壱
「安心しろ、もししくじって帰れなくなったら……私がいるからな。」
腕が縛られて、抱きしめる事が出来ない代わりに、軽くボクに身体を寄せてきた。
…うーん、その言葉は有り難いのか、そうじゃないのか…。
実に微妙な感じだ。
というより……。
(なんか、ボクに対してすっごく好意的だな…?このうらさん似の人…。)
ボクが知る「鬼ヶ式うら」という人物。
仕事を完璧にこなし、寡黙な態度を崩さないクールビューティーって感じの人。
ただまあ…確かに、ボクに対してなんかこう…甘いような、でも揶揄ってくる事もあるような。
でもなぁ、何かこう、「利用する/される」の関係にも思えない事もない。なんせ、そういう言葉が時々聞こえてくるものだから。
まあ、まだ日が浅いから何とも言えないのかもしれないけど。
なんせ、ヒーロー達の事を完全に理解することはまだ出来ていないと思っているから。
…その状態で見ても、目の前に居る「鬼ヶ式うら」似の女性はなんだか──。
(声や姿は確かに同じだけど…、うらさんにはない側面が多いような。)
なんというか、そう。
──魔性の女。
その言葉がやけにしっくりくる。
(…いや、こんな顔面偏差値の高い魔性の女とか国傾かない??)
改めてボクに身を寄せている彼女を見る。
色素の薄い髪。長い髪を赤い紐で一つに纏めていて、遠目で見たら短髪にも思える。
翡翠を思わせる、緑の眼。そして整った顔立ち。
……うん、国傾くわ。
やっぱうらさん顔面偏差値やべぇ…などと内心考えていると、不意に距離を詰められボクの耳元に口を近づける。
え、え、何なに!?と思っていると。
「あんまりぼんやりしていると──襲うぞ?」
そう耳元で囁かれた。
(……普段から似たような言い方はされてきてるけど、耳元はやられた事ないんですけど──!??)
内心そんな風に慌てていると、かぷっと耳たぶを甘噛みされる。
まさかそんな事までされるとは思わなかった。だから
「ひゃうっ!?」
……自分でも思ったより高くて変な声が出た。
ぶわっと顔に熱が集まり、思わず口元を押さえる。
「…ふふ、随分と可愛い声で鳴くんだな」
あれ?なんだか雰囲気が怪しくなってきた…?
なんて思っているとトンッと畳に押し倒される。
そのまま彼女は覆い被さる様にしてボクを見下ろしていた。
あれぇ!?本当に如何わしい感じになってきたんだけど!?
というか腕縛られているのに、器用に押し倒してきたなこの人!
「えっと、あ、あの……?」
なんだかうまく言葉が出てこない。戸惑っていると、彼女は歯を見せて笑った。
ボクが知る普段の「鬼ヶ式うら」がしない表情だ。
……あ、そんな笑い方も出来るのね、とか、なんか鬼みたいに牙鋭いなぁと何処か他人事のように思っていると、ひたり、とこれまた器用に縛られた腕でボクの頬に触れる。
気付けば彼女が馬乗りするような体勢になっていた。
そのまま、頬、顎、首…丁度鎖骨の辺りまですぅ…っとなぞる。相変わらずそうされると擽ったい。
そう言えば此処って確か遊郭的な店だったのを思い出した。
………アレェ!?もしかしてそう言う事になりそうになってる!?