【荼毘トガ】ちいさなねがい、ちいさなしあわせ。
「燈矢くん、お散歩に行きましょう」
返事も待たずにトガは俺の腕を引っ張る。
特段用事もなかった俺はされるがままに引っ張られながらアジトを出た。
「散歩っつっても何処行くんだよ」
一連の騒動ですっかり有名になってしまった俺たちは普通に街を歩くことも難しい。
深夜とはいえ見つかったら厄介なことになるのは間違いない。
振り返ったトガは嬉しそうに笑って言った。
「ふふ、秘密です」
「何だそりゃ」
仕方がなく腕を掴まれたままついていく。
何にしてもいいことだ。
──トゥワイスが死んで以降、ずっと塞ぎがちだったトガが珍しく笑ったのだから。
「ここです」
トガに引っ張られて着いた場所は廃ビルの屋上だった。
深夜の暗い道を更に暗い方へ歩いているとは思ったがその先に廃ビルがあることは知らなかった。
昔は病院だったのだろう。
屋上へ上がるまでに破れたカルテや朽ちかけたベッド、壊れた医療器具等様々な物が散乱していた。
もう誰にも使われていないこの場所は心霊スポットにでもなっていそうだ。
「こんなとこよく見つけたな」
「1人になりたい時に来るんです。アジトからそんなに遠くないし」
「そんな大事な場所、俺に教えていいのかよ」
「燈矢くんだから教えたんですよ。一緒に行きたいなって思ったんです」
俺の腕を離したトガは空に向かって指さした。自然と視線が上に向く。
夜空にはキラキラと星が瞬いていた。
「綺麗だと思いませんか?」
「あぁ、そうだな。地上よりもずっといい」
「私もそう思います。燈矢くんとはいつも気が合うので嬉しいです」
トガは壊れかけたフェンスに背中を預けて座ってから俺を見上げた。
意味を察し、だらだら歩いてその隣に座った。
「気が合う、ねェ。イカれた奴と気が合うなんて勘弁して欲しいぜ」
「燈矢くんは私以上にイカれてるじゃないですか」
「まぁな。ある意味そうかもしれねぇ」
ぼんやりと星を見る。
思えば「荼毘」として生きてから初めてかもしれない、空を見上げるのは。
星など昔から変わらず輝いていたはずだ。ただ俺が見ようとしなかっただけで。
無言のままの時が過ぎる。けれど気まずさはなかった。
2人でいる時はいつもこんな感じだ。
喋りたい時に喋ればいい。付き合いが長くなるにつれて互いにそれが分かっていた。
トガがやっと口を開いた時には5分以上経過していた。
「……私、ヒーローが嫌いです。大嫌いになりました」
「だから言ってんだろ。あんな奴ら薪にでもなりゃいい」
「そうですねぇ。あれから毎日考えてました。色んなこと考えて考えて考えて──何かもう全部嫌になっちゃいました」
あれから、というのはトゥワイスが死んでからのことを言っているのだろう。
確かにアジトで見掛ける度にトガは思い悩んだような顔をしていた。
今まではヘラヘラと笑っていたのに。楽しいことがなくても笑っていたのに。
「許せないです。今まで人の命奪った私が言えることじゃないかもしれないけど、どうしても許せないんです」
「安心しな。お前よりもっと多くの命奪った俺が許してやるから」
「ふふっ、燈矢くんらしいです。じゃあ私、憎んでも恨んでも復讐してもいいんですね」
「勿論。復讐が一番の原動力だぜ」
「仁くん、喜んでくれるかなぁ」
「アイツはお前のこと想ってた。お前の考えも行動も理解してくれるはずだ」
俺の言葉にトガは「確かに」と笑った。
その純粋な笑みを見る度に思う。
もしトガの周りにいる人間が俺やトゥワイスや死柄木のような奴じゃなければコイツはもっとまともに生きていけたのではないかと。
少なくともこんなに悪に染まらなくて済んだはずだ。
ステインに憧れていただけの頃はまだ改心出来たのだ、きっと。
けれどトガは「こちら側」を選んでしまった。だから黒く染まってしまった。
今更考えても仕方がないことを考えて──目が合った。
「私、生まれ変わってもヴィラン連合の皆といますよ、絶対。燈矢くんが考えてることは何となく分かるけど、そんな未来はいらないんです」
「何だ?人の考えてることでも読めるようになったのか?」
「燈矢くんは結構顔に出ますから。私のこと心配してくれてるんだなって」
「……はあ。誰かと長く一緒にいるのも考えもんだな」
今までは他人と一緒にいることがなかった。その場限りの関係でいる方が楽だったからだ。
だがヴィラン連合に入ってからそうもいかなくなった。
誰のことも信じていないが「仲間」という意識は持ってしまった。
