【切芦】ドキドキさせないで。

中学生の頃から切島のことを気にしていなかったと言えば嘘になる。
外見も中身も今ほど派手ではなかったし、正直地味だという印象の方が強かった。
それでも何かと目に入ることはあった。
あの時も、そうだった。
友達がヴィランに狙われた時、私が内心ビクビクしながら助けた時。
近くに切島がいたことを知ったのは怖くて泣いた後だった。
呆然と立ち尽くしていた切島はきっと心の中で葛藤していたのだろう。
自分への苛立ちと、助けられずにいた罪悪感。
その時はまだ切島が雄英高校に入るということは知らなかった。
泣きながら一瞬目が合った時、申し訳なさそうにしていたことを覚えている。
切島もヒーローになりたいのだろうと勘づいたのはその時だ。
話したこともない彼のことがやけに気になり始めたのも、その頃。

ヒーローになりたくて雄英高校に入ると決めたのに──私はどうしようもなく怖がりだった。
友達や仲間や困っている人を全員助けたい。
その思いとは裏腹に現場へ行くと足が竦む。
それでも自分の個性は必ず人助けに役立つはずだ。
「酸」はあまりにも強力で、それ故に使い方を間違えるわけにはいかない。
だから雄英高校で学びたいと思った。
自分の気持ちを強くする方法と、この個性を有効的に使う方法を。

そして念願の雄英高校に入った時、最初に驚いたのは切島の変化だった。
真っ赤になって逆立った髪の毛。作られた2本のツノ。
「情けねー自分との決別だ!!」
別人のように変わった切島を見て大きな衝撃を受けた。
自分の気持ちが固まった。
雄英高校で必ず変わるのだと、決めた。
切島が私を見て決意してくれたように、私も切島のように変わろう、と。

「芦戸!1人なら一緒に帰ろうぜ」
「いいよー。ちょうど麗日と別れたとこ」
高校に入って1ヶ月が経っていた。
たまたま帰り道が一緒になった切島に声を掛けられ、一緒に帰ることにする。
何だかんだ2人きりで喋るのは随分久しぶりだった。
「で、進捗どう?」
私の質問に切島は「うーん」と腕を組んで唸った。
「2割だな」
「どゆこと?」
「自分で立てた目標の2割ぐらいしか達成してねぇ。うちのクラス皆すげぇじゃん?だからそれに着いていくのが精一杯」
「あー、わかる。皆すごいよねぇ。当たり前だけどここにはヒーロー志望の子しか集まってないから刺激的」
中学の頃は自分の周りにヒーローを目指している子はいなかった。
けれど今は違う。右を見ても左を見てもヒーロー志望しかいないのだ。
嬉しくなると同時に焦る。置いていかれないようにしなければ、と。
それは切島も感じているようでコクコクと頷いた。
「クラスの奴ら面白ぇし、思った以上に楽しいのは最高なんだけどな。そこで終わったら意味ねぇなって」
「そだね。切島、本当変わったなぁ!」
「って言っても中学ん時全然喋ったことなかっただろ。お前はキラキラしてたし俺は暗かった」
「んー、まぁね。でも見てたから知ったし。雰囲気が違うし、めちゃくちゃ男らしくなったと思う!」
ニシシと笑って言うと切島は一瞬虚をつかれたような顔をしてから大きく笑った。
「そっか!サンキュー!」
その瞬間、ドキッと大きな音が聞こえた気がした。
間違いなく、自分の心の中から。
この感覚は2回目だ。
1回目はイメチェンした切島を見た時。
あの時受けた衝撃も同じだったのだ、きっと。
ドキドキと脈打つ胸元を押さえる。
聞こえるわけがないのに不安になってしまう。
「ん?どうした?顔、赤ぇけど」
「え!?顔っ!?」
ばっと両手で頬を覆う。鼓動にばかり気を取られていて顔に出ていたことなど考えもしなかった。
私の行動が面白かったのか切島はハハッと笑った。
「なんつーか芦戸ってさ、女の子って感じがして可愛いよな。あ、こういうの差別になっちまう?」
「全然。むしろ嬉しいし!ありがと」
高鳴る鼓動が勢いを増した。
これ以上ドキドキさせないで欲しいと思うのに、切島の笑顔を見る度に心が反応してしまう。
「良かった。そういうのも含めて芦戸に言いたいこといっぱいあったんだ」
「なになに?」
「まずこの髪型。お前がツノって言ってた前髪な。これ、お前みたいになりてぇからそうした」
「そっか。オソロって思ってたけど私みたいになりたいとは思わなかったな」
「ここに来てすげぇ奴に沢山出会ったけどやっぱり俺の1番の憧れは芦戸だ」
「やめろよー。なんか照れるじゃん」
「じゃ、とりあえずこれだけにしとく。言いたいことまだまだあるけどな。とにかく感謝してんだ。ありがとな!」
向けられた拳の意味を考える。切島らしい挨拶と言えば。
「おう!これからもよろしくねー!」
ゴンと拳をぶつけ返す。
切島からもらった言葉は全て暖かくて嬉しくて。
ドキドキよりもふわふわした気持ちになった。
あの頃より少し身長が高くなった切島を横目でちらりと見上げる。
その顔にはもう暗さも翳りもなくて──私は初めて誰かのヒーローになれたのかもしれないと思った。
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