本編
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雑居ビルのワンフロア。囲碁界において『神の一手に最も近い』と讃えられる塔矢行洋の経営する囲碁サロンがそこにある。
清潔な店内は高齢の男性客で賑わい、常連客と受付女性スタッフとの気安い会話が飛び交う。
ああでもないこうでもないと互いの意見を交わし、囲碁をコミュニケーションツールとして愛する者たちにとって居心地の良い空間が育まれていた。
02 【憩いの場】
店内の奥、コーヒーと煙草の香りで満ちる客席から離れ、パテーションで区切られた仄暗い一画。
壁沿いを飾る水槽のライトがゆらゆらと青白く19路の盤面と少年の頬を照らしていた。
ここは天才少年ーー塔矢アキラの特等席。
彼の集中力の前には店内の喧騒すら遠く、目の前の白と黒の世界に没頭して過ごす場所だ。
「よ!アキラ!」
「わっ!?」
突然の事にアキラの肩が跳ねる。
熱心に棋譜を並べていた手を止めて前を見ると、向かいの席で頬杖をつく芦原と目が合った。
このまま黙っていたら日が暮れていたと芦原は笑って、大袈裟に肩を竦めて見せる。
「結構前からココ座ってたぞ?相変わらず桁外れな集中力してるな」
「ごめんなさい。すぐに声を掛けてくれて良かったのに」
呼応するようにアキラの顔にも明かりが灯る。
アキラにとって芦原は同門の先輩と呼ぶより友達と思える稀少な存在だ。
歳の近い囲碁仲間など遠い記憶の中にも存在していたかどうか、思い出す事も無い。
大人たちはそんな環境を憂うが、彼は不満など抱いてはいなかった。
近いうちそんな彼の人生を大きく変える出会いが待っているとは、今はまだ誰も知らない。
「丁度誰かと打てたらと思ってたんだ。芦原さん今いいかな?」
「ならタイミング良かったな。たまには俺じゃない方がいいだろ」
芦原は片目をパチリと瞑り、親指でパテーションの境目から顔を出す人を指す。
碁笥に石を片付けていたアキラの手は止まった。
「こんにちは、アキラくん」
その姿を認め、いつもの澄ました表情があっという間に年相応のものへ転じていく。連れて来た甲斐があったと芦原は微笑む。
アキラの瞳はきらきらと輝き出し、体は思わず立ち上がる。
掛けていた椅子がガタンと音を立てた。
「真弦さん!ここに寄られるの久しぶりですね。連戦連勝のお話聞いています」
彼女の前ではアキラの小学生らしからぬ落ち着きはなりを潜め、饒舌に転じる。
若く嫋やかな真弦からは信じられない程に豪気で常に技巧を凝らした打ち筋はアキラにとって畏敬の存在であり、憧れでもあるからだ。
「ありがとう。調子を崩さないよう頑張るね」
「ボクも追い付けるよう鍛錬します!」
「こらこらアキラ〜。兄弟子の事忘れるなよ?」
アキラの脇を茶化すよう肘で小突く芦原。
微笑む真弦。
アキラは2人と会うのが純粋に好きだった。
「じゃあ私と打とうか。あ…先に電話だけ掛けてくるね」
真弦は着ていたジャケットをさらりと脱ぎ、受付へ踵を返した。
市河にジャケットを預ける傍ら、携帯電話をポケットから探っている。
その後ろ姿をじっと見つめるアキラのひたむきな横顔に芦原は悪気無く尋ねる。
「ふ〜ん?アキラは年上の女性が好きなのか?」
質問の意図が汲み取れず一瞬呆けたが、理解した直後アキラは自分の頬がみるみる熱くなるのがわかった。
「えっ、なっ、何を言ってるの。ボクはそういうつもりで真弦さんの事を見てるわけじゃ」
