月光に毒される
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
合格発表からひと月。
瀞霊門をくぐり、名前は晴れて真央霊術院に入学した。真央霊術院は寮を兼ね備えている。自宅から通う者もいたが、多くの院生は寮を利用していた。寝室は四人相部屋で一般学生、特進学生の区別はない。男女分けられ、無造作に組まれた者同士が同じ部屋で住むことになる。早速、同室になった仲間に自己紹介する事になった。
「初めまして。私は富重麦(とみしげむぎ)。現世から流魂街に来ました。」
麦は前髪が揃ったボブヘアが特徴の明るい感じの可愛らしい女の子。
「任茉里奈(いむまりな)。私は瀞霊廷生まれです。」
茉里奈は猫毛のロングヘアで表情から優しさが滲み出ている朗らかな女性だ。
「私は山南智絵子(やまなみちえこ)。家族が山南産業を営んでるわ。」
智絵子は黒髪を両サイドで三つ編みにしており、凛々しい表情から頼りになるお姉さんのようなオーラを醸し出している。智絵子の言葉に茉里奈が食いついた。
「山南産業って農業や畜産業を営んでて有名な所よね?」
「そうよ。瀞霊廷に住んでたら誰もが一度はウチの製品を口にしている筈よ。」
「いつもお世話になってます!」
「ははは、ちょっとやめてよ。」
名前は最後に挨拶した。
「…私は苗字名前。」
名前は昔住んでいた苗字と言う地名から苗字を取り、苗字名前と名乗った。
「苗字さんは流魂街出身なのね。苗字って地名、聞いた事あるわ。」
「苗字って、山の中よね?住んでる人いるの?」
「住めない事はない。」
名前は自身が始めに住んでいた山を思い浮かべていた。長く飢えに苦しんでいたあの頃を。
「出身はみんなバラバラ。面白いわね!」
「確かに。麦、現世ってどんな所なの?私、とても興味があるわ。」
「私がいた所は田舎だったから、正直流魂街と大差ないわ。だけど、瓦版で見た洋服が可愛くて素敵だったな~。」
「洋服!絵で見た事あるのだけど、ドレスって言うのよね?」
名前は三人の会話を聞き流しながら、荷物の整理を始めた。
「苗字さんは現世の事、興味ない?」
盛り上がる二人の会話から外れて名前に話し掛けて来たのは茉里奈。
「いえ…私にはさっぱり分からない事で…。」
「そうよね。流魂街で暮らしてたなら、瀞霊廷の中の事もあまり知らないよね?」
「はい。」
「もし良かったら、私が瀞霊廷を案内してあげる!」
「迷惑ではありませんか?」
「ううん、そんな事ないよ。せっかく相部屋になったんだから、仲良くしたいなって思って…。」
「任 さんは優しい方なのですね。」
「そんな事ないよ…!」
瀞霊廷内の建物は完璧に整備されており、似通った街並みなので、地図がなければ迷子になってしまう。名前はまだ真央霊術院の外を歩いたことがなかった。右も左も分からない名前にとって、茉里奈の気遣いはとても有り難いものだった。
***
名前と同室の三人は講義室に入室した。始まりまで時間があるので院生は好きなように雑談を楽しんでいる。寮部屋ごとに決められた席に着席する。名前は配布されていた教本を熟読していた。
「名前ちゃんは真面目だねぇ。」
「手持ち無沙汰なので。」
麦は義堂内にいる院生の顔を見比べている。
「競争が激しくなりそう…。私ついて行けるかな?」
「ちゃんと言われた通りの事をやれば大丈夫よ。二年に上がるまでに適性科目が分かるから、自分に合った分野を伸ばせばいいの。他人と比べちゃ駄目よ。」
「そ、そうだよね…。私、ちえちゃんと一緒の部屋で本当に良かった!」
定刻になり、講義が始まった。教官の挨拶や今後の教習説明がされていく。
長い話が終わり、二刻後には台車に荷物が運ばれてきた。
「では早速、皆には死神の象徴である、斬魄刀…ではなく浅打を授与しよう。」
一人ずつ浅打ちが配られていくが、既に斬魄刀を所持している者には配られなかった。
「短刀か、珍しいな。だがこれも立派な斬魄刀だ。大事にしろよ。」
教官は名前にそう言い、隣の生徒に浅打ちを渡した。
意識した頃には既に持っていた短刀。斬魄刀は他者から譲り受けたりすることも出来るが、名前は記憶上でそのような事はなかった。何故自分はこの刀を持っていたのか?今まで深く考えた事などなかったが「斬魄刀だ」とハッキリ言われると不思議な感じだ。身の出生と同じ疑問でもある。
抗議後、昼食で食堂に向かうと知らぬ女子に声を掛けられた。
「あなたが苗字さん?」
「何か?」
名前は紫色のガラスの髪飾りを付けた女子を見据えた。
「ふーん…あなた、苗字出身だそうね。」
「はい。」
(何が言いたいのだろう?)
彼女は品定めするように名前を眺めている。
「斬魄刀を持っている特待生と聞いたので、どんな人かと思えば…ふふっ。」
その女子は笑って名前に声も掛けずに行ってしまった。
「?」
*
講義後、任茉莉奈に連れられてやってきたのは 瀞霊廷中央にある図書館。真央霊術院生も出入りのできる館内と卒業後に入れる館内と分けられている。しかし院生が使う館も十分に広い。
「ここでは私たちに有益な書物の貸し出しを行なっています。雨の日などはここに来るといいと思います。」
「色々な書物があるのですね…。」
流魂街の書店で見た本の何万倍もの量。全て読み終えるには何年かかるだろうか?
