化け物と騎士
首筋に温かい手が添えられる。
「……何バカなこと言ってるんですか、アナタは」
短剣は俺の首を切ることなく、すんでのところで差し出したエルディアの手…正しくは籠手を切りつけた。
「お前…なんで、」
「じゃあ何で泣いてるんですか!!」
叫ぶように、彼女が言う。…どうりで、視界がぼやけているワケだ。
…というか、こんな俺でも泣くんだ。そういえば…最後に泣いたのは……いつだったか。
「…いい加減、"化け物のフリ"は止めたらどうですか?」
「化け物の…フリ?」
違う、フリ何かじゃない。俺は、本当に―――
「確かにトキワさんの半生は散々だったかもしれません。でも、それを言い訳にアナタは"化け物のフリ"を演じているだけだ」
「違う、違う…そんなんじゃ」
ナイフとなった言の葉が突き刺さり、今まで取り繕ってきた仮面が、崩れ落ちていく。
「演じることで、アナタは逃げている。そして、自分の感覚を麻痺させてきた。」
「っ……」
「本当のアナタは…きっと弱い。触れた所から一気に崩壊してしまうくらい…砂で作られた城みたいに。」
「………俺は」
「まだ"違う"って否定するんですか?」
もう、仮面は残っていない。自分を作り上げてきた壁は、呆気なく壊れてしまった。今の俺はもう…否定したら、自分で自分の首を絞めるだけだ。
「……しないよ。もう…」
初めて、暴かれた。
「…本当は、演じるつもりはなかった。でも、そうでもしないと……怖かった」
人が脆くて、目の前で誰かが壊れそうになっていて。
弱い自分しかいなくて、下手すりゃ、自分も後を追いそうで。でも、そうならいように。
気付けば、演じていた。自分を嘘で固めて。
強いように、演じて。
いつしかそれは、別の自分を作り上げてしまっていて。結局、その方がいいから、そのままにしていた。
「…そこに、本当の俺は…いなかった。」
「…でも、不思議なことに。アナタの言う言葉は人を導いていますよ。」
「え…?」
「嘘で固めていても…アナタが伝えたい"言葉"だけは、本物でした。」
…どういうことだ?
「多分、嘘で固めた仮面は伝えたい言葉を紡ぐための手段だったんじゃないんですか?」
「……んなの、わかんねぇって…」
俯けば、彼女と視線が合う。エルディアは優しく微笑んでいた。
「…ユヅルさん、見抜いてましたよ」
「……」
思い出したのは何年も前の話。初めて演じた日……。
「ユヅルが?」
「はい。タルシスに来る前にトキワさんのこと、聞きました。…あの時の言葉には救われたって。今はもう、大丈夫だって。他に支えてくれる人が、仲間が出来たって言ってました。」
「………」
「だから、『アンタも自由になりなさい』と言ってましたよ。」
「…自由に」
あの日、ユヅルを"約束"で縛り付けてしまったと思っていた。けど…違う。違ったみたいだ。
縛られていたのは、俺の方だった。
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