雨と翠
「……何のこと?」
「だから、そうやって“演じて”いる事がよくないって言ってるんだよ。」
「演じるって何、どういうことよ。私、そんなことはしてないわよ。」
「……本気で言っているのか?だとしたら、手遅れかもな。そうだろう?…兄さん」
「兄さんと呼ぶな、兄貴と呼べ、トキワ。でもまぁ、……お前が言うのならそうかもしれないが。」
「……何なのよ、さっきから!」
ワケがわからない。一体何なのよ、私が“演じている”だなんて。そんなこと、しているワケが…――
「本気でわからない、それとも無意識というのなら…仕方ないか。気付く時が来るのを待つだけだな。その時まで、間に合えばいいけど。」
「……さっきから、わけのわからない事を…」
「あー…悪いな。じゃあ、話を変えよう。君達は今日、依頼を受けたんだって?その例の形見、取ろうとした時、何か起きなかったか?」
結局わからないまま、話を切り替えられる。多少不満にも思ったけれど…まあ、ワケがわからないことを言われ続けるよりはマシか。それにしても…何か起きた、か……
「…それは」
兜を取ろうとした時……確かにあった。いきなり魔物…人食いウサギが襲い掛かってきたということが。
「その様子だと…あったんだな?」
私の表情に気付いたのか、トキワは静かに言う。否定することなく、私は頷く。
「ええ、兜を取ろうとした時に魔物が襲い掛かってきたわ。」
「魔物か…それを見て、君はどう思った?」
「え?」
「何故、そこで魔物が出たのか。何も思わなかったか?」
改めて言われてみれば…と感じる。黙祷を捧げた後、シノが兜に手を伸ばした時、ヴェルデが魔物に気付いて。そのまま戦闘に入った。
確かに…偶然とは考え難い。
「…俺はこう思うな。その魔物は、兜の持ち主を殺した犯人なんじゃないのかって。」
「……」
「俺が思うに、兜の持ち主は、偶然その場で魔物と戦って、不幸にも命を落としたんだろうな。そして、誰かが例の場所に墓を作ったんだろう。でも、そういう迷宮の中で墓があるということは…見つけた人は黙祷を捧げたくなるだろう?…そこに油断が生じる。」
「…!」
「タイミングを見計らって奇襲を仕掛ける、なんて…俺達もよくやるだろう?魔物だって同じことが出来る。恐らく、例の場所ではそうやって他の冒険者も襲っていた可能性もある。犠牲は出なかったものの…いつもそういった罠を仕掛けて。」
「…つまり」
「君達は、まんまと魔物の罠に掛かったのかもな。そして運良く生還を果たした。」
「…確かに、そう言えるでしょうね。でも随分な物言いね。」
「別に貶すつもりで言ってはいないよ。」