「小説もありますが、歴史書や実用書、専門書など様々置いてあります。私は、実用書をよく借りにきます。」
いい場所を教えてもらった。図書館は静かで、読書できる椅子や学習机が置いてあるので集中できそうだ。現にも勉強している修院生も見られる。
「苗字さん、館内を見てくるといいよ。私は椅子で読書しているね。また、声を掛けて。」
「分かった。」
名前は本棚を一通り回る事にした。分野ごとに整列した書物を見ながら、興味深い本を探す。今探しているのは、死神の鬼道による技法や戦術が記された書物だ。暫く見ていると、それに特化した一角を見つけ、名前は書物を手に取った。
*
寮に戻り、借りた本を読む名前。相部屋の三人は就寝準備をしていた。
「そう言えば、苗字さんお昼に堂尾理代 さんに話し掛けられてたよね?何を話したの?」
昼間話した人物…向こうは名乗らなかったので分からないが堂尾と言うのか。
「実のある話はしていない。」
「堂尾さんって財閥のお嬢様よね?わざわざ話し掛けて来たって事は…。」
智絵子は一瞬顔を曇らせたが、すぐに笑顔に変わった。
「彼女も特待生だから、苗字さんの事が気になったのかもしれないわね。」
***
入学して一年目は死神としての基礎知識を学ぶ。斬拳走鬼の四つを主軸として身構え方や技の習得、受け身など様々な事柄を学んだ。始めは講義ばかりだったものの、講義が進むたびに実践授業が始まった。入学から半年、院生は習得する事柄の多さに疲れを見せていた。
「次テストなんだけど、まだ言霊詠唱が暗記出来てないんだよね~。」
「最悪チラ見していいからさ、先ずは技を出すことに集中しようよ。」
同じ組の麦と茉里奈は二人で翌日の鬼道テストの対策を行っていた。
「特待生クラスは、既に鬼道が使える人もいて…本当、実力の差が否めないね。」
「私たちも毎日コツコツ努力を積み重ねれば、いつか出来るようになるわよ。頑張りましょう、麦!」
「そうね、一緒に頑張りましょう茉里奈!」
二人の会話を聞きながら、名前は教本を読み込んでいた。特進学級は個々それぞれの才能に特化しており、全ての科目の平均値が上がる。名前は体術である白打と走法に優れていたが、斬術は並。鬼道に至っては一般クラスと同じ段階で講義について行くだけで必死だった。
(焦ってはいけない。二人が言うように地道に続けていけば大丈夫だ。)
一般学級の和やかな雰囲気とは別に、特進学級は常にピリついた緊張感があった。生徒同士の競争意識が激しく、名前も堂尾理代に敵視されているようだった。講義中に嫌味を言ってきたり、他の者に気付かれないようにテストの邪魔をしてくる。どれも小さな事なので名前自身は気にも留めていなかったが、同室の智絵子はそれに気付いていた。
「やっぱり、あの子(堂尾理代)は噂通りの子だったようね…。」
智絵子は業界情報から理代の事を知っていたようで、ため息を吐いた。賢いがプライドが高く、自分より劣る者を見下す。
「心に留めておけばいい物を、わざわざ態度に表すなんて幼稚よね。」
智絵子は至って冷静に言う。全くその通りだ。理代が名前を気に喰わない理由は謎だが、名前は自身の学業で手一杯なので理代を相手にしている暇はなかった。
***
週に一度ある休日。寮の外に出て実技の練習を行う名前と麦。晴天なので鍛錬しなければ勿体ない。
「名前ちゃんはさ、なんで死神目指そうと思ったわけ?」
「……。」
口を開かない名前に麦は「変な事聞いてごめん!」と手を合わせて謝った。
「私はね、死神がかっこいいと思ったんだ。こっちの世界(尸魂界)に来てから憧れて入ったものの、自分の才能の無さに愕然とするよ…。」
強き者は更に上を目指し、弱き者は足掻くことしかできない。講義を受ける中で如実に突きつけられる現実。麦は一般学級でも成績が下の方のようで、明るく振舞っているがテストを受ける度にへこんでいる。彼女自身が言っているように『才能も実力も無い』のだ。そんな彼女だが、名前は胸中では麦を尊敬していた。
「落ち込まなくてもいい。富重さんは、力が無くても、どんな人とも打ち解けられる力がある。それは貴女の強みです。そこを伸ばしていけばいい。」
麦は一般学級、特進学級、院生、教員分け隔てなく色んな人と話をしている姿をよく見かける。特別深く親交がある訳ではなく、どんな話も誰とでも気軽に会話できる彼女が凄いと思ったのだ。名前は永遠に麦の様にはなれないと思った。
「名前ちゃん、そんな風に言ってくれた人は初めて…ありがとう!」
麦は目を潤ませながら笑った。弱い者は何もできない訳ではない。必ず何かの役割を見つけて生きていくのだ。何もせずに立ち止まっていてはいけない。
「さぁ、練習しよう。」
「うん、名前ちゃんいくよ!」
***
月日は流れ、一年目が終わりを告げた。二年目は得意科目を選択し、更に専門分野を専攻していく。名前と同室の麦と智絵子は鬼道衆を目指していくそうだ。鬼道衆は賢者が多く、最高司法機関である四十六室への輩出記録もある。麦はあれから努力の成果が実り、特に伸びしろのある鬼道を極めていくそうだ。名前と茉里奈は死神になる見込みで昇級した。現世で魂葬実習や虚討伐など、更に実践的な内容に取り組む予定だ。講義を経て実践、試験をこなしていく日々。名前はひたむきに学業に専念し、休日は図書館で書物を読み漁り、絶えず鍛錬をこなした。
*
虚討伐実践。虚を放した囲いの中で、修院生は虚を討伐する。初めて虚と対面する者も多い。その中、名前は真っ先に一体の虚を討伐した。
「流石だ。」
教官は用紙に記録を記入し、他の生徒に声を掛けた。
「苗字さんが出来て、わたくしに出来ない事などありませんわ…!」
戦々恐々としながら斬魄刀を握るのは、堂尾理代。財閥のお嬢様が虚と対峙した事などなく、震えている。進学後も堂尾理代とは同じ組になり、毎日のように名前に突っかかってきた。
「肩の力を抜いて、落ち着いて虚の動きを見れば、大丈夫ですよ。」
「貴女に指図される覚えはありませんわっ…!馬鹿にしないでくださる!?」
「堂尾、口を動かす前に目の前の敵に集中しろ!」
教官に叱責され、理代は虚に向かって突撃した。お嬢様である彼女が何故死神を目指しているのかは知らないが、面倒くさい存在だと思っていた。
*
「今後はコンビを組んで様々な実践に取り組んでもらう。今まで自分だけに気を配っていれば良かったが、相方と二人で課題をこなさなければならないぞ。」
掲示板に張り出された名簿の一覧に皆が集まる。人が掃けるのを待っていると、相方となる者が声を掛けてきた。
「あんたが俺の相方か。俺は新谷昇 。」
名前とコンビを組むのは身長が高く体格の良い男。成績が良く、教員からの評価も高い。昇は名前に手を差し出した。握手がしたいようだ。
「苗字名前…よろしく。」
気乗りしないものの、名前は昇と握手を交わした。彼の霊圧を感じ、名前は昇の目を見つめた。
(この男、強いな…。)
高い霊圧が彼には秘められてる。自信に満ち溢れた眼差し、袖から見える腕は鍛え上げられて力強かった。昇も同様に名前の霊圧を感じ、口元を引き上げた。今後は命をも懸ける実践が控えていると聞いた。相方と歩幅を合わせる必要がある。昇は実力がある男。彼となら問題なく課題をこなせそうな気がした。
「まさかっ!新谷くんの相方が貴女だなんて…!!」
室内に響くような金切り声を上げたのは、例にもよって堂尾理代。理代は歯を食いしばりながら名前を睨みつけた。
「こんなの納得いかないわ…!あなた以外の人だったら誰でも良かったのに…!」
「私が知った事ではない。」
教員が決めたコンビ。不平不満はあるだろうが、決められた事は覆らない。名前は付き合いきれないなと、席に戻った。
(かっこいい新谷くんの相方になりたかった…。あの女め…!)
理代は以前から新谷昇の活躍に心惹かれていた。成績優秀、高身長でスタイル、顔も良し。キチンとした家柄だ。それなのに、何処のウマの骨かも分からない名前とコンビを組むなんて許せなかった。
(こうなったら実力行使よ。)
理代は腹の中に燃え滾る怒りに拳を震わせた。
***
「俺は斬術、鬼道が得意だ。苗字は?」
「私は白打、走法に自信がある。」
「なら、二人合わせて滞りなくバランスが取れてるな。」
先ずは互いの情報交換を始めた名前と昇。コンビを組む以上、相方の実力を知る必要がある。
「俺は始解まで習得している。」
斬魄刀と心が通じ合い、対話できるようになると始解、卍解と技を習得できるようになる。修院生として始解が出来るのは飛び級で卒業できる条件の一つ。過去には飛び級で卒業した修院生が何人もいた。
「私は未だ…。」
名前は自身の短刀を見つめ、息を吐いた。呼びかけても斬魄刀は反応せず、名前すら分からない。現段階で斬魄刀として対話出来ている者は数少なく、昇はその内の一人だ。早ければ今年度中か来年には彼も卒業出来るだろう。しかし名前も今の成績なら、通常通り卒業できる。名前はまだ焦りを感じていなかった。
*
筆記試験直前。
(眠り薬を入れて、妨害する。)
理代は簡単に手に入る睡眠薬が入った茶菓子を名前に渡した。不自然にならぬよう、差し入れとして学級全員分を用意して、彼女の茶菓子のみ睡眠薬を入れた。この後にある筆記試験で支障をきたす事、間違いなし。名前が茶菓子を食べる姿を確認して、理代は悪い笑みを浮かべながら試験に臨んだ。
(おかしい…もう効いてきてもおかしくないのに…。)
試験が始まり、一刻が過ぎても彼女の様子が変わる事はなかった。理代は名前の様子が気になり、自身の試験にも焦って解答した。
*
(結局効かなかった…薬が悪いのかしら?)