「ははっ、俺は真弦ちゃんの事とは言ってないぞ〜?」
市河と談笑する真弦。
2人ともアキラにとって年上の女性だ。
「えっ、あっ…もう!」
赤面を隠しきれず俯くアキラ。
腕組みをして芦原は笑いを堪える。
普段澄ました優等生の彼が取り乱す様は実に可愛いものだ。
芦原も盤面では度々痛い目に遭わされているものの、彼もまだ小学生なのだと微笑ましく感じていた。
「真弦ちゃんは良い子だし、言わずもがな綺麗だし、碁もメチャクチャに強いし、欠点という欠点が見当たらないよなあ」
「ボク本当に別にそういうんじゃ…」
指折り語る芦原にアキラは口籠るが、意を決して以前からの疑問を辿々しく問うた。
「その、芦原さんと真弦さん良く一緒にいるけど…こ…恋人同士、なの?」
「へっ?いやいや!そんなワケ無いだろ!そりゃあ、まあ……あんな子が彼女だったらな〜と思った事くらいあるけどさあ」
口を真一文字に結び、むむと詰め寄るアキラを見下ろしつつ、芦原はありもしない状況を夢想してみる。
例えば夏の海、白い砂浜、こちらへ駆け寄る純白のワンピースを纏った真弦……。
やはり王道は正義。
「…イイかも」
「あ、そっか。芦原さんが相手にされるわけないよね」
「ア、アキラ〜〜〜!それ結構傷付くんだけど!?」
「お待たせしました。あ、なんだか盛り上がってますね」
渦中の人物の帰還と同時に、互いに見合わせていた兄弟弟子は息ピッタリに宣言した。
「真弦ちゃんごめん、アキラは先にオレと打つ!」
「ボクが勝つから真弦さん少し待ってて下さい」
「ふふ、相変わらず仲良しだね」
じゃれ合うアキラと芦原の姿を眺め真弦は目を細めるが、胸の中では疎外感を感じていた。
彼等のように純粋に囲碁と出会い、語らう者がいたならば…
(私も少しは違ったのかな)
左隣に視線を投げる。
そこには何も無い。
けれど真弦にだけ は見えている。
引き摺る程長い黒檀のような髪。
透けるような白肌に血のような赤い唇が浮かぶ。
煌びやかな十二単を纏い、人形のように整い過ぎた貌 がそこに在る。
(壱…)
心の中で呼び掛けた。
澄み切った声が淑やかに応えてくる。
(はい)
誰にも見えない。聞こえない。
真弦の内側に棲まう魂の陽炎。
彼女の名は壱師 。
(……ごめん、なんでもない)
真弦は行き場の無い不安が言葉になる寸前に抑えて呑み込んできた。
何度も、何度も。
『佐為の君にはいつ出会えるの?』
『その人を捜す為の碁を私はいつまで打てばいいの?』
彼女を責めても何もならない。
自分自身が彼女の願いを叶えると誓ったのだから。
けれど終わりの見えない日々、途方に暮れてしまう時だってある。
「真弦ちゃん?大丈夫?」
市河はアキラ達にコーヒーを運んできた。
配膳の傍ら、どこか虚ろな真弦を心配して顔を覗き込む。
「なんだか遠い目をしてたから。どこか体の具合でも…?」
「あ、いえ。昨日ちょっと夜更かししちゃったから寝不足なのかも」
「もう、無理しちゃダメよ?睡眠不足はお肌の大敵なんだから!あ、そうそう北島さんがくれたお土産があるの。お饅頭なんだけど甘さは割と控えめだから一緒に食べましょ」
市河は集中する2人へ静かにティーカップを置くと、トレイを脇に抱えてさあさあと真弦を一般客席のエリアへ連れ出していく。
(市河さん、私が甘過ぎるもの苦手だって覚えててくれたんだ…)
少しばかり強引だが世話焼きな彼女の性格はこの碁会所屈指の魅力だ。
