【荼毘轟】夏祭りには狐面で。
カランコロンと音を立てて会場までの道を歩く。
「夏祭りに行ってくる」と家族に伝えると「それなら浴衣で行きなよ!」と姉に捕まり手早く着付けまでされてしまった。
折角の好意だと焦凍は特に逆らうことなくされるがままになった。
元々浴衣は好きだった。下駄も多少歩きにくいけれど嫌いではない。
涼しいのも夏らしい音も悪くなかった。
待ち合わせ場所へ向かいながら先程嬉しそうに笑っていた姉を思い出す。
少しニヤついていたのは恐らく勘違いしていたからだろう。
一緒に行く相手がクラスメイトの女子だとでも思ったのかもしれない。
けれど実際の相手はクラスメイトでも女子でもない。
「燈矢兄。ごめん、お待たせ」
焦凍が待ち合わせ場所に行くと燈矢は軽く手を上げた。
「あぁ、大丈夫。あんまり待ってねぇし。浴衣、似合い過ぎてんな」
「そうか?無理矢理着せられたようなもんだけどな。そう言ってもらえて良かった」
「成程。大体想像ついた」
ククッと笑った燈矢は焦凍がどういう経緯で浴衣になったか察したようだ。
あまり家にいなかったとはいえ兄弟であることは違いない。
どうしてこうなったか理解するのは容易だったらしい。
「けどまァ、折角の祭りだ。そういう衣装の方がそれっぽいだろ」
「まぁな。燈矢兄も家帰れば着付けしてもらえると思うけど?」
燈矢は黒Tシャツに黒パンツというラフな格好で、いつもよりずっと夏らしい衣装だ。
だが浴衣も似合うだろうと思う。
焦凍の提案に燈矢は首を振った。
「俺はいい。焦凍の浴衣見てりゃ充分だ。行こうぜ」
「あぁ」
祭り会場は混雑していた。向かい合う屋台の間には人だらけで、普通に歩くことすら難しい。
特に目的の屋台もない2人は人に流されるがまま歩いていた。
「焦凍、腹減ってねぇ?」
「少し。何か食べるか?」
「暑ぃからかき氷ぐらいしか食う気しねぇ」
焼きそば、イカ焼き、焼きとうもろこし等定番の屋台が並ぶ中、やっとかき氷屋を見つけて立ち止まる。
ここのかき氷屋は真っ白のかき氷を渡され、自分でシロップをかけるスタイルらしい。
2人分購入し、置かれた沢山のシロップの前で燈矢はボソッと言った。
「どうせどれでも同じ味なんだろ」
「そうらしいけどいざ選ぶとなると悩むな」
「んじゃ、焦凍はイチゴとブルーハワイだな。炎と氷ってことで」
「燈矢兄はブルーハワイだけってことか?」
「いや。味気ねぇから俺もお前と同じにする」
イチゴ味とブルーハワイ味のシロップを半分ずつにかけた2人は店を離れ、食べられる場所を探した。
会場の席は大体埋まっていた為、端の方で立ったまま食べる。
暑い中で食べるかき氷は美味しかったが、溶けるのも早くすぐに終わってしまった。
「甘かったな。何もかけねぇ方が良かったかも」
「……絶対シロップかけた方が美味いと思う。そんなこと考えるのきっと燈矢兄ぐらいだ」
「そうかぁ?また食べる機会があったらそん時は真っ白のままにする」
「やっぱり燈矢兄って変わってるな」
苦笑した焦凍は2人分のゴミをゴミ箱に捨ててから燈矢の腕を引っ張った。
「行きたいとこがある」
「へぇ。何処?」
人混みの中に入り、焦凍は射的屋を指さした。
「あれ。面白そうだなって思って」
「ふぅん。やってみようぜ」
列に並ぶと割と早めに順番が回ってきた。
焦凍はまず大きめのお菓子を狙って銃を撃ったが、コルク玉は思わぬ方向へ飛んでいった。
2発目も3発目も狙った物を大きく避けてしまった。
燈矢は少し驚いた顔で焦凍を見た。
「お前のことすげぇ器用だと思ってたけど苦手なもんもあるんだな」
「俺も自分でビックリしてる。こういうのは出来る方だと思ってた」
「まァ、焦凍は大体何でも出来るからたまには出来ねェもんがあってもいいか」
