本編
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マンションの正面玄関に車を横付けして真弦を見送る。雨は店を出た頃には止んでいた。
早く部屋へ帰ればいいものの、入口からしつこく頭を下げるからブレーキランプを点滅させて応えてやった。
車をUターンさせた頃、視界に映った腕時計は22時を指していた。
女を帰すには早過ぎる時間だが、子供を送り届けるには遅かったかもしれない。
03.5 【逃避する体温】
信号待ちで煙草に火を着け、待ち侘びていた肺を満たしてやる。
真弦と定期的に食事を共にするようになって半年が過ぎていた。
まだ小学生だった彼女が研究会へ訪れるようになった頃、名人から「負担のない範囲で気にかけてやってくれ」と頭を下げられたのすらつい最近のようだ。
元々子供の世話を好んでする趣味は無かった。
だから周囲に窘められない程度に距離を置きつつも無難に付き合ってきたつもりだ。
利発な子だと奥様を筆頭に門下の仲間達は類い稀に見る可愛がり方をしていたが、俺にとっては背伸びをしている冷めたガキでしかなかった。
そう思ってきた。
なのに気がついた頃には月日はあっという間に子供を"女"へと羽化させていた。
そのくせ俺に信じ切った目を向けて今日のように送り届けてやると「良かったらコーヒーでも飲んでいきませんか?」などと軽率な提案をされた日もある。
あの時俺はなんと言って断ったのか、衝撃的で記憶にすら残っていない。
お前はそんな台詞を誰にでも言うのか?
言われた相手が何を思い浮かべるのか想像した事はあるのか?
怒鳴り付けてやりたかったが、自尊心からぐっと呑み込んだ事は憶えている。
何故ならそれを指摘した時、あいつは本当に"女"になってしまう。
そして俺自身が僅かにでも女を感じていたと自白するようなものだ。
それだけは御免被りたい。
万が一にも拒否反応を起こされたらーーー
「……別に、構いやしないだろ」
たまに食事する相手がいなくなるだけの事だ。わざわざ車を出して奢ってやる必要も無い。いっそ清々する。
他の大人の前で優等生ぶった姿勢を貫く癖に、俺の前ではムキになる愉快な様を見られなくなるのは少し惜しく思うかもしれないが、懐いた猫が居なくなれば喪失感もある。それと同じ事だ。
俺はガキに情欲を向ける程不自由しちゃいない。
ハンドルを握る手に力が篭る。
息苦しさを憶え、襟からタイを乱雑に引き抜いた。
この喩えようも無い感情を抱えたまま自宅へ帰る気にもなれず、遠回りして通い慣れたマンションに車を付けた。
合鍵をキーケースから捜し当てて中へ入ると部屋には芳しい女の香りが満ちていた。
「緒方、さん…?どうしたのこんな時間に…」
シャワーを浴びていたのか、彼女はバスローブ姿で俺を出迎えた。
濡れ髪が肌に吸い付く様を見て頬に手を伸ばす。
「近く迄来たから顔が見たくなった。迷惑だったか?」
「そう…嬉しいわ。コーヒーでも淹れましょうか?」
「必要ない。俺はタイミングが良かった」
そう言うのが先か後か、ベッドに押し倒してしまえば女の柔らかな腕は俺の背中に回り、この情動は当たり前に受容される。
「ねえ…スーツ、皺になるわよ…?」
頬を紅潮させている癖に理性的な台詞を吐く唇を強引に塞ぎ、布を一枚剥ぎ取ってやれば
ダメと被りを振る素振りもそこそこに肢体は絡み会う。
実に単純で明快な展開だ。
俺はこれでいい。
衝動を受け止める"役割"は既に在る。
それを無垢な少女に向ける程下衆じゃない。
互いの熱を擦り合わせる頃には彼女の肉体はもう極点に至るほど"出来上がって"いた。待ち侘びた形を貪るように腰を揺らし悶えている。
強請るような動きの縊れを両手で抑え付け幾度も打ち付けてやると、シーツに爪を立てながらうわ言のように俺の名を呼び、熱を喘ぎ漏らす。
汗ばむ白い背中へ向け、ああ俺もだ、と答えてやれば彼女の長い髪は乱れ、爪先から痙攣するように力んで達した。
一際高く上がった嬌声と肉壁の収縮に促されるように吐精する。
「…愛してるわ」
脳が急速に冷えていく刹那に後戯を求められる時が俺にとってセックスで最も苦痛な時間だ。
薄暗い部屋でジッポを点し、先ずは一服する。お陰で鬱憤はリセットされ頭がクリアになっていくのを感じた。
この部屋に来る前の苛立ちは排出した濁りに紛れて遠くに去ったように思う。
それが其の場凌ぎでしかないと承知していても、汚い男の側面を濯ぐ事ができたと安堵した。
顔を寄せてきた彼女の肩を胸に抱いてやると、数時間前に触れた華奢な肩の感触が脳裏を駆け巡った。
たったあれだけの事が焼き付いている。
雨降りの駐車場、肩を竦めて沈黙していた真弦は何を思っただろう。
触れられて驚いていた?怯えていたのか?
