第二話 魔導師と精霊
「さて、行こうか。」
「ユーリスには言わなくていいのか?」
「もう言ってあるんだよ」
「…そーですか」
つまり、この精霊は最初からこのつもりでオレに話しかけてきたということか…。
はぁ…と溜め息を吐きながら神域への入口を開く。そこへ飛び込み、常夜の神域の森へ着地する。
オレが着地した後にすぐ、ルナリーフがふわりと降り立つ。それを見て、神域への出入り口を閉じた。
「ふーん?常夜の神域ってことか。その辺はやっぱり神様なんだねぇ…」
「はいはい、そりゃどーも。…んで、補助するって言ってただろ?」
「わかってるって。ほら、手出して」
ルナリーフは小さな手をこちらに差し出す。その手を取ると、彼女は深呼吸をした。
そうしてしばらくの沈黙。どれくらいそうしているのだろう、と思った時、精霊は口を開いた。
「…多分、この辺りだと思う。」
そう言ってルナリーフがオレの手を引き、森の中を歩いていく。
余程集中しているのか、歩いている間は一言も話さなかった。…元を辿れば、オレの力が不安定というのも原因なのだろうが…こればかりは仕方がない。
不意にルナリーフが足を止める。前を見ると、光の扉があった。
周囲を見ると、最初、リュイと話していた辺りの景色と何処となく似ている、とぼんやりと思った。
扉に触れると、音もなく扉が開き、光が溢れる。
光が収まると、確かにリュイを助けた例の場所に出た。
…出た、のだが。
「……なんだ、これは」
「……っ」
目の前に広がるのは、文字通り惨劇の後、というものだった。
まず真っ先に目に入ったのが、赤黒い肉塊。
所々、衣服らしき物が見えるから、あの時の人間達なんだろう。それ以外で、人間だった、と証明するのが難しいくらいぐちゃぐちゃにされていた。
別に吐き気がするというワケでもないが、あまり見ていて気持ちいものでもない。思わず口元を手で押さえる。ルナリーフも目を逸らして、顔を歪ませている。
…そして、それらの先には、恐らく彼らが使っていた建物なのだろう。それらも見事に破壊されていた。
建物は壊しただけでなく、燃えたのだろう。周りの木々も燃やされ、いくつか黒く炭のようになってしまっている。…この様子だと、建物の中から生き残りを探すのは困難だろう。…というより。
「…生きた者の気配が、ないな。」
近くにあるのは、森の中にいるのであろう微小な精霊の気配と、オレ達くらいだ。と言えば、ルナリーフが悔しそうに目を閉じた。
「……またなのか!」
いきなり、そう叫び、頭を抱えるルナリーフ。
「また、って…どういうことだ!?」
こんなことが、何回も起きているというのか?そう信じたかったが、精霊はそれを打ち砕く答えを口にした。
「…ここの所、似たような事が起きてるんだ。狙われるのは、国に隠れて人体実験を行っている研究施設とかだから、…まぁ、悪人なんだろうけど。」
「…人体実験」
確かに、聞いて良いイメージは湧かない。それに、リュイも恐らくは……──。
あの子がどんな扱いを受けたのかは想像したくもない。頭を振って、そんな想像を打ち消す。
「国が目を付けていて、いずれ調査とかしようとしたり、まだ見つけられてないこういった場所を、何者かがこうやってぶっ壊しているんだ。」
「…何だそりゃ…」
それだけを聞くと、まるで国が気付く前に先に悪を潰す様で、良いようにも聞こえなくもない。だが、予想外の言葉が続いた。
「私もわかんないよ。でも…タチが悪いんだ。目の前のように、こうしてぶっ壊していったヤツは“誰一人として生かさない。必ず全員殺す”んだよ。──無論、被検体にされた人達も含むけれど。」
「──…は?」
オレは自分の耳を疑った。
今、ルナリーフは何と言った?
被検体にされた人達も?“誰一人として生かさない。必ず全員殺す”?
被検体にされた人達って、どう考えても人体実験の被害者じゃないのか?何故その被害者まで殺されなきゃいけない?
……むしろ、助けるべき存在なのではないのか?
「…君が今何を考えているのかはわかる。私も同じ意見だからね。…何故、被検体にされた人達まで殺す必要があるのか、私にもわからない。わかるのは、殺した犯人だけなんだろうけども…。」