理代は爪を噛みながら名前の様子を伺う。眠るどころか、その後の実技試験にも好成績を叩き出している。
「もっと強い薬にするべきね。」
理代は突如掛けられた言葉にドキリとして振り返った。理代の右後ろに立つのは帆玉公恵 。彼女も特待生で由緒正しき家系だ。
「一体何の事かしら?」
理代はシラを切るが、公恵は鼻で笑った。
「どうせやるなら、一発で仕留めなさい。」
公恵はそれだけ言い残し、去っていった。理代は焦りを感じていた。名前に睡眠薬を盛った所は誰にも見られていない筈だ…しかし、この悪事を他言されたら、停学処分になりかねない。暫く経ち、落ち着きを取り戻した頃に公恵の言葉を思い返した。
(確実に仕留める…。)
*
「嘘でしょ…っ!?」
強く握りしめた小瓶を地面に叩き付けようと振りかざす。しかし何とか押しとどまり、腕を下げた。早鐘を打つ心臓を落ち着かせるためにゆっくり息を吸う。ネズミが食べて即死した猛毒を名前の茶に仕込み、それを飲んだ事を確認した。しかし、毒入りの茶を飲んだ彼女の体調に一切の変化は見られなかった。
(なんで毒が効かないのよ…!)
危険を冒してまで手に入れた毒。使う毒を間違えたのかと思ったが、何度も確認したのでそれはない筈だ。致死量は入れていないものの、飲めば必ず吐き気や下痢を起こす筈なのに。
(人の顔を被った化け物なのかしら?)
理代は脂汗を滲ませながら、次の作戦を考えた。
***
「俺は阿散井恋次!討伐した虚は三十を越える。危なかったら俺の後ろに逃げろよ!」
赤髪で堂々と振舞うのは名前の一年上にあたる先輩修院生。虚討伐実践試験で彼女たちを引率する。
「……よろしくお願いします。」
「冷めてて、可愛くない後輩だな~!」
名前と昇は静かに会釈し、出発の準備に取り掛かる。今回は現地に赴いての虚討伐。練習とは違う。流魂街で実際に虚を倒した事のある名前でさえ緊張感を感じた。恋次は後輩の緊張を和らげる為に気を遣っているが、それには及ばなかった。伝令神機を持ち、通信で示された場所に向かう三人。住み慣れた流魂街の景色に名前は懐古した。
「感じるか?虚は三体…さぁ、どう戦う?」
木の上から眼下を見下ろす三人。虚の姿は見えないが、霊圧で三体の虚がいる事が分かる。昇と名前の作戦は一体の虚を優先して先に倒し、残りの二体を二人で相手にする。二人共実力があり、教官からの信頼も厚い。恋次は期待していた。
「行くぞ。」
「あぁ。」
飛び出す名前と昇。作戦通り一体目の虚を討伐し、二体の虚をそれぞれが相手にする形になった。
(誰も気付いていないわ…。)
名前と昇が虚と戦う最中、木々の茂みに潜むのは堂尾理代だった。霊圧遮断機能のある羽織を父に融通してもらい、それを羽織っている為名前どころか、虚たちでさえ気づいていない。高価な代物ではあるが、財閥の家庭なので用意することは容易い。
(名前…あんたはその辺に転がってる石同然だけど、私の手を煩わせた報いよ。死んでもらうわ…!)
理代は名前に照準を合わせ、小声で言霊詠唱を始めた。
*
名前が対峙している虚は体は頑丈だが、知能はそれ程高くない。関節など弱点を突いているが、皮が硬く斬れない。昇はと言うと、始解して攻撃の真っただ中だった。
(動きを止めて仮面を斬るか。)
名前は虚の攻撃を避けながら詠唱を始めるが、突如として手足が動かなくなった。
「なっ…!!?」
驚いている間にも虚の打撃が直撃し、名前の体は吹き飛ばされた。
「苗字何やってやがるっ!!」
恋次は斬魄刀を握り、走り出していた。名前は動こうとせず、虚の攻撃を受けている。
「咆えろ!蛇尾丸!!」
蛇尾丸は虚めがけて襲い掛かるが、それは別の虚によって妨げられた。
「コイツは…最初に倒した虚じゃねぇか…。」
恋次の前に現れた虚は先程名前たちが最初に倒した虚。先程の虚は分身だったのか。
(落ち着け、去年の俺とは違う。)
恋次は一年前の虚討伐時を思い出していた。イヅルと雛森と三人で虚の群れに遭遇した時は、始解出来なかった。今は違う。今度は俺が後輩を守る番だ。
「うおおおおぉぉっ!」
*
(体が動かない…何故だ!)
名前は全力でもがくが、腕と脚が全く動かない。どうやら鬼道系の技で封じられているようだ。他の虚が援護しているのだろうか?周囲を見渡すが、術を使っている者は見られない。昇は自身の虚と対峙、恋次は何故か復活した最初の虚と戦っている。
「ぐはああぁっ!!」
虚の爪が腹を裂き、名前に容赦なく攻撃を続ける。既に何度も地面に叩き付けられ、何か所もの骨が折れており戦闘もままならない。原因不明の事態に名前は絶体絶命だった。
「苗字!!」
昇は自身が相手していた虚に最後の一撃を与え、名前を襲う虚に向かって走った。虚の攻撃で名前は致命傷を受けていた。
「させねぇ!」
昇は虚に向かって斬りかかるが、頑丈な皮は刃を通らない。
「ちっ!」
*
昇が虚と戦っている姿が見える。加勢しなければならないのに、体が動かない。全身が痛みで悲鳴を上げている。虚の爪で貫通した腹は多量の血が流れ出る、出血は止められない。握りしめた短刀も自身の血の池に濡れた。視界がぼやけ、意識が朦朧とする。真央霊術院に入学して鬼道が使えるようになり、多少強くなったつもりがこの有様だ。ここで死にたくない、まだ死ぬわけにはいかないのだ。
(もっと、強くならなければ…!)
