化け物と騎士
「あ、いたいたー!トキワさん」
「ん?ああ、エルか」
宿のベランダからボンヤリと夜空を見ていると、エルディアが話し掛けてきた。
俺のすぐ隣に来て、同じ様に空を眺める。…きっと、同じ物は見ていないのだろうけど。
「世界樹、枯れちゃいましたね……」
「ん?ああ……そういやそうだなー」
寂しそうな声色で呟く。そうか、彼女もまた世界樹の迷宮に夢を求めているんだっけ。
「なあ、エルの夢って何だ?」
「アタシですか?…最初は、姉貴達より上の冒険者になることが目的でしたけど……ここまで来ると、ちょっとわからなくなってきた気もしますねー…」
「ふぅん……そっか。」
彼女の言葉を何となく程度、頭に入れる。
「トキワさん…なんか元気ないですね?」
首を傾げながら「どうかしました?」と聞いてくる。それを何処か別の世界の出来事の様に見ながら、懐から短剣を出した。
それを見て、彼女は表情を強張らせる。
「…え?」
「なあエル。俺、もう疲れたんだ。」
「それは…ど、どういう」
「……どうしたらいいと思う?」
にっこりと笑ながら、自分の首筋に短剣を近づける。
「ちょ、ちょっと」
「来るな」
冷たく突き放せば彼女は近付くのをやめる。
「…なんか、わかんなくなっちゃったんだよ。自分が、死にたいのか…生きたいのかが。」
「………"生きたいのか、死にたいのか"の間違いじゃないんですか?」
「うーん…違うかなぁ。」
昔、死にたがりの人だ、と誰かに言われたような気がする。
「なんかね、まともに考えられなくなっちゃったんだよ、俺」
「………」
「…どうしたら、いいと思う?俺が…俺が求める…
――人間らしさを手にして死ぬには。」
「え……」
エルディアの目が見開かれるのがボンヤリと見える。
「日に日に人間らしさが欠け落ちていく。どうしたらいい?人間らしさは、どこにあるんだ?」
「……」
「迷宮や大地に存在しないのは知ってる。なら、どうしたらいい?」
頭の中はもうグチャグチャで、言葉を紡ぎだすのもやっとだ。
「…死んだら、らしくなれるかな?」
全てを放棄したい。そう思えば気が軽くなった。自然と口角が上がり、目を細める。
嘗ての仲間に掛けた約束も、仲間を守ることも、十二分にしてきた。
「……最期くらい、人間らしく散りたい。」
短剣を握る手に力を込める。
「もう、目覚めてしまいたいんだ」
昔から、付きまとってきた悪運のような運命に。自分を取り巻く、何処か定められた様な運命に。
散々踊らされてきた。もう、疲れてしまった。
そんな"化け物"が消えれば、俺は人間になれるかな?
彼女は何も言わない。どんな表情をしているのかわからない。
俺はまた笑ながら短剣を自分の首筋になぞった。
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