自己嫌悪と息苦しさでごちゃ混ぜになっていたはずなのに、市河の悪戯っぽい笑みで真弦も頬を緩めてしまうのだから。
「市河さんありがとうございます」
「いま緑茶を蒸らしてるから!座って待ってて」
「真弦ちゃんが来るってわかってたらもっと洒落たモン買ってきたのによ。悪ィなぁ」
常連客の北島は対局の手を止め、煙草を片手にニカリとこちらへ顔を向けた。
給湯室へ下がろうとした市河は挨拶がわりの軽口を聞き逃さず即座にUターン。
「まっ!私には饅頭がお似合いだってことー!?失礼しちゃう」
「そうは言ってねぇけどよお!なあ広瀬さん」
「市河さんに失礼ですよ。ほら真弦ちゃんだって困ってるじゃないですか」
「おーいアキラくん達打ってんなら、錫代プロはこっちで指導碁打っておくれよ」
「ちょっと待ちなよそれならワシが先だろ!」
馴染みの人々が起こす賑わいを口切りに客達は彼女が現れた機会を逃すまいと声が止まない。
プロになる前と比べて来店頻度は減ってしまったというのに、変わらず温かい環境がそこにはあった。
靄が残っていても、それを上回る感謝の念が胸に満ちてゆく感覚を真弦は噛みしめる。
「2人の対局が終わるまででもよろしければ、是非多面で皆さんのお相手させてください!」
誰にも言えない"囲碁を心から愛せていない"という事実。
棋士の道を歩む身としてこんなに後ろめたい事はない。
けれど、自分の居場所を築いて来られたのは囲碁があったから。
(私をこの優しい人たちへ結び付けてくれたのだって、囲碁なんだ…)
『受け容れる』ことがいつかできる。
今はできなくとも、そう願って。
コの字型に並べた客席の中央で真弦は白石の詰まった碁笥を傍らに、恭しく礼をする。
「お願いします」
少女が放った石は心地良く盤面に響き渡る。
影法師はその音に耳を傾け、彼の者との遠い日々に思いを馳せていた。
【憩いの場】
清潔な店内は高齢の男性客で賑わい、常連客と受付女性スタッフとの気安い会話が飛び交う。
ああでもないこうでもないと互いの意見を交わし、囲碁をコミュニケーションツールとして愛する者たちにとって居心地の良い空間が育まれていた。
02 【憩いの場】
店内の奥、コーヒーと煙草の香りで満ちる客席から離れ、パテーションで区切られた仄暗い一画。
壁沿いを飾る水槽のライトがゆらゆらと青白く19路の盤面と少年の頬を照らしていた。
ここは天才少年ーー塔矢アキラの特等席。
彼の集中力の前には店内の喧騒すら遠く、目の前の白と黒の世界に没頭して過ごす場所だ。
「よ!アキラ!」
「わっ!?」
突然の事にアキラの肩が跳ねる。
熱心に棋譜を並べていた手を止めて前を見ると、向かいの席で頬杖をつく芦原と目が合った。
このまま黙っていたら日が暮れていたと芦原は笑って、大袈裟に肩を竦めて見せる。
「結構前からココ座ってたぞ?相変わらず桁外れな集中力してるな」
「ごめんなさい。すぐに声を掛けてくれて良かったのに」
呼応するようにアキラの顔にも明かりが灯る。
アキラにとって芦原は同門の先輩と呼ぶより友達と思える稀少な存在だ。
歳の近い囲碁仲間など遠い記憶の中にも存在していたかどうか、思い出す事も無い。
大人たちはそんな環境を憂うが、彼は不満など抱いてはいなかった。
近いうちそんな彼の人生を大きく変える出会いが待っているとは、今はまだ誰も知らない。
「丁度誰かと打てたらと思ってたんだ。芦原さん今いいかな?」