心の奥底で何者かが呟いた。
『ふん…私がいないと何もできないようだな』
*
理代は手に汗を滲ませながら戦況を見ていた。大量出血を起こしている名前は手を下さなくてももうすぐ死ぬ。バクバクと激しく鳴る鼓動がうるさかった。殺したのはあくまで虚…私は悪くないわ、と己に言い聞かせる。理代は無意識に全身を震わせていた。
(これで良いのよ……。)
目を瞑り、もう一度ゆっくり目を開けると、理代の眼前には信じられない光景が広がっていた。
「嘘……でしょ…?」
血を滴らせながら立ち上がっているのは、名前だった。動けない程負傷している筈の彼女が、何故立ち上がっているのか?理代は震えた。
*
苦戦を強いられている昇の目に入ったのは血だらけながらも、立ち上がった名前の姿。彼女の目は虚だけを見据え、手には斬魄刀を握りしめている。しかし名前の腹は虚の攻撃で貫かれ、絶えず流血している。これ以上戦う事は不可能だ。
「苗字っ、俺に任せて逃げろ!!」
硬い虚だが、倒せない事はない。時間をかけて弱らせ、隙をついて倒せばいい。しかし昇の言葉は彼女には届いていない。名前は口元を引き上げ、虚に向かって飛び出した。名前は刀剣解放し、無数の糸を虚に巻き付けた。虚はその糸を振り払おうとするが、腕に糸が斬れ込んで絡みつく。更に出現する糸は虚全身を縛り付け、動きを封じた。そして名前は飛び上がり、虚の頭上から力強い斬撃で斬り裂いた。塵になって消えた虚の先に見えた名前の姿を見て、昇は呆然と立ち尽くしていた。
「苗字お前…まだ始解出来ないんじゃ…。」
「お前ら、無事か!?」
そこに虚を倒した恋次が合流した。二人の安否を確認し、恋次はホッと胸を撫でおろした。
「苗字、こんなに出血していて平気なのか?」
恋次の問いかけに名前は無反応。
「おい…大丈夫か?」
貧血を起こしているのは間違いないが、何やら様子が変だ。
『コソコソと嗅ぎまわりおって…目障りだ!!!』
突如名前は叫び、走り出した。
「ひっ……っ!!!」
名前は茂みの中にいた理代を見つけ出し、裾を掴んで投げ飛ばした。怖気づいて動けない理代に向かって、名前は斬魄刀を振りかざす。
「きゃああぁあっ!!!」
昇は後ろから名前を羽交い締めにするが、女とは思えぬとんでもない力だ。
装束を着て震えているのは、同級生の堂尾理代。何故、彼女がここにいる?
『気付いておらぬと思ったか!?コバエ如きに邪魔はさせぬ!!』
いつもの無表情な彼女の顔は、まるで何者かに乗っ取られているかのように恐ろしい目つきになっていた。眼は赤く染まり、今にも理代を殺そうとする勢いだ。
「化け物…化け物よ…!!!」
恐怖に震える理代は恐怖で腰が抜け、ただ涙を流しながら言葉を漏らした。
「お前誰だ!?苗字じゃねぇのか!!」
名前は昇を振りほどき、理代に襲い掛かろうとした。
「……縛道の三十、嘴突三閃 !!!」
恋次が発した縛道の光で名前はうつ伏せで地面に叩き付けられた。
「今の内だ!苗字を気絶させろ!!」
恋次の叫び声に、昇は名前のうなじに手刀を入れた。
『覚えておけ……。』
名前はそう呟き、気を失った。
「おい、事情を聞かせてもらうぞ。」
恋次は何やら事情を知っているであろう理代に詰め寄った。理代は涙を拭きながら、首を縦に振った。恋次は伝令神機を取り出し、状況説明と救護隊を要請した。昇は名前を見つめていた。彼女が虚に与えた斬撃は地面をも抉り、大きな溝になっていた。致命傷を受けているにも関わらず、これほどの力が残っているとは驚きを隠せない。そして何より、彼女は始解はおろか、斬魄刀と対話すら出来ないのだ。しかし、昇は確かに彼女が刀剣解放する姿を目撃した。コンビを組んでから共に鍛錬しているが、昇が知っている彼女の力ではない。
(名前…お前は一体、何者なんだ…?)
***
意識の戻らない名前が治療を受けている間に、堂尾理代は事情聴取を受けていた。縛道の使用による試験の妨害。理代は自身の行いを認め、素直に自供したこともあり停学六ヶ月の処分が下された。そして名前は同級生殺人未遂となり、処分検討中。卒業予定の修院生の配属先選定中の最中の出来事に、教官内の話し合いは慎重に行われた。同級生の話は名前と理代二人の処分について持ちきりだった。
「発表する。今回虚討伐試験合格者及び、基準を満たした者は今期卒業だ。」
張り出された紙には新谷昇、苗字名前、他数名の修院生の名前が記してあった。
「名前が卒業!?…正直ホッとするわ…だって彼女、何を考えているか分からないんだもの…。」
本人不在を良い事に、同級生は本音を隠そうとしない。昇は早まった卒業に喜ぶ筈だったが、何とも言えぬ心境だった。
(まさか、あんな恐ろしい力を秘めているなんて…下手に動いてたら、死んでいたわ。殺し損ねたけど、まぁいい。彼女が要注意人物だという事が周りに周知された。)
同じく卒業が決まった帆玉公恵は内心毒づいた。以前から邪魔だと思っていた堂尾理代が危険を冒して動いてくれたお陰で、自身の手を汚さなくて済んだ。彼女が要注意人物だという事は、流魂街からの情報でごく一部の者は知っている。野放しのままにはしておけない。名前の卒業が決まり、護廷十三隊いずれかの隊に配属されることになるが、自身とは関りたくないと思った。
(あの子の配属先はそうね…昇進の見込めない、野獣だらけの十一番隊がお似合いだわ。)
***
数日後、名前の意識は戻り、教官から虚討伐試験の事情聴取を受けた。自身は全く身に覚えがなく、虚を討伐出来た事すら知らなかった。
その旨を教官に伝えた所「もしかしたら斬魄刀によるものかもしれない」と指摘された。
「苗字さん、あなたの斬魄刀は所謂、妖刀と呼ばれる類の一種です。取り扱いには十分ご注意願います。」
「このまま卒業して良いのですか?」
もし斬魄刀によるものだとしたら、基準が満たされた事にはならず、卒業できないのではないのだろうか?
「卒業は協議の上によるものです。確定事項が覆ることはありません。
今回の事件が今後、再発しないよう今まで以上に腕を磨いてください。」
教官はそう言い残し、病室から出て行った。自身が持つ斬魄刀にそのような力が秘められていたとは思わなかった。
(憎まれる程嫌われていたとはな…。)
名前は理代の事を想い浮かべた。自身の事を良く思ってはいないだろうなとは感じていたが、これ程までとは思わなかった。名前は以前、流魂街で父の仇と言って襲ってきた青年を思い出した。名前自身、身に覚えが無くても、理代には許しがたい事があったのだろう。彼女の考えは彼女しか分からない。疑問は残るものの、知った所でどうにもならない。名前は頭の外に追いやり、教材を開いた。
*
その日の夕方、昇が見舞いに訪れた。
「…迷惑を掛けた。」
「別に気にしてねぇよ。試験は合格したし、俺たちの卒業も決まった。それだけで十分だ。」
「……礼を言う。」
昇は名前に言及することはなかった。彼自身、気になる事は山ほどあるだろうに、笑顔まで見せている。名前は彼が相棒で良かったと心の底から思った。
***
配属先発表の日。
新谷昇は五番隊、名前は十一番隊に配属が決定した。
「何処に配属されても同じだ」と思っていた名前だったが、配属先である十一番隊の所属名簿を見て、苦虫を噛み潰す表情を浮かべた。
(またあの男の顔を見る事になるとは…。)
嫌でも脳裏にその姿が思い浮かぶ、剥げ頭の男…斑目一角。よりにもよって彼と同じ部隊になるとは…。しかし、泣き言など言っていられない。彼に仇を返す絶好の機会だ。先輩だろうが関係ない。名前は拳を握りしめ、この先に待ち受けている苦難を覚悟した。
***
入隊当日、十一番隊隊舎前。
真新しい死覇装に袖を通した名前は同期と共に隊舎前に集合した。
「名前!まさかお前と同期入隊するとはな。」
名前に声を掛けたのは、虚討伐試験の引率を行っていた阿散井恋次。霊術院では一年学年は上だったが、卒業が重なった。
「先輩…。」
「同期なんだから、「先輩」はやめろよな。「恋次」でいいぜ!」
「…そう。」
「よし!全員揃ったし、入ろうぜ!」
恋次の掛け声とともに、十一番隊に入隊する八名は隊舎の門をくぐった。
.
