00 前日談
だとしても、どうしてこんなにヒサメは怯えているのかがわからない。
(まぁ…親しかった子がいたならショックを受けるのはわかるけど…それとは違うような……)
「ひーちゃん、何が怖いの?」
イツキがドストレートに聞いたように私もストレートに問いかける。
ヒサメはチラリと私を見た。
「……は…………て…」
「ん?」
何か言ったみたいだけど、小さすぎて聞き取れなかった。
もう一度言って欲しいなーと思っていると、イツキに肩を叩かれた。何だろ?とそちらに向けると耳打ちしてきた。
「『次は私がこうなるんじゃないかって』言ってたみたいです」
「よ、よく聞こえたねいっつー…」
「聞えたと言うより…読んだので」
ああ…読唇術か…。成る程ね…。
しかし「次は私がこうなるんじゃないかって」か…。ヒサメもまた、ホムンクルスである。だからこそ、いつか自分も同じような目に遭ってしまうんじゃないかと恐怖しているのか…。
──“前の世界”でドラゴンと戦っていた頃、助けられなかった人達を何度も見たことがある。マモノやドラゴンと戦っていた時、次そこに倒れているのは自分達じゃないのかという恐怖は常にあった。…所謂『明日は我が身』というやつ。
(今のひーちゃんが感じている恐怖は、ある意味それに近いのかもしれないな…)
実験体にされてる世界線故に、そうなってしまう可能性は高いのだろう。ヒサメ自身も、それを自覚している。
だからこその恐怖。
「……どうにか、ならないのかな」
「どうにかって…?」
思わず出た呟きに、イツキに何か言われるのかと思ったら意外にも零夜が反応した。
「ひーちゃんを、他のホムンクルス達のようにさせないようにすることだよ」
「出来れば、これ以上の被害も出ないようにしたいのですが…」
私の意見に同意するというようにイツキが言葉を続ける。それもそうだ。「ヒサメだけが助かって、他は助からなかった」ではきっと、この世界線の純粋なヒサメには素直に喜ぶことのできない、辛い結果になってしまうのだろうし。
「そうだ、れーや君て別の世界線に行けるんだよね?最悪、最後の手段としてそれでひーちゃんを連れて逃げちゃえば?」
「……それが出来たら、どれだけ楽なんだろうね」
そう言って零夜は何処か苦しそうな表情をしながら、ヒサメを緩く抱きしめる。
「【僕】らヒーローは……所詮“オリジナル”からコピーされたデータのような存在だ。大それたことをしようとすれば、Voidollが許さないだろう」
「仮にやるにしても、いちいちあのカタコトマシーンの許可を得なきゃいけねぇ…俺様達も楽じゃねーな、ホント」
「もちろん、デルミン達もヒサメさんを助けたい、という気持ちはあります。ですが…こんな形の障害があるのは…予想外すぎます…」
多分、きっと時間がないのに、残された時間は少ないのに、とそれぞれ苦悩の表情を浮かべている。
どうやら彼らも簡単にはいかない事情があるらしい。そう考えると…あまりにも、これは……
「……気休めみたいな言い方だとは思うけど、ひーちゃん、いや…ヒサメを守りたいっていう気持ちは、キミ達しか持っていない感情だよ、間違いなくね。“オリジナル”のキミ達には多分無い、その気持ち、活かせるように願ってる。そして、可能なら。可能ならば」
ちらりとイツキを見る。
彼はニコリと笑って頷き返した。どうやら、意見「だけ」は同じようだ。
「「私(ボク)達にも協力させて欲しい。」」
その言葉に、3人のヒーローは驚いていた。
きっとイツキの協力する理由と、私の理由は違うのだろう。
私は、ただのエゴだ。正義の為なんかじゃない、ただ「親しい人を助けたい」という単純なエゴ。
イツキは、犠牲者への弔いの為の報復も考えているのだろう。今までの思考パターンからして、彼はそうする可能性が高いだけで、実際はどうなのかはイツキ次第ではある。
ヒーローとプレイヤー
これでも“前の世界”じゃ、世界を救った英雄と呼ばれていたんだよね。
そんな英雄が、こんなエゴで動く。
私、ミコトはそういう人間なのだ。
──そう、私は何度でも、この選択をする。