「ならタイミング良かったな。たまには俺じゃない方がいいだろ」
芦原は片目をパチリと瞑り、親指でパテーションの境目から顔を出す人を指す。
碁笥に石を片付けていたアキラの手は止まった。
「こんにちは、アキラくん」
その姿を認め、いつもの澄ました表情があっという間に年相応のものへ転じていく。連れて来た甲斐があったと芦原は微笑む。
アキラの瞳はきらきらと輝き出し、体は思わず立ち上がる。
掛けていた椅子がガタンと音を立てた。
「真弦さん!ここに寄られるの久しぶりですね。連戦連勝のお話聞いています」
彼女の前ではアキラの小学生らしからぬ落ち着きはなりを潜め、饒舌に転じる。
若く嫋やかな真弦からは信じられない程に豪気で常に技巧を凝らした打ち筋はアキラにとって畏敬の存在であり、憧れでもあるからだ。
「ありがとう。調子を崩さないよう頑張るね」
「ボクも追い付けるよう鍛錬します!」
「こらこらアキラ〜。兄弟子の事忘れるなよ?」
アキラの脇を茶化すよう肘で小突く芦原。
微笑む真弦。
アキラは2人と会うのが純粋に好きだった。
「じゃあ私と打とうか。あ…先に電話だけ掛けてくるね」
真弦は着ていたジャケットをさらりと脱ぎ、受付へ踵を返した。
市河にジャケットを預ける傍ら、携帯電話をポケットから探っている。
その後ろ姿をじっと見つめるアキラのひたむきな横顔に芦原は悪気無く尋ねる。
「ふ〜ん?アキラは年上の女性が好きなのか?」
質問の意図が汲み取れず一瞬呆けたが、理解した直後アキラは自分の頬がみるみる熱くなるのがわかった。
「えっ、なっ、何を言ってるの。ボクはそういうつもりで真弦さんの事を見てるわけじゃ」
「ははっ、俺は真弦ちゃんの事とは言ってないぞ〜?」
市河と談笑する真弦。
2人ともアキラにとって年上の女性だ。
「えっ、あっ…もう!」
赤面を隠しきれず俯くアキラ。
腕組みをして芦原は笑いを堪える。
普段澄ました優等生の彼が取り乱す様は実に可愛いものだ。
芦原も盤面では度々痛い目に遭わされているものの、彼もまだ小学生なのだと微笑ましく感じていた。
「真弦ちゃんは良い子だし、言わずもがな綺麗だし、碁もメチャクチャに強いし、欠点という欠点が見当たらないよなあ」
「ボク本当に別にそういうんじゃ…」
指折り語る芦原にアキラは口籠るが、意を決して以前からの疑問を辿々しく問うた。
「その、芦原さんと真弦さん良く一緒にいるけど…こ…恋人同士、なの?」
「へっ?いやいや!そんなワケ無いだろ!そりゃあ、まあ……あんな子が彼女だったらな〜と思った事くらいあるけどさあ」
口を真一文字に結び、むむと詰め寄るアキラを見下ろしつつ、芦原はありもしない状況を夢想してみる。
例えば夏の海、白い砂浜、こちらへ駆け寄る純白のワンピースを纏った真弦……。
やはり王道は正義。
「…イイかも」
「あ、そっか。芦原さんが相手にされるわけないよね」
「ア、アキラ〜〜〜!それ結構傷付くんだけど!?」
「お待たせしました。あ、なんだか盛り上がってますね」
渦中の人物の帰還と同時に、互いに見合わせていた兄弟弟子は息ピッタリに宣言した。
「真弦ちゃんごめん、アキラは先にオレと打つ!」
「ボクが勝つから真弦さん少し待ってて下さい」
「ふふ、相変わらず仲良しだね」
じゃれ合うアキラと芦原の姿を眺め真弦は目を細めるが、胸の中では疎外感を感じていた。
彼等のように純粋に囲碁と出会い、語らう者がいたならば…
(私も少しは違ったのかな)
