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未だその傷は癒えずⅠ


 きっと今頃マギニアの方でくしゃみでもしてるんだろう。ざまぁみろ!と心の中で呟く。

 …それでも

「それでも…あの人は、無茶をするということでわざと自分を偽っていたのかもね。」

「偽る?どうして?」

「その人…トキワさんっていうんだけどさ。どうやら結構前から色んな目に遭ったらしくてね。それが一気に爆発したというか、耐えられなくなったのかまではわからないけど……。」

 耐えられなくなった結果、自分を偽ることにした。

 ある意味では、これも人間の防衛本能なのかもしれない。ただし、彼のそれはあくまでも一時的な物。長くは続かない。

 いずれ綻びが出るだろう。その綻びから、抑えられなくなったモノが溢れるだろう。

 ──それこそ、本当に思っていることさえ流してしまう程のモノが。

「私達と過ごしていた時は、それが普通だとしか思えなかったからね…この“偽り”が一番ヤバい時期にタルシスにいたらしいけど…どうだったんだけ、オルフィ」

「そこで俺に回すか。」

 まあ、別にいいけど、と頭を掻きながらオルフィが言う。

「…そうだな。先走ってる人がいれば、それを諭すことをしてたな。でも、その本人はというと、いつも死にそうだった。というか、死のうとしてるようにも見えたな」

「あの人、言葉だけは本物だったからね。その辺は昔も今も変わってないみたいだけど。」

「……何それ」

 まるで矛盾している、とレオが呟いた。オルフィも同意するように頷いた。

「そう、矛盾してんだよ、あの時のトキワさんは。先走ってる人を諭すのはいいけど、その説得してる人が死のうとしてるのは本当にどうかと……」

「でも今は、目を覚まさせるようなことをしてくれた人がいたみたいでね。死のうとするということはなくなったかな。」

 当然、それが簡単なことではなかったというのは確かだけどね、と付け足す。

「何年も偽ってきたんだ、それをいきなりやめるというのも大変だっただろうし、今もきっと、過去の事で苦しんでるんじゃないのかな。それでも、今度こそちゃんと、前を向くということを決めるのは……見ていた側からしても、ちょっと安心したな」

 「死ぬ為に冒険者をする」なんてオカシイ。だって、そうなる前は「何かをする為に、生きる為に冒険者をする」ということが出来ていたのだから。

「過去の事を悔やむのも悪い訳じゃないよ。寧ろ大事なことだと思う。けど、その過去に囚われすぎるのも良くない。そうすると、前が見えなくなっちゃうからね。それこそ、自分の目標すら別の物に、下手すりゃ反対のものにすり替わっちゃうかもしれない。」

 この言葉はレオに向けながら。未だに燻ぶり続けている自分の一部に向けながら。

「過去を忘れろとはいわない。それを背負って、前を向こう。それがゆっくりでも構わない。」

 そうして、一歩を踏み出していくんだと、言葉を紡いだ。

「……なんてね。私もそれがちゃんと出来てるわけじゃないんだけどさ!」

 あはは、と笑って誤魔化した。…本当のことだ。私は未だに、あの時「助けられなかった」という激しい後悔が、たまに過る。…それをトキワに言ったら、「【エヴィンス】を侮辱する気か」と怒られてしまったが。

「でもさ、下を向き続けるよりは、少し変わるかもしれないよ?」

 少なくとも、私はそう考えている、と言う。
 しばらくレオはじっと私を見ていたが、自分の足元に視線を移した。

「………」

 レオは何も言わない。ただ、何か考えているような顔をしていた。


 


 未だその傷は癒えず




(言葉は彼だけに向けたのではない)

(自分にも向けているんだ)




 
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