5発撃ち終えた焦凍は燈矢に銃を渡した。
「適当に撃ちゃ当たるんじゃねぇの」と言いながら燈矢は1発目からお菓子に当てた。
「え、すごい。本当に当たった」
「焦凍は考え過ぎたのかもしれねぇな」
パンパンと当てていった燈矢は結局5玉分全て景品を獲得した。
店員に褒められながらお菓子やぬいぐるみ、おもちゃ等を貰った燈矢は全て焦凍に手渡した。
「やる。好きにしていいから」
「ありがとう。燈矢兄、射的の才能あるんだな。店員も全部当てる人はなかなかいないって驚いてたし」
「たまたまだろ。次は上手くいくか分かんねぇ」
ククッと笑った燈矢は「あ」と何かを見つけて足を止めた。
「どうしたんだ?」
「あれ買おうぜ」
燈矢に引っ張られて行った先はお面屋だった。
可愛いキャラクターからカッコイイヒーローまで色んなお面が飾られている。
「お面か。燈矢兄が欲しがるなんて意外だな」
「1番簡単にお祭り気分が味わえるお得アイテムだぜ?」
会話しているうちに会計まで終えた燈矢は白い狐面を焦凍の頭につけた。
「想像通り似合うな。浴衣の焦凍にはこれが1番似合うと思った」
「ありがとう。燈矢兄は?」
「俺は黒い狐な。こっちの方が似合うだろ?」
燈矢の言う通り黒い狐面は白髪に映えてとても似合っていた。
頷く焦凍に満足そうな笑みを返した燈矢は焦凍の手を取った。
そして人混みの中を再び歩き出す。
「来年も……」
「え?」
「来年もそれ、つけてこいよ。俺も来年は浴衣にすっから」
少し気恥ずかしそうに言った燈矢に焦凍は微笑を返した。
今だけは混雑していて良かったと思う。
2人して直視出来ないほど照れていたから。
「あぁ。分かった」
来年も必ず兄であり恋人でもある彼と一緒に行きたいと思って──焦凍は繋いだ手に力を入れたのだった。
「夏祭りに行ってくる」と家族に伝えると「それなら浴衣で行きなよ!」と姉に捕まり手早く着付けまでされてしまった。
折角の好意だと焦凍は特に逆らうことなくされるがままになった。
元々浴衣は好きだった。下駄も多少歩きにくいけれど嫌いではない。
涼しいのも夏らしい音も悪くなかった。
待ち合わせ場所へ向かいながら先程嬉しそうに笑っていた姉を思い出す。
少しニヤついていたのは恐らく勘違いしていたからだろう。
一緒に行く相手がクラスメイトの女子だとでも思ったのかもしれない。
けれど実際の相手はクラスメイトでも女子でもない。
「燈矢兄。ごめん、お待たせ」
焦凍が待ち合わせ場所に行くと燈矢は軽く手を上げた。
「あぁ、大丈夫。あんまり待ってねぇし。浴衣、似合い過ぎてんな」
「そうか?無理矢理着せられたようなもんだけどな。そう言ってもらえて良かった」
「成程。大体想像ついた」
ククッと笑った燈矢は焦凍がどういう経緯で浴衣になったか察したようだ。
あまり家にいなかったとはいえ兄弟であることは違いない。
どうしてこうなったか理解するのは容易だったらしい。
「けどまァ、折角の祭りだ。そういう衣装の方がそれっぽいだろ」
「まぁな。燈矢兄も家帰れば着付けしてもらえると思うけど?」
燈矢は黒Tシャツに黒パンツというラフな格好で、いつもよりずっと夏らしい衣装だ。
だが浴衣も似合うだろうと思う。
焦凍の提案に燈矢は首を振った。
「俺はいい。焦凍の浴衣見てりゃ充分だ。行こうぜ」
「あぁ」
祭り会場は混雑していた。向かい合う屋台の間には人だらけで、普通に歩くことすら難しい。
特に目的の屋台もない2人は人に流されるがまま歩いていた。
「焦凍、腹減ってねぇ?」
「少し。何か食べるか?」
「暑ぃからかき氷ぐらいしか食う気しねぇ」
焼きそば、イカ焼き、焼きとうもろこし等定番の屋台が並ぶ中、やっとかき氷屋を見つけて立ち止まる。