左隣に視線を投げる。
そこには何も無い。
けれど真弦に
引き摺る程長い黒檀のような髪。
透けるような白肌に血のような赤い唇が浮かぶ。
煌びやかな十二単を纏い、人形のように整い過ぎた
(壱…)
心の中で呼び掛けた。
澄み切った声が淑やかに応えてくる。
(はい)
誰にも見えない。聞こえない。
真弦の内側に棲まう魂の陽炎。
彼女の名は
(……ごめん、なんでもない)
真弦は行き場の無い不安が言葉になる寸前に抑えて呑み込んできた。
何度も、何度も。
『佐為の君にはいつ出会えるの?』
『その人を捜す為の碁を私はいつまで打てばいいの?』
彼女を責めても何もならない。
自分自身が彼女の願いを叶えると誓ったのだから。
けれど終わりの見えない日々、途方に暮れてしまう時だってある。
「真弦ちゃん?大丈夫?」
市河はアキラ達にコーヒーを運んできた。
配膳の傍ら、どこか虚ろな真弦を心配して顔を覗き込む。
「なんだか遠い目をしてたから。どこか体の具合でも…?」
「あ、いえ。昨日ちょっと夜更かししちゃったから寝不足なのかも」
「もう、無理しちゃダメよ?睡眠不足はお肌の大敵なんだから!あ、そうそう北島さんがくれたお土産があるの。お饅頭なんだけど甘さは割と控えめだから一緒に食べましょ」
市河は集中する2人へ静かにティーカップを置くと、トレイを脇に抱えてさあさあと真弦を一般客席のエリアへ連れ出していく。
(市河さん、私が甘過ぎるもの苦手だって覚えててくれたんだ…)
少しばかり強引だが世話焼きな彼女の性格はこの碁会所屈指の魅力だ。
自己嫌悪と息苦しさでごちゃ混ぜになっていたはずなのに、市河の悪戯っぽい笑みで真弦も頬を緩めてしまうのだから。
「市河さんありがとうございます」
「いま緑茶を蒸らしてるから!座って待ってて」
「真弦ちゃんが来るってわかってたらもっと洒落たモン買ってきたのによ。悪ィなぁ」
常連客の北島は対局の手を止め、煙草を片手にニカリとこちらへ顔を向けた。
給湯室へ下がろうとした市河は挨拶がわりの軽口を聞き逃さず即座にUターン。
「まっ!私には饅頭がお似合いだってことー!?失礼しちゃう」
「そうは言ってねぇけどよお!なあ広瀬さん」
「市河さんに失礼ですよ。ほら真弦ちゃんだって困ってるじゃないですか」
「おーいアキラくん達打ってんなら、錫代プロはこっちで指導碁打っておくれよ」
「ちょっと待ちなよそれならワシが先だろ!」
馴染みの人々が起こす賑わいを口切りに客達は彼女が現れた機会を逃すまいと声が止まない。
プロになる前と比べて来店頻度は減ってしまったというのに、変わらず温かい環境がそこにはあった。
靄が残っていても、それを上回る感謝の念が胸に満ちてゆく感覚を真弦は噛みしめる。
「2人の対局が終わるまででもよろしければ、是非多面で皆さんのお相手させてください!」
誰にも言えない"囲碁を心から愛せていない"という事実。
棋士の道を歩む身としてこんなに後ろめたい事はない。
けれど、自分の居場所を築いて来られたのは囲碁があったから。
(私をこの優しい人たちへ結び付けてくれたのだって、囲碁なんだ…)
『受け容れる』ことがいつかできる。
今はできなくとも、そう願って。
コの字型に並べた客席の中央で真弦は白石の詰まった碁笥を傍らに、恭しく礼をする。
「お願いします」
少女が放った石は心地良く盤面に響き渡る。
影法師はその音に耳を傾け、彼の者との遠い日々に思いを馳せていた。
【憩いの場】