合格発表からひと月。
瀞霊門をくぐり、名前は晴れて真央霊術院に入学した。真央霊術院は寮を兼ね備えている。自宅から通う者もいたが、多くの院生は寮を利用していた。寝室は四人相部屋で一般学生、特進学生の区別はない。男女分けられ、無造作に組まれた者同士が同じ部屋で住むことになる。早速、同室になった仲間に自己紹介する事になった。
「初めまして。私は富重麦(とみしげむぎ)。現世から流魂街に来ました。」
麦は前髪が揃ったボブヘアが特徴の明るい感じの可愛らしい女の子。
「任茉里奈(いむまりな)。私は瀞霊廷生まれです。」
茉里奈は猫毛のロングヘアで表情から優しさが滲み出ている朗らかな女性だ。
「私は山南智絵子(やまなみちえこ)。家族が山南産業を営んでるわ。」
智絵子は黒髪を両サイドで三つ編みにしており、凛々しい表情から頼りになるお姉さんのようなオーラを醸し出している。智絵子の言葉に茉里奈が食いついた。
「山南産業って農業や畜産業を営んでて有名な所よね?」
「そうよ。瀞霊廷に住んでたら誰もが一度はウチの製品を口にしている筈よ。」
「いつもお世話になってます!」
「ははは、ちょっとやめてよ。」
名前は最後に挨拶した。
「…私は苗字名前。」
名前は昔住んでいた苗字と言う地名から苗字を取り、苗字名前と名乗った。
「苗字さんは流魂街出身なのね。苗字って地名、聞いた事あるわ。」
「苗字って、山の中よね?住んでる人いるの?」
「住めない事はない。」
名前は自身が始めに住んでいた山を思い浮かべていた。長く飢えに苦しんでいたあの頃を。
「出身はみんなバラバラ。面白いわね!」
「確かに。麦、現世ってどんな所なの?私、とても興味があるわ。」
「私がいた所は田舎だったから、正直流魂街と大差ないわ。だけど、瓦版で見た洋服が可愛くて素敵だったな~。」
「洋服!絵で見た事あるのだけど、ドレスって言うのよね?」
名前は三人の会話を聞き流しながら、荷物の整理を始めた。
「苗字さんは現世の事、興味ない?」
盛り上がる二人の会話から外れて名前に話し掛けて来たのは茉里奈。
「いえ…私にはさっぱり分からない事で…。」
「そうよね。流魂街で暮らしてたなら、瀞霊廷の中の事もあまり知らないよね?」
「はい。」
「もし良かったら、私が瀞霊廷を案内してあげる!」
「迷惑ではありませんか?」
「ううん、そんな事ないよ。せっかく相部屋になったんだから、仲良くしたいなって思って…。」
「
「そんな事ないよ…!」
瀞霊廷内の建物は完璧に整備されており、似通った街並みなので、地図がなければ迷子になってしまう。名前はまだ真央霊術院の外を歩いたことがなかった。右も左も分からない名前にとって、茉里奈の気遣いはとても有り難いものだった。
***
名前と同室の三人は講義室に入室した。始まりまで時間があるので院生は好きなように雑談を楽しんでいる。寮部屋ごとに決められた席に着席する。名前は配布されていた教本を熟読していた。
「名前ちゃんは真面目だねぇ。」
「手持ち無沙汰なので。」
麦は義堂内にいる院生の顔を見比べている。
「競争が激しくなりそう…。私ついて行けるかな?」
「ちゃんと言われた通りの事をやれば大丈夫よ。二年に上がるまでに適性科目が分かるから、自分に合った分野を伸ばせばいいの。他人と比べちゃ駄目よ。」
「そ、そうだよね…。私、ちえちゃんと一緒の部屋で本当に良かった!」
定刻になり、講義が始まった。教官の挨拶や今後の教習説明がされていく。
長い話が終わり、二刻後には台車に荷物が運ばれてきた。
「では早速、皆には死神の象徴である、斬魄刀…ではなく浅打を授与しよう。」
一人ずつ浅打ちが配られていくが、既に斬魄刀を所持している者には配られなかった。
「短刀か、珍しいな。だがこれも立派な斬魄刀だ。大事にしろよ。」
教官は名前にそう言い、隣の生徒に浅打ちを渡した。
意識した頃には既に持っていた短刀。斬魄刀は他者から譲り受けたりすることも出来るが、名前は記憶上でそのような事はなかった。何故自分はこの刀を持っていたのか?今まで深く考えた事などなかったが「斬魄刀だ」とハッキリ言われると不思議な感じだ。身の出生と同じ疑問でもある。
抗議後、昼食で食堂に向かうと知らぬ女子に声を掛けられた。
「あなたが苗字さん?」
「何か?」
名前は紫色のガラスの髪飾りを付けた女子を見据えた。
「ふーん…あなた、苗字出身だそうね。」
「はい。」
(何が言いたいのだろう?)
彼女は品定めするように名前を眺めている。
「斬魄刀を持っている特待生と聞いたので、どんな人かと思えば…ふふっ。」
その女子は笑って名前に声も掛けずに行ってしまった。
「?」
*
講義後、任茉莉奈に連れられてやってきたのは 瀞霊廷中央にある図書館。真央霊術院生も出入りのできる館内と卒業後に入れる館内と分けられている。しかし院生が使う館も十分に広い。
「ここでは私たちに有益な書物の貸し出しを行なっています。雨の日などはここに来るといいと思います。」
「色々な書物があるのですね…。」
流魂街の書店で見た本の何万倍もの量。全て読み終えるには何年かかるだろうか?