それとも、女の顔をしていたか?
推測など何の意味を成さないと知りながら僅かな時間を巻き戻し、再生する。
助手席で眠る横顔に触れたいと欲望が焦げたのは事実だった。
じりじりと延焼は広がり、行き場を求めた熱は何も知らない真弦の肩を抱いてしまった。
あれからずっと自己嫌悪が渦巻いている。
彼女が俺に信頼を寄せている事など明らかで、その素直さにつけ込むような真似をしたのだ。
これではまるで俺が
「何か嫌な事があった?」
「…そうだな」
先程までジャドールの香りで満ちていたベッドは紫煙に塗り替えられ、苦みが漂う。
肌に馴染むピンクベージュのネイルが視界をかすめると眼鏡をゆっくりと引き抜いていった。静かにベッドサイドへ置かれた音がする。
「貴方ってわかりやすい」
寄り添う肌に吐息が掛かった。
彼女はどんな顔をしてそう言ったのか俺には見えない。
【逃避する体温】
早く部屋へ帰ればいいものの、入口からしつこく頭を下げるからブレーキランプを点滅させて応えてやった。
車をUターンさせた頃、視界に映った腕時計は22時を指していた。
女を帰すには早過ぎる時間だが、子供を送り届けるには遅かったかもしれない。
03.5 【逃避する体温】
信号待ちで煙草に火を着け、待ち侘びていた肺を満たしてやる。
真弦と定期的に食事を共にするようになって半年が過ぎていた。
まだ小学生だった彼女が研究会へ訪れるようになった頃、名人から「負担のない範囲で気にかけてやってくれ」と頭を下げられたのすらつい最近のようだ。
元々子供の世話を好んでする趣味は無かった。
だから周囲に窘められない程度に距離を置きつつも無難に付き合ってきたつもりだ。
利発な子だと奥様を筆頭に門下の仲間達は類い稀に見る可愛がり方をしていたが、俺にとっては背伸びをしている冷めたガキでしかなかった。
そう思ってきた。
なのに気がついた頃には月日はあっという間に子供を"女"へと羽化させていた。
そのくせ俺に信じ切った目を向けて今日のように送り届けてやると「良かったらコーヒーでも飲んでいきませんか?」などと軽率な提案をされた日もある。
あの時俺はなんと言って断ったのか、衝撃的で記憶にすら残っていない。
お前はそんな台詞を誰にでも言うのか?
言われた相手が何を思い浮かべるのか想像した事はあるのか?