ここのかき氷屋は真っ白のかき氷を渡され、自分でシロップをかけるスタイルらしい。
2人分購入し、置かれた沢山のシロップの前で燈矢はボソッと言った。
「どうせどれでも同じ味なんだろ」
「そうらしいけどいざ選ぶとなると悩むな」
「んじゃ、焦凍はイチゴとブルーハワイだな。炎と氷ってことで」
「燈矢兄はブルーハワイだけってことか?」
「いや。味気ねぇから俺もお前と同じにする」
イチゴ味とブルーハワイ味のシロップを半分ずつにかけた2人は店を離れ、食べられる場所を探した。
会場の席は大体埋まっていた為、端の方で立ったまま食べる。
暑い中で食べるかき氷は美味しかったが、溶けるのも早くすぐに終わってしまった。
「甘かったな。何もかけねぇ方が良かったかも」
「……絶対シロップかけた方が美味いと思う。そんなこと考えるのきっと燈矢兄ぐらいだ」
「そうかぁ?また食べる機会があったらそん時は真っ白のままにする」
「やっぱり燈矢兄って変わってるな」
苦笑した焦凍は2人分のゴミをゴミ箱に捨ててから燈矢の腕を引っ張った。
「行きたいとこがある」
「へぇ。何処?」
人混みの中に入り、焦凍は射的屋を指さした。
「あれ。面白そうだなって思って」
「ふぅん。やってみようぜ」
列に並ぶと割と早めに順番が回ってきた。
焦凍はまず大きめのお菓子を狙って銃を撃ったが、コルク玉は思わぬ方向へ飛んでいった。
2発目も3発目も狙った物を大きく避けてしまった。
燈矢は少し驚いた顔で焦凍を見た。
「お前のことすげぇ器用だと思ってたけど苦手なもんもあるんだな」
「俺も自分でビックリしてる。こういうのは出来る方だと思ってた」
「まァ、焦凍は大体何でも出来るからたまには出来ねェもんがあってもいいか」
5発撃ち終えた焦凍は燈矢に銃を渡した。
「適当に撃ちゃ当たるんじゃねぇの」と言いながら燈矢は1発目からお菓子に当てた。
「え、すごい。本当に当たった」
「焦凍は考え過ぎたのかもしれねぇな」
パンパンと当てていった燈矢は結局5玉分全て景品を獲得した。
店員に褒められながらお菓子やぬいぐるみ、おもちゃ等を貰った燈矢は全て焦凍に手渡した。
「やる。好きにしていいから」
「ありがとう。燈矢兄、射的の才能あるんだな。店員も全部当てる人はなかなかいないって驚いてたし」
「たまたまだろ。次は上手くいくか分かんねぇ」
ククッと笑った燈矢は「あ」と何かを見つけて足を止めた。
「どうしたんだ?」
「あれ買おうぜ」
燈矢に引っ張られて行った先はお面屋だった。
可愛いキャラクターからカッコイイヒーローまで色んなお面が飾られている。
「お面か。燈矢兄が欲しがるなんて意外だな」
「1番簡単にお祭り気分が味わえるお得アイテムだぜ?」
会話しているうちに会計まで終えた燈矢は白い狐面を焦凍の頭につけた。
「想像通り似合うな。浴衣の焦凍にはこれが1番似合うと思った」
「ありがとう。燈矢兄は?」
「俺は黒い狐な。こっちの方が似合うだろ?」
燈矢の言う通り黒い狐面は白髪に映えてとても似合っていた。
頷く焦凍に満足そうな笑みを返した燈矢は焦凍の手を取った。
そして人混みの中を再び歩き出す。
「来年も……」
「え?」
「来年もそれ、つけてこいよ。俺も来年は浴衣にすっから」
少し気恥ずかしそうに言った燈矢に焦凍は微笑を返した。
今だけは混雑していて良かったと思う。
2人して直視出来ないほど照れていたから。
「あぁ。分かった」
来年も必ず兄であり恋人でもある彼と一緒に行きたいと思って──焦凍は繋いだ手に力を入れたのだった。
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