「小説もありますが、歴史書や実用書、専門書など様々置いてあります。私は、実用書をよく借りにきます。」
いい場所を教えてもらった。図書館は静かで、読書できる椅子や学習机が置いてあるので集中できそうだ。現にも勉強している修院生も見られる。
「苗字さん、館内を見てくるといいよ。私は椅子で読書しているね。また、声を掛けて。」
「分かった。」
名前は本棚を一通り回る事にした。分野ごとに整列した書物を見ながら、興味深い本を探す。今探しているのは、死神の鬼道による技法や戦術が記された書物だ。暫く見ていると、それに特化した一角を見つけ、名前は書物を手に取った。
*
寮に戻り、借りた本を読む名前。相部屋の三人は就寝準備をしていた。
「そう言えば、苗字さんお昼に
昼間話した人物…向こうは名乗らなかったので分からないが堂尾と言うのか。
「実のある話はしていない。」
「堂尾さんって財閥のお嬢様よね?わざわざ話し掛けて来たって事は…。」
智絵子は一瞬顔を曇らせたが、すぐに笑顔に変わった。
「彼女も特待生だから、苗字さんの事が気になったのかもしれないわね。」
***
入学して一年目は死神としての基礎知識を学ぶ。斬拳走鬼の四つを主軸として身構え方や技の習得、受け身など様々な事柄を学んだ。始めは講義ばかりだったものの、講義が進むたびに実践授業が始まった。入学から半年、院生は習得する事柄の多さに疲れを見せていた。
「次テストなんだけど、まだ言霊詠唱が暗記出来てないんだよね~。」
「最悪チラ見していいからさ、先ずは技を出すことに集中しようよ。」
同じ組の麦と茉里奈は二人で翌日の鬼道テストの対策を行っていた。
「特待生クラスは、既に鬼道が使える人もいて…本当、実力の差が否めないね。」
「私たちも毎日コツコツ努力を積み重ねれば、いつか出来るようになるわよ。頑張りましょう、麦!」
「そうね、一緒に頑張りましょう茉里奈!」
二人の会話を聞きながら、名前は教本を読み込んでいた。特進学級は個々それぞれの才能に特化しており、全ての科目の平均値が上がる。名前は体術である白打と走法に優れていたが、斬術は並。鬼道に至っては一般クラスと同じ段階で講義について行くだけで必死だった。
(焦ってはいけない。二人が言うように地道に続けていけば大丈夫だ。)
一般学級の和やかな雰囲気とは別に、特進学級は常にピリついた緊張感があった。生徒同士の競争意識が激しく、名前も堂尾理代に敵視されているようだった。講義中に嫌味を言ってきたり、他の者に気付かれないようにテストの邪魔をしてくる。どれも小さな事なので名前自身は気にも留めていなかったが、同室の智絵子はそれに気付いていた。
「やっぱり、あの子(堂尾理代)は噂通りの子だったようね…。」
智絵子は業界情報から理代の事を知っていたようで、ため息を吐いた。賢いがプライドが高く、自分より劣る者を見下す。
「心に留めておけばいい物を、わざわざ態度に表すなんて幼稚よね。」
智絵子は至って冷静に言う。全くその通りだ。理代が名前を気に喰わない理由は謎だが、名前は自身の学業で手一杯なので理代を相手にしている暇はなかった。
***
週に一度ある休日。寮の外に出て実技の練習を行う名前と麦。晴天なので鍛錬しなければ勿体ない。
「名前ちゃんはさ、なんで死神目指そうと思ったわけ?」
「……。」
口を開かない名前に麦は「変な事聞いてごめん!」と手を合わせて謝った。
「私はね、死神がかっこいいと思ったんだ。こっちの世界(尸魂界)に来てから憧れて入ったものの、自分の才能の無さに愕然とするよ…。」
強き者は更に上を目指し、弱き者は足掻くことしかできない。講義を受ける中で如実に突きつけられる現実。麦は一般学級でも成績が下の方のようで、明るく振舞っているがテストを受ける度にへこんでいる。彼女自身が言っているように『才能も実力も無い』のだ。そんな彼女だが、名前は胸中では麦を尊敬していた。
「落ち込まなくてもいい。富重さんは、力が無くても、どんな人とも打ち解けられる力がある。それは貴女の強みです。そこを伸ばしていけばいい。」
麦は一般学級、特進学級、院生、教員分け隔てなく色んな人と話をしている姿をよく見かける。特別深く親交がある訳ではなく、どんな話も誰とでも気軽に会話できる彼女が凄いと思ったのだ。名前は永遠に麦の様にはなれないと思った。
「名前ちゃん、そんな風に言ってくれた人は初めて…ありがとう!」
麦は目を潤ませながら笑った。弱い者は何もできない訳ではない。必ず何かの役割を見つけて生きていくのだ。何もせずに立ち止まっていてはいけない。
「さぁ、練習しよう。」
「うん、名前ちゃんいくよ!」
***
月日は流れ、一年目が終わりを告げた。二年目は得意科目を選択し、更に専門分野を専攻していく。名前と同室の麦と智絵子は鬼道衆を目指していくそうだ。鬼道衆は賢者が多く、最高司法機関である四十六室への輩出記録もある。麦はあれから努力の成果が実り、特に伸びしろのある鬼道を極めていくそうだ。名前と茉里奈は死神になる見込みで昇級した。現世で魂葬実習や虚討伐など、更に実践的な内容に取り組む予定だ。講義を経て実践、試験をこなしていく日々。名前はひたむきに学業に専念し、休日は図書館で書物を読み漁り、絶えず鍛錬をこなした。
*
虚討伐実践。虚を放した囲いの中で、修院生は虚を討伐する。初めて虚と対面する者も多い。その中、名前は真っ先に一体の虚を討伐した。
「流石だ。」
教官は用紙に記録を記入し、他の生徒に声を掛けた。
「苗字さんが出来て、わたくしに出来ない事などありませんわ…!」
戦々恐々としながら斬魄刀を握るのは、堂尾理代。財閥のお嬢様が虚と対峙した事などなく、震えている。進学後も堂尾理代とは同じ組になり、毎日のように名前に突っかかってきた。
「肩の力を抜いて、落ち着いて虚の動きを見れば、大丈夫ですよ。」
「貴女に指図される覚えはありませんわっ…!馬鹿にしないでくださる!?」
「堂尾、口を動かす前に目の前の敵に集中しろ!」
教官に叱責され、理代は虚に向かって突撃した。お嬢様である彼女が何故死神を目指しているのかは知らないが、面倒くさい存在だと思っていた。
*
「今後はコンビを組んで様々な実践に取り組んでもらう。今まで自分だけに気を配っていれば良かったが、相方と二人で課題をこなさなければならないぞ。」
掲示板に張り出された名簿の一覧に皆が集まる。人が掃けるのを待っていると、相方となる者が声を掛けてきた。
「あんたが俺の相方か。俺は
名前とコンビを組むのは身長が高く体格の良い男。成績が良く、教員からの評価も高い。昇は名前に手を差し出した。握手がしたいようだ。
「苗字名前…よろしく。」
気乗りしないものの、名前は昇と握手を交わした。彼の霊圧を感じ、名前は昇の目を見つめた。
(この男、強いな…。)
高い霊圧が彼には秘められてる。自信に満ち溢れた眼差し、袖から見える腕は鍛え上げられて力強かった。昇も同様に名前の霊圧を感じ、口元を引き上げた。今後は命をも懸ける実践が控えていると聞いた。相方と歩幅を合わせる必要がある。昇は実力がある男。彼となら問題なく課題をこなせそうな気がした。
「まさかっ!新谷くんの相方が貴女だなんて…!!」
室内に響くような金切り声を上げたのは、例にもよって堂尾理代。理代は歯を食いしばりながら名前を睨みつけた。
「こんなの納得いかないわ…!あなた以外の人だったら誰でも良かったのに…!」
「私が知った事ではない。」
教員が決めたコンビ。不平不満はあるだろうが、決められた事は覆らない。名前は付き合いきれないなと、席に戻った。
(かっこいい新谷くんの相方になりたかった…。あの女め…!)
理代は以前から新谷昇の活躍に心惹かれていた。成績優秀、高身長でスタイル、顔も良し。キチンとした家柄だ。それなのに、何処のウマの骨かも分からない名前とコンビを組むなんて許せなかった。
(こうなったら実力行使よ。)
理代は腹の中に燃え滾る怒りに拳を震わせた。
***
「俺は斬術、鬼道が得意だ。苗字は?」
「私は白打、走法に自信がある。」
「なら、二人合わせて滞りなくバランスが取れてるな。」
先ずは互いの情報交換を始めた名前と昇。コンビを組む以上、相方の実力を知る必要がある。
「俺は始解まで習得している。」
斬魄刀と心が通じ合い、対話できるようになると始解、卍解と技を習得できるようになる。修院生として始解が出来るのは飛び級で卒業できる条件の一つ。過去には飛び級で卒業した修院生が何人もいた。
「私は未だ…。」
名前は自身の短刀を見つめ、息を吐いた。呼びかけても斬魄刀は反応せず、名前すら分からない。現段階で斬魄刀として対話出来ている者は数少なく、昇はその内の一人だ。早ければ今年度中か来年には彼も卒業出来るだろう。しかし名前も今の成績なら、通常通り卒業できる。名前はまだ焦りを感じていなかった。
*
筆記試験直前。
(眠り薬を入れて、妨害する。)
理代は簡単に手に入る睡眠薬が入った茶菓子を名前に渡した。不自然にならぬよう、差し入れとして学級全員分を用意して、彼女の茶菓子のみ睡眠薬を入れた。この後にある筆記試験で支障をきたす事、間違いなし。名前が茶菓子を食べる姿を確認して、理代は悪い笑みを浮かべながら試験に臨んだ。
(おかしい…もう効いてきてもおかしくないのに…。)
試験が始まり、一刻が過ぎても彼女の様子が変わる事はなかった。理代は名前の様子が気になり、自身の試験にも焦って解答した。
*
(結局効かなかった…薬が悪いのかしら?)