怒鳴り付けてやりたかったが、自尊心からぐっと呑み込んだ事は憶えている。
何故ならそれを指摘した時、あいつは本当に"女"になってしまう。
そして俺自身が僅かにでも女を感じていたと自白するようなものだ。
それだけは御免被りたい。
万が一にも拒否反応を起こされたらーーー
「……別に、構いやしないだろ」
たまに食事する相手がいなくなるだけの事だ。わざわざ車を出して奢ってやる必要も無い。いっそ清々する。
他の大人の前で優等生ぶった姿勢を貫く癖に、俺の前ではムキになる愉快な様を見られなくなるのは少し惜しく思うかもしれないが、懐いた猫が居なくなれば喪失感もある。それと同じ事だ。
俺はガキに情欲を向ける程不自由しちゃいない。
ハンドルを握る手に力が篭る。
息苦しさを憶え、襟からタイを乱雑に引き抜いた。
この喩えようも無い感情を抱えたまま自宅へ帰る気にもなれず、遠回りして通い慣れたマンションに車を付けた。
合鍵をキーケースから捜し当てて中へ入ると部屋には芳しい女の香りが満ちていた。
「緒方、さん…?どうしたのこんな時間に…」
シャワーを浴びていたのか、彼女はバスローブ姿で俺を出迎えた。
濡れ髪が肌に吸い付く様を見て頬に手を伸ばす。
「近く迄来たから顔が見たくなった。迷惑だったか?」
「そう…嬉しいわ。コーヒーでも淹れましょうか?」
「必要ない。俺はタイミングが良かった」
そう言うのが先か後か、ベッドに押し倒してしまえば女の柔らかな腕は俺の背中に回り、この情動は当たり前に受容される。
「ねえ…スーツ、皺になるわよ…?」
頬を紅潮させている癖に理性的な台詞を吐く唇を強引に塞ぎ、布を一枚剥ぎ取ってやれば
ダメと被りを振る素振りもそこそこに肢体は絡み会う。
実に単純で明快な展開だ。
俺はこれでいい。
衝動を受け止める"役割"は既に在る。
それを無垢な少女に向ける程下衆じゃない。
互いの熱を擦り合わせる頃には彼女の肉体はもう極点に至るほど"出来上がって"いた。待ち侘びた形を貪るように腰を揺らし悶えている。
強請るような動きの縊れを両手で抑え付け幾度も打ち付けてやると、シーツに爪を立てながらうわ言のように俺の名を呼び、熱を喘ぎ漏らす。
汗ばむ白い背中へ向け、ああ俺もだ、と答えてやれば彼女の長い髪は乱れ、爪先から痙攣するように力んで達した。
一際高く上がった嬌声と肉壁の収縮に促されるように吐精する。
「…愛してるわ」
脳が急速に冷えていく刹那に後戯を求められる時が俺にとってセックスで最も苦痛な時間だ。
薄暗い部屋でジッポを点し、先ずは一服する。お陰で鬱憤はリセットされ頭がクリアになっていくのを感じた。
この部屋に来る前の苛立ちは排出した濁りに紛れて遠くに去ったように思う。
それが其の場凌ぎでしかないと承知していても、汚い男の側面を濯ぐ事ができたと安堵した。
顔を寄せてきた彼女の肩を胸に抱いてやると、数時間前に触れた華奢な肩の感触が脳裏を駆け巡った。
たったあれだけの事が焼き付いている。
雨降りの駐車場、肩を竦めて沈黙していた真弦は何を思っただろう。
触れられて驚いていた?怯えていたのか?
それとも、女の顔をしていたか?
推測など何の意味を成さないと知りながら僅かな時間を巻き戻し、再生する。
助手席で眠る横顔に触れたいと欲望が焦げたのは事実だった。
じりじりと延焼は広がり、行き場を求めた熱は何も知らない真弦の肩を抱いてしまった。
あれからずっと自己嫌悪が渦巻いている。
彼女が俺に信頼を寄せている事など明らかで、その素直さにつけ込むような真似をしたのだ。
これではまるで俺が
「何か嫌な事があった?」
「…そうだな」
先程までジャドールの香りで満ちていたベッドは紫煙に塗り替えられ、苦みが漂う。
肌に馴染むピンクベージュのネイルが視界をかすめると眼鏡をゆっくりと引き抜いていった。静かにベッドサイドへ置かれた音がする。
「貴方ってわかりやすい」
寄り添う肌に吐息が掛かった。
彼女はどんな顔をしてそう言ったのか俺には見えない。
【逃避する体温】