「私は燈矢くんと一緒にいられて嬉しいです。もっとずっといたいです。だから、だから……」
視線を向けるとトガはにっこりと笑っていた──涙を溢しながら。
「私より先に逝かないでください」
「!」
俺の覚悟が見透かされた気がした。次で「最期」にするという俺の覚悟が。
元より「荼毘」の人生は復讐の為にあった。
アイツに復讐出来ればそれでいい。一緒に地獄に堕ちることが出来れば、それで。
けれど「仲間」に──トガに出会ってしまったのは間違いだった。
復讐以外にしたいことが出来てしまったのだから。
「また皆でお寿司食べたいです。ドライブだってしたいです。燈矢くんとデートだって……したいです」
「分かった分かった。とりあえず泣くのやめろ」
ボロボロ涙を溢すトガをどうしていいか分からず、身体ごと引っ張って胸元に押し付けた。
着ていたシャツに涙が染み込むのが分かる。
しばらくしてやっとトガは顔を上げた。
その瞳にはもう涙は浮かんでいなかった。
「……ありがとうございます。すごくスッキリしました。私、泣きたかったみたいです」
「そりゃ良かった」
「それと燈矢くんにぎゅってして貰えて嬉しかったのです。ドキドキしちゃいました」
「……あー、そうかよ」
純粋な笑顔を見ていられなくなって顔を背ける。
多分心の内はバレてしまっただろう。
トガは洞察力が良くて目敏い。
「ふふっ、照れてる燈矢くんはかぁいいです」
「いちいち言うな。お前のそういうとこ、すげぇムカつく」
頭を軽く叩いてもトガは嬉しそうだった。
「だってかぁいいんだもん。思ったことはその時言わないと……後悔してからじゃ遅いんです」
「まぁな。それは言えてる」
「燈矢くんも私に言いたいこと、ありますか?」
「んー……そうだな」
トガの言う通りだ。
後悔する前に伝えることは伝えておかなければ。
だから一番言いたかったことを口にした。
「さっきのこと、約束は出来ねェ。未来なんて分かんねェから。けどお前が待っててくれんなら……生きる努力は絶対ぇする」
「っ!」
「だからお前も簡単に死ぬなよ。生きて生きて生き抜いて──またここに来るぞ」
「……はい!必ず」
今、トガの瞳から流れた涙は嬉し涙なのだろう。
それぐらいの違いは分かるようになった。
それだけ俺もコイツのことを見て来たから。
いつの間にか誰よりも大切な人になっていたから。
俺の肩に凭れかかったトガは「幸せだなぁ」とぼやいた。
「私、気付いちゃったんですけど」
「何だよ」
「幸せってすごく小さいんですよね。だからよく見ないと見落としちゃうんです」
「……あぁ。そうだな」
「今まで沢山見落としてたのかもしれないけど、今が一番幸せだからいいのです」
トガは心の底から幸せそうな笑顔を見せた後、俺の頬にキスをした。
「おすそ分けです」
「……サンキュ。じゃ、俺も返す」
顎を掴んで唇に唇を押し付ける。
触れるだけのキスに近かったけれど唇は熱を持ったように感じた。
唇を離すとトガは両手で顔を隠して小声で言った。
「そういうカッコイイの、ずるいです」
「カッコイイのか?」
「カッコイイですよ。私、今まで色んな人好きになったけど付き合いたいと思ったのは燈矢くんだけですから」
「ふぅん。そりゃ良かった」
トガはもう一度俺の肩に頭を預けた。
そこが定位置であるかのように。
「いつか燈矢くんの血もちうちうさせてくださいね」
「絶対ぇ嫌だ」
「えー!好きな人になりたいのに」
「お前はお前でいるのが一番いい」
「それ、私のことすごく好きって意味ですよね?」
「……かもな」
いつもなら否定していた。
今、素直な気持ちを伝えたのはきっと後悔したくなかったからだ。
トガの言う通りだと思ったから。
「ふふっ、ありがとうございます」
小さな声に小さく頷き返した。
誰もいない廃ビルは何の音も聞こえないし何の気配も感じない。
世界で2人きりになったかのような感覚。
そう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。
(やっぱり似てんのかもしれねぇなぁ)
手を握ってきたトガもきっと同じことを考えていた。
何も言わなくても、全て分かってしまう。
(俺もコイツも充分不幸味わってんだ)
決戦の日を越えたらまたここで隣に座って手を繋ぎたい──たったそれだけの小さな願い。
(最後ぐらい幸せになってもいいだろ)
それすら叶わないとしても、俺たちは戦うしかないから。
「幸せになろうぜ、トガヒミコ」
「燈矢くんとなら、きっと」
──これから待ち受ける運命がどちらに転んでも、必ず。
