讐だ」と言っていたのは聞き間違いではないだろう。
いつかどこかで俺が殺した誰かの為の復讐。
因果応報の文字が頭に浮かぶ。どうせこうなる運命だったのだと。
爆豪に出会ってからの日々の方が間違っていたのだ。
幸せなんて、温かさなんて、知るべきではなかった。
けれど今、脳裏には爆豪しか浮かばない。
最期に会いたい、なんて贅沢な願いかもしれない。
それでも願えば叶う気がして──。

「荼毘っ!」

一瞬、幻聴かと思ったが駆け寄ってきた顔を見て本当に叶ったのだと分かった。
「お前、どうし……っ」
俺の腹の怪我を見て察したのだろう。
爆豪はそれ以上言わずに俺の顔を覗き込んだ。
初めて見る泣きそうな顔。
「……嫌だ、死ぬんじゃねェ」
ポロポロと俺の顔を濡らす涙。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
言いたいことは沢山あるのに何も喋れない。
喋ろうとすると、苦しくて。
「テメェ、死んだらぶっ殺すからな!」
泣きながら俺を叩いて支離滅裂な言葉を吐く爆豪に口許だけで笑みを返す。
けれど爆豪は笑ってくれなかった。
「まだ全然……幸せにしてやってねぇから……!」
手を伸ばして溢れる涙を拭う。
その手を爆豪が握り締めた。
冷えていく自分にとって爆豪の体温は熱いぐらいだった。
血を吐いてから無理矢理声を出す。
「なァ、笑えよ──爆豪」
「……最期がそれかよ」
ゴシゴシと涙を拭いた爆豪はそれでも涙が止まっていなかったが、満面の笑みを見せてくれた。
それは今までで一番可愛くて、またひとつ「幸せ」をくれた気がした。
(本当にありがとな)
きっとこれはもう声になっていなかっただろう。
それでも伝わればいい。
爆豪を好きにならなければこんな「幸せ」を感じることなど出来なかった。
「轟燈矢」よりも「荼毘」の方が絶対に幸せだった。
奇しくもそれはまるで復讐を果たしたかのような。









「荼毘っ!聞いとけっ!俺もっ!好きだかんなっ!」
薄れゆく意識の中、君の笑顔と君の言葉がこんなにも──。
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