理代は爪を噛みながら名前の様子を伺う。眠るどころか、その後の実技試験にも好成績を叩き出している。
「もっと強い薬にするべきね。」
理代は突如掛けられた言葉にドキリとして振り返った。理代の右後ろに立つのは
「一体何の事かしら?」
理代はシラを切るが、公恵は鼻で笑った。
「どうせやるなら、一発で仕留めなさい。」
公恵はそれだけ言い残し、去っていった。理代は焦りを感じていた。名前に睡眠薬を盛った所は誰にも見られていない筈だ…しかし、この悪事を他言されたら、停学処分になりかねない。暫く経ち、落ち着きを取り戻した頃に公恵の言葉を思い返した。
(確実に仕留める…。)
*
「嘘でしょ…っ!?」
強く握りしめた小瓶を地面に叩き付けようと振りかざす。しかし何とか押しとどまり、腕を下げた。早鐘を打つ心臓を落ち着かせるためにゆっくり息を吸う。ネズミが食べて即死した猛毒を名前の茶に仕込み、それを飲んだ事を確認した。しかし、毒入りの茶を飲んだ彼女の体調に一切の変化は見られなかった。
(なんで毒が効かないのよ…!)
危険を冒してまで手に入れた毒。使う毒を間違えたのかと思ったが、何度も確認したのでそれはない筈だ。致死量は入れていないものの、飲めば必ず吐き気や下痢を起こす筈なのに。
(人の顔を被った化け物なのかしら?)
理代は脂汗を滲ませながら、次の作戦を考えた。
***
「俺は阿散井恋次!討伐した虚は三十を越える。危なかったら俺の後ろに逃げろよ!」
赤髪で堂々と振舞うのは名前の一年上にあたる先輩修院生。虚討伐実践試験で彼女たちを引率する。
「……よろしくお願いします。」
「冷めてて、可愛くない後輩だな~!」
名前と昇は静かに会釈し、出発の準備に取り掛かる。今回は現地に赴いての虚討伐。練習とは違う。流魂街で実際に虚を倒した事のある名前でさえ緊張感を感じた。恋次は後輩の緊張を和らげる為に気を遣っているが、それには及ばなかった。伝令神機を持ち、通信で示された場所に向かう三人。住み慣れた流魂街の景色に名前は懐古した。
「感じるか?虚は三体…さぁ、どう戦う?」
木の上から眼下を見下ろす三人。虚の姿は見えないが、霊圧で三体の虚がいる事が分かる。昇と名前の作戦は一体の虚を優先して先に倒し、残りの二体を二人で相手にする。二人共実力があり、教官からの信頼も厚い。恋次は期待していた。
「行くぞ。」
「あぁ。」
飛び出す名前と昇。作戦通り一体目の虚を討伐し、二体の虚をそれぞれが相手にする形になった。
(誰も気付いていないわ…。)
名前と昇が虚と戦う最中、木々の茂みに潜むのは堂尾理代だった。霊圧遮断機能のある羽織を父に融通してもらい、それを羽織っている為名前どころか、虚たちでさえ気づいていない。高価な代物ではあるが、財閥の家庭なので用意することは容易い。
(名前…あんたはその辺に転がってる石同然だけど、私の手を煩わせた報いよ。死んでもらうわ…!)
理代は名前に照準を合わせ、小声で言霊詠唱を始めた。
*
名前が対峙している虚は体は頑丈だが、知能はそれ程高くない。関節など弱点を突いているが、皮が硬く斬れない。昇はと言うと、始解して攻撃の真っただ中だった。
(動きを止めて仮面を斬るか。)
名前は虚の攻撃を避けながら詠唱を始めるが、突如として手足が動かなくなった。
「なっ…!!?」
驚いている間にも虚の打撃が直撃し、名前の体は吹き飛ばされた。
「苗字何やってやがるっ!!」
恋次は斬魄刀を握り、走り出していた。名前は動こうとせず、虚の攻撃を受けている。
「咆えろ!蛇尾丸!!」
蛇尾丸は虚めがけて襲い掛かるが、それは別の虚によって妨げられた。
「コイツは…最初に倒した虚じゃねぇか…。」
恋次の前に現れた虚は先程名前たちが最初に倒した虚。先程の虚は分身だったのか。
(落ち着け、去年の俺とは違う。)
恋次は一年前の虚討伐時を思い出していた。イヅルと雛森と三人で虚の群れに遭遇した時は、始解出来なかった。今は違う。今度は俺が後輩を守る番だ。
「うおおおおぉぉっ!」
*
(体が動かない…何故だ!)
名前は全力でもがくが、腕と脚が全く動かない。どうやら鬼道系の技で封じられているようだ。他の虚が援護しているのだろうか?周囲を見渡すが、術を使っている者は見られない。昇は自身の虚と対峙、恋次は何故か復活した最初の虚と戦っている。
「ぐはああぁっ!!」
虚の爪が腹を裂き、名前に容赦なく攻撃を続ける。既に何度も地面に叩き付けられ、何か所もの骨が折れており戦闘もままならない。原因不明の事態に名前は絶体絶命だった。
「苗字!!」
昇は自身が相手していた虚に最後の一撃を与え、名前を襲う虚に向かって走った。虚の攻撃で名前は致命傷を受けていた。
「させねぇ!」
昇は虚に向かって斬りかかるが、頑丈な皮は刃を通らない。
「ちっ!」
*
昇が虚と戦っている姿が見える。加勢しなければならないのに、体が動かない。全身が痛みで悲鳴を上げている。虚の爪で貫通した腹は多量の血が流れ出る、出血は止められない。握りしめた短刀も自身の血の池に濡れた。視界がぼやけ、意識が朦朧とする。真央霊術院に入学して鬼道が使えるようになり、多少強くなったつもりがこの有様だ。ここで死にたくない、まだ死ぬわけにはいかないのだ。
(もっと、強くならなければ…!)