返事も待たずにトガは俺の腕を引っ張る。
特段用事もなかった俺はされるがままに引っ張られながらアジトを出た。
「散歩っつっても何処行くんだよ」
一連の騒動ですっかり有名になってしまった俺たちは普通に街を歩くことも難しい。
深夜とはいえ見つかったら厄介なことになるのは間違いない。
振り返ったトガは嬉しそうに笑って言った。
「ふふ、秘密です」
「何だそりゃ」
仕方がなく腕を掴まれたままついていく。
何にしてもいいことだ。
──トゥワイスが死んで以降、ずっと塞ぎがちだったトガが珍しく笑ったのだから。
「ここです」
トガに引っ張られて着いた場所は廃ビルの屋上だった。
深夜の暗い道を更に暗い方へ歩いているとは思ったがその先に廃ビルがあることは知らなかった。
昔は病院だったのだろう。
屋上へ上がるまでに破れたカルテや朽ちかけたベッド、壊れた医療器具等様々な物が散乱していた。
もう誰にも使われていないこの場所は心霊スポットにでもなっていそうだ。
「こんなとこよく見つけたな」
「1人になりたい時に来るんです。アジトからそんなに遠くないし」
「そんな大事な場所、俺に教えていいのかよ」
「燈矢くんだから教えたんですよ。一緒に行きたいなって思ったんです」
俺の腕を離したトガは空に向かって指さした。自然と視線が上に向く。
夜空にはキラキラと星が瞬いていた。
「綺麗だと思いませんか?」
「あぁ、そうだな。地上よりもずっといい」
「私もそう思います。燈矢くんとはいつも気が合うので嬉しいです」
トガは壊れかけたフェンスに背中を預けて座ってから俺を見上げた。
意味を察し、だらだら歩いてその隣に座った。
「気が合う、ねェ。イカれた奴と気が合うなんて勘弁して欲しいぜ」
「燈矢くんは私以上にイカれてるじゃないですか」
「まぁな。ある意味そうかもしれねぇ」
ぼんやりと星を見る。
思えば「荼毘」として生きてから初めてかもしれない、空を見上げるのは。
星など昔から変わらず輝いていたはずだ。ただ俺が見ようとしなかっただけで。
無言のままの時が過ぎる。けれど気まずさはなかった。
2人でいる時はいつもこんな感じだ。
喋りたい時に喋ればいい。付き合いが長くなるにつれて互いにそれが分かっていた。
トガがやっと口を開いた時には5分以上経過していた。
「……私、ヒーローが嫌いです。大嫌いになりました」
「だから言ってんだろ。あんな奴ら薪にでもなりゃいい」
「そうですねぇ。あれから毎日考えてました。色んなこと考えて考えて考えて──何かもう全部嫌になっちゃいました」
あれから、というのはトゥワイスが死んでからのことを言っているのだろう。
確かにアジトで見掛ける度にトガは思い悩んだような顔をしていた。
今まではヘラヘラと笑っていたのに。楽しいことがなくても笑っていたのに。
「許せないです。今まで人の命奪った私が言えることじゃないかもしれないけど、どうしても許せないんです」
「安心しな。お前よりもっと多くの命奪った俺が許してやるから」
「ふふっ、燈矢くんらしいです。じゃあ私、憎んでも恨んでも復讐してもいいんですね」
「勿論。復讐が一番の原動力だぜ」
「仁くん、喜んでくれるかなぁ」
「アイツはお前のこと想ってた。お前の考えも行動も理解してくれるはずだ」
俺の言葉にトガは「確かに」と笑った。
その純粋な笑みを見る度に思う。
もしトガの周りにいる人間が俺やトゥワイスや死柄木のような奴じゃなければコイツはもっとまともに生きていけたのではないかと。
少なくともこんなに悪に染まらなくて済んだはずだ。
ステインに憧れていただけの頃はまだ改心出来たのだ、きっと。
けれどトガは「こちら側」を選んでしまった。だから黒く染まってしまった。
今更考えても仕方がないことを考えて──目が合った。
「私、生まれ変わってもヴィラン連合の皆といますよ、絶対。燈矢くんが考えてることは何となく分かるけど、そんな未来はいらないんです」
「何だ?人の考えてることでも読めるようになったのか?」
「燈矢くんは結構顔に出ますから。私のこと心配してくれてるんだなって」
「……はあ。誰かと長く一緒にいるのも考えもんだな」
今までは他人と一緒にいることがなかった。その場限りの関係でいる方が楽だったからだ。
だがヴィラン連合に入ってからそうもいかなくなった。
誰のことも信じていないが「仲間」という意識は持ってしまった。
「私は燈矢くんと一緒にいられて嬉しいです。もっとずっといたいです。だから、だから……」
