未だその傷は癒えずⅡ


 ハルニアが去った後、俺はまたぼんやりとしてた。

 今は、何も考えたくない。

 考えたら、色々と抱え込んでしまいそうで。

 頭の中を空っぽにしたい。そう思って、宿のホールのソファに身体を委ねていた。

 今の俺を誰かが見たらきっと、だらしないと思うだろう。けど、それすらどうでもいい。
 今はただ、何も──


 何かの気配を察し、そちらに視線を向ける。

 そこにいたのは、同じギルドメンバーであり…風ノ守一族の者であるファルシュがいた。

「なんだ、アンタか」

「ええ。随分伸びてるなーと思いまして…ちょっと観察してました」

 まるで猫みたいです、とファルシュはクスリと笑う。

 さすがに人前で伸び続けているのもアレだろうと思い、座り直した。

「で、俺に何の用?」

「いえ、特に何も。そう言えば、さっきハルニアさんと話しているのを聞いていたんですけど…依頼、受けるんですよね?頑張ってください!」

 ニッコリと、ファルシュが笑う。…傍から見れば、女性が微笑んでいるようにもみえなくない。
 …しかしこう見えてクラスはインペリアルという。そしてエルディアやクオン、クロード曰く「美形ゴリラ」という。アレか、顔はいいが筋力方面がやばいってやつか。

「美形ゴリラに言われてもねぇ」

「ゴ……ッ!?」

「あ、すまん、声に出てた」

「自覚はしてるので大丈夫です☆」

 精神も鋼鉄かコイツは。

「でもま、依頼の方は頑張るさ…何をしてでもな」

「………そうですか。では一言いいですか?」

 ファルシュは俺の返事を聞く前に、こっそりと耳打ちしてきた。

「最近、夢見が悪いのでは?顔色も悪いですし……その夢の通りにならなければいいですね」

 その言葉を聞いた瞬間、ゾクリと悪寒が走った。
 思わず固まっている俺を見て、首を傾げていたが、ニッコリとまた微笑んでいた。

「きっと大丈夫ですよ」

 それだけ言うと、ファルシュは何処かに行ってしまった。
 彼の姿が見えなくなって、ようやく俺は息を吐いた。あの瞬間…呼吸が、出来なくなった。

(成る程、アレが…)

 噂に聞く、ファルシュの「見抜く」ってやつか。本当に、俺の夢の事をピタリと言い当ててきた。
 確かにアレは……、まともに動けない。しかも、顔を合わせてもいないのに、この有様だ。

 けれど…


 ──その夢の通りにならなければいいですね


 無論、最初からそのつもりでいる。
 
「もう、失いたくはないからな……」

 思わず声に出た本音は、あまりにも力ない、弱々しいモノだった。


 
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