心の奥底で何者かが呟いた。
『ふん…私がいないと何もできないようだな』
*
理代は手に汗を滲ませながら戦況を見ていた。大量出血を起こしている名前は手を下さなくてももうすぐ死ぬ。バクバクと激しく鳴る鼓動がうるさかった。殺したのはあくまで虚…私は悪くないわ、と己に言い聞かせる。理代は無意識に全身を震わせていた。
(これで良いのよ……。)
目を瞑り、もう一度ゆっくり目を開けると、理代の眼前には信じられない光景が広がっていた。
「嘘……でしょ…?」
血を滴らせながら立ち上がっているのは、名前だった。動けない程負傷している筈の彼女が、何故立ち上がっているのか?理代は震えた。
*
苦戦を強いられている昇の目に入ったのは血だらけながらも、立ち上がった名前の姿。彼女の目は虚だけを見据え、手には斬魄刀を握りしめている。しかし名前の腹は虚の攻撃で貫かれ、絶えず流血している。これ以上戦う事は不可能だ。
「苗字っ、俺に任せて逃げろ!!」
硬い虚だが、倒せない事はない。時間をかけて弱らせ、隙をついて倒せばいい。しかし昇の言葉は彼女には届いていない。名前は口元を引き上げ、虚に向かって飛び出した。名前は刀剣解放し、無数の糸を虚に巻き付けた。虚はその糸を振り払おうとするが、腕に糸が斬れ込んで絡みつく。更に出現する糸は虚全身を縛り付け、動きを封じた。そして名前は飛び上がり、虚の頭上から力強い斬撃で斬り裂いた。塵になって消えた虚の先に見えた名前の姿を見て、昇は呆然と立ち尽くしていた。
「苗字お前…まだ始解出来ないんじゃ…。」
「お前ら、無事か!?」
そこに虚を倒した恋次が合流した。二人の安否を確認し、恋次はホッと胸を撫でおろした。
「苗字、こんなに出血していて平気なのか?」
恋次の問いかけに名前は無反応。
「おい…大丈夫か?」
貧血を起こしているのは間違いないが、何やら様子が変だ。
『コソコソと嗅ぎまわりおって…目障りだ!!!』
突如名前は叫び、走り出した。
「ひっ……っ!!!」
名前は茂みの中にいた理代を見つけ出し、裾を掴んで投げ飛ばした。怖気づいて動けない理代に向かって、名前は斬魄刀を振りかざす。
「きゃああぁあっ!!!」
昇は後ろから名前を羽交い締めにするが、女とは思えぬとんでもない力だ。
装束を着て震えているのは、同級生の堂尾理代。何故、彼女がここにいる?
『気付いておらぬと思ったか!?コバエ如きに邪魔はさせぬ!!』
いつもの無表情な彼女の顔は、まるで何者かに乗っ取られているかのように恐ろしい目つきになっていた。眼は赤く染まり、今にも理代を殺そうとする勢いだ。
「化け物…化け物よ…!!!」
恐怖に震える理代は恐怖で腰が抜け、ただ涙を流しながら言葉を漏らした。
「お前誰だ!?苗字じゃねぇのか!!」
名前は昇を振りほどき、理代に襲い掛かろうとした。
「……縛道の三十、
恋次が発した縛道の光で名前はうつ伏せで地面に叩き付けられた。
「今の内だ!苗字を気絶させろ!!」
恋次の叫び声に、昇は名前のうなじに手刀を入れた。
『覚えておけ……。』
名前はそう呟き、気を失った。
「おい、事情を聞かせてもらうぞ。」
恋次は何やら事情を知っているであろう理代に詰め寄った。理代は涙を拭きながら、首を縦に振った。恋次は伝令神機を取り出し、状況説明と救護隊を要請した。昇は名前を見つめていた。彼女が虚に与えた斬撃は地面をも抉り、大きな溝になっていた。致命傷を受けているにも関わらず、これほどの力が残っているとは驚きを隠せない。そして何より、彼女は始解はおろか、斬魄刀と対話すら出来ないのだ。しかし、昇は確かに彼女が刀剣解放する姿を目撃した。コンビを組んでから共に鍛錬しているが、昇が知っている彼女の力ではない。
(名前…お前は一体、何者なんだ…?)
***
意識の戻らない名前が治療を受けている間に、堂尾理代は事情聴取を受けていた。縛道の使用による試験の妨害。理代は自身の行いを認め、素直に自供したこともあり停学六ヶ月の処分が下された。そして名前は同級生殺人未遂となり、処分検討中。卒業予定の修院生の配属先選定中の最中の出来事に、教官内の話し合いは慎重に行われた。同級生の話は名前と理代二人の処分について持ちきりだった。
「発表する。今回虚討伐試験合格者及び、基準を満たした者は今期卒業だ。」
張り出された紙には新谷昇、苗字名前、他数名の修院生の名前が記してあった。
「名前が卒業!?…正直ホッとするわ…だって彼女、何を考えているか分からないんだもの…。」
本人不在を良い事に、同級生は本音を隠そうとしない。昇は早まった卒業に喜ぶ筈だったが、何とも言えぬ心境だった。
(まさか、あんな恐ろしい力を秘めているなんて…下手に動いてたら、死んでいたわ。殺し損ねたけど、まぁいい。彼女が要注意人物だという事が周りに周知された。)
同じく卒業が決まった帆玉公恵は内心毒づいた。以前から邪魔だと思っていた堂尾理代が危険を冒して動いてくれたお陰で、自身の手を汚さなくて済んだ。彼女が要注意人物だという事は、流魂街からの情報でごく一部の者は知っている。野放しのままにはしておけない。名前の卒業が決まり、護廷十三隊いずれかの隊に配属されることになるが、自身とは関りたくないと思った。
(あの子の配属先はそうね…昇進の見込めない、野獣だらけの十一番隊がお似合いだわ。)
***
数日後、名前の意識は戻り、教官から虚討伐試験の事情聴取を受けた。自身は全く身に覚えがなく、虚を討伐出来た事すら知らなかった。
その旨を教官に伝えた所「もしかしたら斬魄刀によるものかもしれない」と指摘された。
「苗字さん、あなたの斬魄刀は所謂、妖刀と呼ばれる類の一種です。取り扱いには十分ご注意願います。」
「このまま卒業して良いのですか?」
もし斬魄刀によるものだとしたら、基準が満たされた事にはならず、卒業できないのではないのだろうか?
「卒業は協議の上によるものです。確定事項が覆ることはありません。
今回の事件が今後、再発しないよう今まで以上に腕を磨いてください。」
教官はそう言い残し、病室から出て行った。自身が持つ斬魄刀にそのような力が秘められていたとは思わなかった。
(憎まれる程嫌われていたとはな…。)
名前は理代の事を想い浮かべた。自身の事を良く思ってはいないだろうなとは感じていたが、これ程までとは思わなかった。名前は以前、流魂街で父の仇と言って襲ってきた青年を思い出した。名前自身、身に覚えが無くても、理代には許しがたい事があったのだろう。彼女の考えは彼女しか分からない。疑問は残るものの、知った所でどうにもならない。名前は頭の外に追いやり、教材を開いた。
*
その日の夕方、昇が見舞いに訪れた。
「…迷惑を掛けた。」
「別に気にしてねぇよ。試験は合格したし、俺たちの卒業も決まった。それだけで十分だ。」
「……礼を言う。」
昇は名前に言及することはなかった。彼自身、気になる事は山ほどあるだろうに、笑顔まで見せている。名前は彼が相棒で良かったと心の底から思った。
***
配属先発表の日。
新谷昇は五番隊、名前は十一番隊に配属が決定した。
「何処に配属されても同じだ」と思っていた名前だったが、配属先である十一番隊の所属名簿を見て、苦虫を噛み潰す表情を浮かべた。
(またあの男の顔を見る事になるとは…。)
嫌でも脳裏にその姿が思い浮かぶ、剥げ頭の男…斑目一角。よりにもよって彼と同じ部隊になるとは…。しかし、泣き言など言っていられない。彼に仇を返す絶好の機会だ。先輩だろうが関係ない。名前は拳を握りしめ、この先に待ち受けている苦難を覚悟した。
***
入隊当日、十一番隊隊舎前。
真新しい死覇装に袖を通した名前は同期と共に隊舎前に集合した。
「名前!まさかお前と同期入隊するとはな。」
名前に声を掛けたのは、虚討伐試験の引率を行っていた阿散井恋次。霊術院では一年学年は上だったが、卒業が重なった。
「先輩…。」
「同期なんだから、「先輩」はやめろよな。「恋次」でいいぜ!」
「…そう。」
「よし!全員揃ったし、入ろうぜ!」
恋次の掛け声とともに、十一番隊に入隊する八名は隊舎の門をくぐった。
.