視線を向けるとトガはにっこりと笑っていた──涙を溢しながら。
「私より先に逝かないでください」
「!」
俺の覚悟が見透かされた気がした。次で「最期」にするという俺の覚悟が。
元より「荼毘」の人生は復讐の為にあった。
アイツに復讐出来ればそれでいい。一緒に地獄に堕ちることが出来れば、それで。
けれど「仲間」に──トガに出会ってしまったのは間違いだった。
復讐以外にしたいことが出来てしまったのだから。
「また皆でお寿司食べたいです。ドライブだってしたいです。燈矢くんとデートだって……したいです」
「分かった分かった。とりあえず泣くのやめろ」
ボロボロ涙を溢すトガをどうしていいか分からず、身体ごと引っ張って胸元に押し付けた。
着ていたシャツに涙が染み込むのが分かる。
しばらくしてやっとトガは顔を上げた。
その瞳にはもう涙は浮かんでいなかった。
「……ありがとうございます。すごくスッキリしました。私、泣きたかったみたいです」
「そりゃ良かった」
「それと燈矢くんにぎゅってして貰えて嬉しかったのです。ドキドキしちゃいました」
「……あー、そうかよ」
純粋な笑顔を見ていられなくなって顔を背ける。
多分心の内はバレてしまっただろう。
トガは洞察力が良くて目敏い。
「ふふっ、照れてる燈矢くんはかぁいいです」
「いちいち言うな。お前のそういうとこ、すげぇムカつく」
頭を軽く叩いてもトガは嬉しそうだった。
「だってかぁいいんだもん。思ったことはその時言わないと……後悔してからじゃ遅いんです」
「まぁな。それは言えてる」
「燈矢くんも私に言いたいこと、ありますか?」
「んー……そうだな」
トガの言う通りだ。
後悔する前に伝えることは伝えておかなければ。
だから一番言いたかったことを口にした。
「さっきのこと、約束は出来ねェ。未来なんて分かんねェから。けどお前が待っててくれんなら……生きる努力は絶対ぇする」
「っ!」
「だからお前も簡単に死ぬなよ。生きて生きて生き抜いて──またここに来るぞ」
「……はい!必ず」
今、トガの瞳から流れた涙は嬉し涙なのだろう。
それぐらいの違いは分かるようになった。
それだけ俺もコイツのことを見て来たから。
いつの間にか誰よりも大切な人になっていたから。
俺の肩に凭れかかったトガは「幸せだなぁ」とぼやいた。
「私、気付いちゃったんですけど」
「何だよ」
「幸せってすごく小さいんですよね。だからよく見ないと見落としちゃうんです」
「……あぁ。そうだな」
「今まで沢山見落としてたのかもしれないけど、今が一番幸せだからいいのです」
トガは心の底から幸せそうな笑顔を見せた後、俺の頬にキスをした。
「おすそ分けです」
「……サンキュ。じゃ、俺も返す」
顎を掴んで唇に唇を押し付ける。
触れるだけのキスに近かったけれど唇は熱を持ったように感じた。
唇を離すとトガは両手で顔を隠して小声で言った。
「そういうカッコイイの、ずるいです」
「カッコイイのか?」
「カッコイイですよ。私、今まで色んな人好きになったけど付き合いたいと思ったのは燈矢くんだけですから」
「ふぅん。そりゃ良かった」
トガはもう一度俺の肩に頭を預けた。
そこが定位置であるかのように。
「いつか燈矢くんの血もちうちうさせてくださいね」
「絶対ぇ嫌だ」
「えー!好きな人になりたいのに」
「お前はお前でいるのが一番いい」
「それ、私のことすごく好きって意味ですよね?」
「……かもな」
いつもなら否定していた。
今、素直な気持ちを伝えたのはきっと後悔したくなかったからだ。
トガの言う通りだと思ったから。
「ふふっ、ありがとうございます」
小さな声に小さく頷き返した。
誰もいない廃ビルは何の音も聞こえないし何の気配も感じない。
世界で2人きりになったかのような感覚。
そう思ったのは俺だけじゃなかったらしい。
(やっぱり似てんのかもしれねぇなぁ)
手を握ってきたトガもきっと同じことを考えていた。
何も言わなくても、全て分かってしまう。
(俺もコイツも充分不幸味わってんだ)
決戦の日を越えたらまたここで隣に座って手を繋ぎたい──たったそれだけの小さな願い。
(最後ぐらい幸せになってもいいだろ)
それすら叶わないとしても、俺たちは戦うしかないから。
「幸せになろうぜ、トガヒミコ」
「燈矢くんとなら、きっと」
──これから待ち受ける運命がどちらに転んでも、必ず。
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