【切爆】Peace Sign

初めて爆豪を見た時、すげぇ奴だと思った。
頭はいいし運動神経も抜群、極め付けに派手な「個性」を難なく使いこなす。
「すっげぇ……かっけぇ!」
憧れた、どうしようもなく。
同い年でこんなにもすげぇ奴がいるのだと感動すらしていた。
しかもそれが同じ学校で同じクラスにいるのだから幸運としか思えなかった。
「なぁ、爆豪!お前、マジですっげぇな!」
テンション高く声掛けた俺に対し爆豪は「あぁ?うっせぇな、モブが!」と返し、そのまま去って行った。
「何だあれ」と周りにいたクラスメイトは不快そうな顔をしていた。
「切島、気にすんなよ」とも。
多分、普通はショックを受けるか怒るかの二択なのだろう。
けれど俺は普通ではなかった。
「おぅ!全然気になんねぇ!」
変わらぬ笑顔のまま目を爛々と輝かせる俺を見てクラスメイトは不思議に思っただろう。
実際俺は爆豪の言葉に何の衝撃も受けなかったし、苛立ちもしなかった。
むしろ「モブ」という言葉に納得してしまったぐらいだ。
それぐらい爆豪は物語の主人公みたいに見えた。
カッコ良くて派手で何でも出来るヒーロー。それは俺の理想とも言えた。
だからどれだけ嫌がられても爆豪に話し掛けた。返答がなくても話し続けた。
近くにいれば分かると思った。どうすれば理想に近付けるのかが。
そしてやっと「切島」と苗字を呼んでくれるようになった頃。
爆豪がめちゃくちゃ強い反面──めちゃくちゃ繊細だということに気付いた。

爆豪勝己は最強で最恐で最凶。
恐らく雄英高校にいる生徒は全員その言葉に納得するだろう。
口が悪く、性格も悪い。目つきの悪さは凶器そのもの。
その所為で近付く人間はかなり限られる。
A組連中はそんな爆豪の悪行にも慣れたもので徐々に会話する者も増えてきた。
けれど上鳴曰く「緑谷除いたら切島のことしかまともに認識してなさそう」らしい。
それはきっと最初からしつこく話し掛けていたからだろう。
やっと苗字を呼ばれるようになった俺が一番マシだというのだから、いかに爆豪が他人に興味ないのかが分かる。
とはいえ本当は爆豪が周りをよく見ていることを俺は知っている。
誰かと誰かが対戦していたら物凄い形相で睨んでいるし、じっくりと見ていることは間違いない。
爆豪の強さはそこから作られるのだろう。だから俺もそれを真似するようになった。
それだけではなく特訓や練習、勉強も出来る限り真似していた。
だがとにかく初期スペックが違い過ぎる。ついていくだけで精一杯と言わざるを得なかった。
特に勉強は絶望的で、それに関しては頭を下げて教えてもらうことにした。
「切島って勉強はマジで出来ねぇよな」
「まぁな!って、他は結構出来てるってことか!?」
その言葉に爆豪は「調子乗んな」と返してきたけれど、あれは素直になれない爆豪なりの褒め言葉だったと思っている。
──そうだ、真似をするようになってからだ。爆豪の内面的な部分が見えるようになったのは。

完璧な人間なんていないと分かっていたはずなのに、何故完璧だと思ってしまったのだろう。
爆豪だって俺と同じ高校生で、まだまだガキで、未熟な部分もあるはずなのに。
弱さを他人に見せたくないという気持ちが人一倍強いから見えなかった。
──俺にも、誰にも。
だから気付くまでに時間が掛かってしまった。
そして気付いてから一気に心配になってしまった。
誰よりも強いはずの爆豪を心配していたのは俺だけかもしれない。
けれどもう、駄目だった。
知ってしまったら二度と知らなかった頃には戻れない。
(きっとアイツは余計なことすんなって言うだろうけど)
あの頃のように何も出来ずに後悔するぐらいなら、嫌われた方がマシだ。

「爆豪、話あんだけど」
昼休み、教室にいた爆豪に声を掛けて屋上を指し示す。
素直に着いてきた爆豪は屋上についてすぐ俺を訝しげに見つめた。
「……」
真剣な顔をする俺を見ていつもと違う雰囲気であることを察してくれたらしい。
フェンスに寄り掛かり話を切り出した。
「お前が強ぇのは分かってる。誰よりも強ぇって思うんだけどさ……それでも心配なんだよな」
「……何が言いてェんだ」
「悪ぃ。遠回しに言うのとかすげぇ苦手だからハッキリ言うな。最近絡むようになって爆豪の内面的な部分が心配になった」
爆豪は文句言うことなく聞いていた。
「お前の弱い部分知ってから守りてぇって思ったんだ。俺の方が弱いくせにな。烏滸がましいってのも分かってる。全部分かってんだ」
自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
伝えたいことは沢山あるのに上手く言葉に出来なくてもどかしい。
ただ、思ったことは全て口にしようと思った。後悔しない為に。
「俺、爆豪のこと好きだから。俺の中で一番大切な奴だから。守りてぇの!えーっと……内面とかメンタルとかそういう部分!」
「……テメェが言いてぇことは何となく分かった」
「マジで!?」
「喋んの下手過ぎるけどな」
「あー、そこは否定しねぇ。悪ぃな。察してくれてサンキュ」
手を合わせて謝ると同時に感謝する。
馬鹿な俺の言葉でも頭のいい爆豪は理解してくれたらしい。
「俺のこと守るなんざ百年早ぇけど。自分の内面の弱さは自覚あるからな。まぁ、勝手にしろや」
「おぅ!爆豪は誰よりも弱み見せんの嫌いだと思うから勝手に気付いて勝手に守るぜ!」
「……俺のことそんなに考える奴なんてテメェ以外いねぇわ」
呆れ顔の爆豪にピースサインを向ける。
「じゃあ俺が一番お前のこと好きってことだ!」
「テメェが一番アホってことだろ、馬鹿が」
言葉に反して爆豪は笑っていた。
屈託ない笑顔が可愛くて俺はつい素直に言ってしまった。
「爆豪の笑顔、すげぇ可愛いな!」
「ンなわけねぇだろ、クソが」
今日一番不機嫌な顔をした爆豪はそのまま教室に戻って行った。
「あ、待てって!悪ぃ、悪ぃ!」
走ってその背中を追い掛ける。

きっと俺はこれからも爆豪を怒らせてばかりだろうけれど──ずっとこうして一緒に未来を盗み描いていけたら、なんて思うんだ。
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